辻川慎一つくば便り
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問われるのは常に自分の心だと思う。
間もなく69才を迎える年で、必要とされてやる仕事があると言うだけで有難いと思うのですが、21時近くに終わり3時起床の連チャンは効きます。昨日一昨日と涼しかったので、助かりました。
昨晩帰宅してから、熊本で大きな地震があった事を知りました。前回が10年前。東日本大震災が15年前。阪神・淡路大震災が21年前。いずれも私の人生の転換と共に記憶しております。無縁であると言う事は無いのだと思います。私たちのは、この大地、地球の歴史と現在の中に生きている。忘れてしまう度に、地震や天災はそれを強烈に思い出させる。
奇しくも、地球の本を意味深く読み始めたところでした。
大変だからこそ、しっかりと見据え、考え直す事が大切な様に思います。
さて今日は、東日本大震災や能登半島地震での救援に行った経験もある元自衛官さんの研修指導担当でございます。次回からは1本になるのか、彼が全て運転するのを見る役割でございます。
相手の経歴やプライド、考え方を尊重しながら伝えるべき事を考えてしっかりと伝える。それが本番で役立ってもらえれば良い訳です。自分の「やり方」を強いるなんて事では、ダメなんですね。従うか従わないかでは意味が無い。これから自分で判断して責任を取ってやるのは相手なのですから。
有難い事は、1年前に初めて研修指導を担当させて頂いた人たちが、今度は次の人たちの指導を担い初めている事です。忙しい時に、ベテラン運転士の手配が付かなければ先輩として教えるしか無い。そう言えば、電車の検修でもそうだったと思い出します。
そして、彼らはバス運転未経験者であるほど、最初の頃に私が指導担当だった事を忘れないのです。だから、自分の指導の悩みの話しや日々あった事などを伝えてくれるのです。
だから私もなるべくしっかり聴いて、一緒に考えて、意見を述べる。それで簡単に上手く行くとはならない。実際にやるのは、彼であり、彼が指導している「新人さん」なのですから。
良いな〜と感じるのは、その輪の中に別の「去年の新人さん」が入って来て一緒に考え、意見を述べて「今年の新人さん」のサポートをしてくれる事なんですね。
早々と職場を去ってしまった人もいる。しかし、仕事や指導行為を通してお互いの人柄を改めて見直す過程が進んでいる。
余計な先入観や考えと言うのは、当てにならない。だから余計な事は考えず、相手としっかり真摯に正対し、ちゃんと聴く。すると関係が変わる。
それが人と人との強固な関係の土台になる。
どんな場合にも、問われているのは相手に対する自分の心なのだと思います。
「発酵の里神崎」で見つけた「魔除け飾り」。ところで魔が差すのは自分の心。実は自分への戒め飾りかも知れない。なんて思います。
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2026/07/29 12:14
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入社8年目に向けて
7月28日火曜日。酷暑が一段落して、昨日から過ごしやすい。昨日今日と珍しく連続して大型バス担当ですが、疲れ方が全然違うと感じる。暑いと言う事は、なかなか大変な事だと思います。
私のブログを愛読し続けてくれている読者が「8月1日は、バス会社の入社記念日ですね。」と教えてくれました。
すっかり忘れておりましたが、8年目に入ります。あまりに色々な試練があって、何十年も経った感じもします。濃厚で多難な7年間でございました。
人間には、誕生、成長、老衰、死亡と言う生物的サイクルがある。同時に、野心、成功、挫折、復活と言う精神的サイクルがあるのだそうです。
まさに夢と野心を抱いて国鉄に入り、労働組合のリーダーとなり、党派の幹部としても称賛を浴びて成功していた様に見えた。
しかし、息子の死を突きつけられて全てが根本から崩れてしまった。JRと争い抜き、党派とも決別し、党派と一体だった妻と離婚するのに2年が掛かった。そしてバス運転士に挑んだのが62歳。
当時としては、未経験者で60越えと言うのは珍しく、養成システムがある訳ではなかった。「やれて当然」と言う前提の中で、いきなり大型バス担当になった。経験も無いのに、私もできるものだと思っていた。しかし、ちょっと難度が高くなるとミスした。
そして再婚したのだが、散々傷付いていた私には無理があった。そのプレッシャーの中でアルコールチェックに引っかかり、運転士から時給の総務(雑務なんでも)担当にされた。
それでも腐らずに、2年近く何でもやった。そして、新規の送迎バス受注と共に派遣運転士を経て本社の運転士として復活した。
思えば私の60代は、挫折の連続でした。
しかし、挫折があり辛酸があってこそ精神は成長できるし、復活がある。確かに、その様な連続でした。
なので、挫折して良かった。辛酸よありがとう!なのだと思います。
(バス運転士に成たての頃、職場があった筑西の山野を一人で歩きまわりました。その時に見た木の一つです。思えば、再び立ち上がる力を頂いていた様に思います。)
7年前には、見ている様で全く見ていなかった事が見える様になりました。視力は衰えているはずなのに、大型バスを運転しながら格段に見えている。と言うか見方が変わったのかも知れない。7年前とは違う自分がいる。
同じ様に、人の見方も変わって来たのだと思う。こちらの願望などで人は動かない。ちゃんと見て、礼を尽くし、意思疎通をはかる事無しに理解し合えるなんて事は無い。なのに簡単に分かり合えるなんて思っているところに、浅はかな衝突が起こる。
技術や技量って、心が伴う事で力を発揮するのだと思う。人に心がある事って、類的に伝播する力があるって事ですね。その力で人類は生き延びて来た。
それを悪く使えば、大虐殺だって起きる。恐るべきパワーがあるって事なんですね。
だからこそ、混乱に向かう心を見据えて、整理し立て直す事が不断に必要になるのだと思います。
生物的サイクルと精神的サイクルは、別々にある訳では無いのですから。
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2026/07/28 13:20
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ちゃんと正対できてるかな〜?
週明けの今日、明日と大型バスの担当でございました。大きいが故にちょこまかしないので、運転しながら悠然とした時が流れる。疲れはしますが、それはそれで良いところがあります。
昨日は、半世紀を超える付き合いの仲間の家から戻ると、疲れて動けなくなってしまいました。そんなところに突然の猛烈な雷雨、たちまち開けていたサッシから風雨が入り植木鉢をなぎ倒す。強烈でございました。
慌ててサッシを閉めて、汚れを拭き取る。すると今度は、ゴキブリが出て来たのであります。どうも慌てたのは、人ばかりでなくゴキブリもなんですね。人がいるところに入って来てしまった様です。
自然があればゴキブリもいる。しかし、家に住み着かれて快適な虫ではありません。けれど殺虫剤は置かないので、スリッパで叩かせて頂きました。
しかし、大きいのがまた出て来る。コンバットは置いているのですが、仕方が無いので瞬間冷凍スプレーを買う事にしました。
上手く当てないと効果が無いのは知っているのですが、消えない毒を噴射するよりはましかと思います。
ゴキブリの場合には一期一会なんて言って居られないのは、人間の勝手なんでしょうか?なるべく綺麗にしてエサが無い状態にしているつもりなんですが、やって参ります。
(旧交を温めた友人宅には、JR東日本カレンダーがありました。何気に懐かしい感じがしました。)
半世紀以上も友情を持ち続けている人もいれば、あっさりと消えて行く人もいる。
せっかく出会った人だから大切にしたいと思っていた青年2人が突然次々と居なくなり、今度は元警察官さんも会社を辞めるとの事。
まあ、それぞれの選択であり人生である訳ですが、そんなものなのかな〜と思う。
みんな、いずれかに別れが来るのですが、別れ方と言うのがあると思う。
ものが溢れ、一人で生活する分には困らないアイテムが揃っている。スマホがあれば、寂しくも感じ無い。簡単につながり、簡単に離れる。瞬間的に人気が集まりもすれば、批難も集中する。
人と関わるって事は、本当はかなり面倒くさいのだけど、そこは気にせずスルーしながら次に行く。
(友人宅からは、電車も見えた。こちらも懐かしく感じた。)
有り難く無い闖入者は困る訳だけれど、彼らが存在するのにはちゃんと理由がある。
オーストラリアには元々牛はいなかった。牛を飼い始めると、その糞で植物が枯れた。他の大陸にはいる黄金虫がいなかったので糞が分解されないためだった。なので黄金虫を連れて来て放ったと言う。
自然の関係は、奥深いバランスで成り立っている。私たちは、それを単純化して考え、効率化する。
そうして、人や自然への興味や好奇心を失い、結局は自分自身も軽くなり、その大切さも見失ってしまう。
行く川の水の様にフローしている様に見えるのだが、人は他の人(魂と心)に正対しながら流れを正している。つまり、向き合わなければ流されるだけの人生になるのだと私は思う。
だから、自分の心と礼儀を問い続ける。それは、意味がない存在など無いと言う事を自分で感じるためかも知れません。
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2026/07/27 12:35
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ハゼの天ぷらにメジナ料理を頂く。
約1年ぶりに国鉄時代からの後輩同僚の家に行って来ました。
若い頃から釣りが好きで、私も何度か連れて行ってもらった事があります。「釣りは魚と向き合うだけでなく、自然と向き合うんだ。」と言い「釣った魚は丁寧に頂かないといけない。」と言う。
魚や自然だけでなく、人に対しても厳しい目をしています。
私が来るというので、わざわざこの日に釣って来たと言うハゼの天ぷらとメジナの煮魚とお刺身を並べてくれました。いずれも美味しく頂きました。
美味しい料理に美味しいお酒。思い出話もあれば、彼の家族やJRの後輩たちの話しもしてくれる。
話しが尽きず、焼酎をボトル2本分開けてしまいました。
ちょっと飲み過ぎてしまいましたが「辻川さんは、年に2回来なければダメだ!」と次回の日程まで決めて来た次第です。
人の見方が厳しい男であると言うのは、それだけ厳しい生き方をして来たからなんですね。そんな男が、変わらぬ信頼を投げかけてくれるのですから、恥ずかしいマネはできない。
したたかに飲んでも崩れない私でもありました。
「あんな奴を信じて付き合った自分が悔しい!ズルいだけだった。俺の中では終わっている。」と吐き捨てる様に怒る。
「そうか〜。俺も引導を渡されるかな〜?」と笑うと「何言ってんだ。」と真顔で怒る。
そんな真っ直ぐな男を、絶対に軽く見ない。その様に見て来たから、私を信頼し続けてくれる。
当たり前の事だと思うのだけど、人を蔑む事で位置取りを図る人には分からないのかも知れません。
だから会う度に、大切なものをもらっていると思う。信頼は信頼としか交換できない。思い遣りの心もです。
私の闘いは、人を蔑む事との闘いだった。その様に生き、貫くのみなのだと改めて思うリトル旅でございました。
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2026/07/26 13:24
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人生は送迎の旅(恩師の訃報)
今夜は、JR時代の年下の同僚の家にお邪魔する予定です。出会ってから半世紀にもなりますが、変わらぬ信頼を投げかけてくれる人です。
早起きして、ちょっと時間に余裕があるとガステーブルや鍋をせっせと「磨き」ます。古くても、磨き上げるとなかなか魅力的になるのが愉しい。磨きながら、自分も磨いている感じがします。
磨いた鍋に「鉄クマ」を立ててお湯を沸かします。「水が柔らかくなり美味しくなる。」との事です。鉄分補給のためなのですが、美味しく感じると言うのは身体が喜んでいる証拠の様に思います。
そんなところに携帯電話が鳴りました。「涼しくなったら」「暖かくなったら」「元気になったら」「また会おう!」と言っていた恩師からの携帯電話でした。わぁー元気になられたのか!と喜んで電話を受けると奥さまでした。その瞬間に訃報の連絡を頂いたのだと分かり、暗転する。
国鉄からJRへ。日本社会を根本から変える様な転換の時代を共に生き、一貫として「辻川たちは間違っていない。」と守り抜いてくれた先輩でありました。
分割民営化の時の動労水戸地方本部委員長で、国鉄分割民営化後の動労解散を拒否して動力車労働組合の委員長になられた吉田幸男さんです。
私がやんちゃな青年たちと徒手空拳で作った労働組合が「辻川動労」と言われたのに対して「吉田動労」と呼ばれておりました。
お互いが居て生まれた労働組合でしたが、その時代には少なからぬ衝撃と影響をもらたしておりました。
今となれば、私の方が激しく真っ直ぐ過ぎていたのだと思いますし、別の道もあったのかも知れないとも思います。しかし、今になってなお「辻さんは誰もやれなかった事をやったんだよ。その功績は誰にも消せないんだ。」と揺るぎなく伝えてくれた先輩でもありました。
その様な大切な先輩がいて、私がある。決して忘れてはならない事だと思います。
「功績」の内容の問題以上に、その様に揺るぎなく信頼し続けてくれた先輩がいる事の方が大切なのだと思います。
私もまた、その様な先輩であらねばならない。それが人の継承と言う事ではないか?実は、その様にしか継承されないのではないか?
だから私は、彼の継承者でもある。継承者として恥ずかしく無い様に振る舞い、生き抜く使命がある。
また一人逝かれてしまいましたが、私の中では生き続けて憑いてくれる。なので御礼と感謝の送りであると同時に、私にも憑いて来てくださいと迎えに行く。
送りだけではなく、迎えにも行く。決して一方的な関係ではない。
人生の旅は、送迎で成り立っている。
バス運転士になった元鉄道員は、その様に思うのです。
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2026/07/25 09:48
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