国鉄からJR時代にかけて、知る人ぞ知る「レジェンド」を作り出した先輩たちと私たち。その代表人格であった人の告別式は、私たち自身がやり遂げて来た事の意味をもう一度考え直す契機になった様に思います。私が常に頼りにして来た年下の仲間から
「時代背景もありましたが、そうした命燃やした歴史の事実が、当事者が亡くなることで風化してしまうのは本当に残念です。
自分たちも元気なうちにできるだけ顔合わせる機会を作って、自分たちがやってきたことを何度も何度も総括して、後世に生かせるものになればと思います。」
とメッセージが届きました。「風化させず、後世に生かしたい」と言うのは、特別な事ではなく整理する事。エントロピー増大の法則に対する生命の役割と同じなのだと思っています。
奇しくも、告別式に一緒に参列した動労水戸の木村委員長が「今年は結成40周年になります。」と言っておりました。恩人の先輩を偲びながら「私たちは先輩たちの後輩だけど、後輩たちの先輩でもある。だから俺たちにしか伝えられない事、やれない事があるね。」とそんな話しになりました。

(10年前には、電車の検修をしながら労働組合と党派の幹部をしておりました。悲しみのどん底の中で無理を重ねながら、阿修羅の様に立ち続けておりました。)
さて今日は、バス会社入社記念日。あまりに色んな事があり、何度もどん底から這い上がろうとしてまた落ちる。その繰り返しの日々でありました。しかし、まだ7年しか経っていないのです。
記念日の前日は、バス運転未経験者で50代の人の研修指導でございました。とても真面目な人なのですが、プレッシャーを過度に感じてガチガチになるのが危うい人。経験者ですから気持ちも分かるし、課題も分かる。
なので、心配しておりましたので技術的な事ではアドバイスをして来ました。そして、直接「指導」する事になって2回目でした。1回目は「なかなか大変だ」と思いながら、技術的な事に加え、何より心を落ち着かせる事の大切さを伝えました。プロのバス運転士の心構えです。
そして2度目の昨日は、格段に改善している事を感じながらも基本動作がぎこちない。本人からも「抜けてしまう」と相談される。なので運転席の真後ろに座り、「ギアニュートラル、サイド引く、ドラレコ乗車、カウンターを持ってドア開く。慌ててドアを開く必要はありません。」と声をかける。
一通り終わると「そうだったのですか!手順をどうすれば良いのか分かりませんでしたが、頭の整理ができました。」と喜ぶ。「基本動作でガチャガチャやっていると、お客様も不安になるのです。なので慌てずに一つ一つしっかりやる事は安心感にもなります。」
「書き物は、お客様の乗降を見届けてからにして下さい。安全に気持ち良く送迎するためです。」
「(暗くて見えづらい)横断歩道に歩行者がいますね。止まりましょう。」
段差があるカ所で減速すると「うん。バッチリです。」
等々、余計なプレッシャーがかからない様に気を付けながら、声を掛ける。注意を喚起し、励ます。

(駆け出しのバス運転士だった頃の私。下手なクセに顔つきだけは、ベテランでしたね。)
乗務が無事に終わりましたので「今日の運転はきっとドラレコ100点ですよ。穏やかにやれてましたからね。落ち着いてやれば、一人でも大丈夫です。私が始めた時より、はるかに出来ています。他の人と比較して心配する必要はありません。」と話しましたら「今日は後ろから神の声が聞こえてました。」と真面目に言うのでございます。
いやぁどうも。
で、終了点呼を終えてドラレコの結果を見ましたら「100点」だった。「ほうら、やっぱり100点の運転だったでしょう!」と笑顔で言うと「辻川さんのお陰です。」と言うので「運転したのは◯◯さんですよ。」と言って気持ち良く1日を終える事ができました。
運転せずともとても疲れるのですが「神」っていたのかも知れません。そして、きっとその方がまた良い先輩になる。すると職場も良い雰囲気に変わって行く。
人の心の確かな伝播の力が、実は現実の土台を作っている。その様に思うのであります。