辻川慎一つくば便り
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そんなのはイヤだ♪
土曜日に電話をかけてくれる母が、運転中で電話に出られないと心配すると思い、昨晩電話を致しました。
夕食が終わる頃だなと18時に有線電話をしても出ない。携帯電話を持たせてあるので、携帯にかけてみたら切れてしまう。18時半.。19時。19時半。何度かけても出ない。両親に異変があったかも知れないと、あれこれ思案して近くに住むいとこに電話をして安否確認をお願いする。
しばし待っておりますと「母ちゃん、風呂に入ってたよ。」と連絡があり、安堵してまたかけても出ない。
朝早いので、寝る事に致しました。
(お天気は下り坂なれど、綺麗な朝焼けを見ながらの出庫でした。)
道が空いている土曜日の朝を、大型バスで走るのは気持ちが良いな〜なんて感じて笑顔で「おはようございます」といつもの様に出迎えて運転しておりましたら、ひっきりなしに携帯の呼び出し音がしました。
あ〜母さんだ。やっぱりだよ。電話に出ないので心配してるんだ。全く裏目に出る。しかし、帰庫するまでは出られませんので、仕方がない。
帰庫して電話をしましたら「心配したよ。」と言う。「そうなるから、夕べ土曜日でも仕事だと伝えようとしたんだよ。そしたら電話に出ないから、心配していとこに頼んだんだよ。」と言うと「(有線)電話の調子が悪い。」と言う。「携帯もつながらないよ。」と言うと「使わない時は電源を切っている。」と言うのです。火の元も、電気製品の電源も全て切って置く母らしいと思いながら「それじゃ全然意味無いよ。携帯電話の電源は入れておいてくれよ。」と言いました。「これからはそうするよ。」とは言ってくれましたが、どうなる事やらですね。
その様な習慣で、無事を守って来た母ですので携帯を持たせたから大丈夫だろうと言う、私の常識は通用しないのですから。
ふだん付き合いの無いいとこの方が、いざとなると頼りになる。つまり、やっぱり最後は人なんだと改めて思い知った次第でございます。
まあ、必要な時には母が自分からかけられる様になった事だけでも良しとしなければと自分に言い聞かせました
冬来たりなば…。年明けから冬本番なんですが、ふと見ると梅のつぼみがたくさん出ておりました。
あと2ヶ月もすると開花するのですね。
厳しい寒さをじっと耐え忍びながら開花する。
寒い、寒いとばかりも言ってばかりいられませんね。
厳しく、寒いからこそ一緒に頑張って生きている人たちを思える余裕を持ちたい。自分の事や事情ばかり優先して生きる事に華は無いよな。
そんな事を思います。
そう、誰の認定も受けていないバス運転道初段の私は思います。どうしたら優しく、思い遣りのある運転士になれるのか?それは、自分の利害に囚われない心にあると。
利害に囚われていると、人も自分も周りも見えなくなる。見ないまま、この世とさよならする事になる。あの世には持って行けないものに執着したままです。
そんなのはイヤだ。アンパンマンならずとも私は思います。
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2025/12/20 14:04
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別の学び。
今日は小学校の送迎バス。休みがと思っていた土曜日の明日は、工場送迎の大型バス担当の指示がありました。
休みは有難いですが、日給の身ですので出勤もまた有難い。お金の問題もありますが、それ以上に仕事を任される事の喜びがあります。ちゃんと出来ない人には、任せられない厳しい仕事でございますので。
ところが運転出来ればOKかと言うと違う。仕事を教え、教えられる事。バスの整備清掃の事。運転そのものも単独で成立している仕事は無いのでございます。つまり、一緒に働いている同僚の人たちに受け入れられる事で成り立っているのでございます。総務や事務や管理部門の人たちがいなければ、全て自分でやらなければならない個人事業主と言う事になりますね。
それを会社組織と言う形で引き受けておりますし、個人では受けられない仕事が会社を通じてやれると言う事になっています。
不平や不満の声は絶えずありますが、面倒な事を引き受けてもらって、同僚たちと協力する事で自分も仕事がやれる。生活ができる。
全部自分でやる事を考えますと、かなり気楽な状態なんですね。役職や管理職の人たちの大変さも見ておりますので「一兵卒が一番気楽なんだよ。」とおっしゃるベテラン運転士もおります。
そう言う意味では、それぞれ様々な困難があるにしても庶民と言うのが一番気楽なのかも知れないな。なんて思います。
色んな責任を負って、気楽とは縁遠い人生を送って来た私の再発見でございます。
(今日は公園ランチ。まだ、落ちずに頑張っている紅葉があります。)
今朝は、乗務前に後輩を厳しく諌めてしまいました。仕事を教えてもらっているのに、話を受け入れる事が出来ずに「自分の考え」なるものを主張する。そうやって「議論が深まるのでしょう。」みたいな事を言うので、誰も教えようとしなくなった。それでも本人は「運転できる」と勝手に思っている。
会社からせっかく「次のステップ」のチャンスを何度かもらって来たのにことごとくダメ。教えてくれる人たちの見極めが通らないのです。と言うかそれ以前と言う事が分からない。自分は間違ってないと思っている。
ほぼ最後のチャンスではないかと見守っていたのですが、昨日担当した運転士が「教えていても口答えしかしない。あんな奴に教える事は無い。もう一切教えない。」と事務所で怒鳴っているのを目にしてしまいました。
あ〜、やっぱり思った通りになってしまったと思いました。私に直接の責任は全く無いのですが、本当に本人のためを思って考えているのか?と自分に問いながら、思い切って厳しい話しを致しました。たぶん今のままだと、どの仕事の世界に行っても通用しないと思う後輩だからです。
「君は、自分が置かれている立場を理解しているのか?運転士としての仕事が出来なくなるよ。仕事を教えてくれている人の気持ちを考えた事があるのか?」と聞くと「気持ちなんて分かる事は出来ないでしょう?」なんて言う。「自分にも考えがある。それを言わずに理解し合えないじゃないですか。」なんてもっとらしい事を言う訳です。
「あのな。気持ちが分からないとしても理解しようとする努力はできる。自分の考えなんてのは、一人前になってから言え。今は一生懸命、謙虚に学ぶ立場なんだぞ。」と言うと「道を覚えれば良いだけでしょう。」と言う。
「あのな。自分だけでやれている仕事なんて無いんだぞ。道を覚えたって、一緒に働いている介助人さんたちと協力できずに運転士だけで出来る訳ないだろう?みんなで協力し合って成立してるんだ。一人でやりたいなら別の仕事をやれよ。今のままなら、君にバス運転士の仕事は来ない。そこをよーく考えろ。」と言うと「俺は頭が悪いから」と言う。
全くあ〜言えば、こう言う人だ。
「あのな。頭の問題じゃなくここの問題だよ!」と私の胸を叩いて見せた。
そして、点数にこだわるのを知っていますので「あなたはドラレコで100点がでないと、車両のせいにする。何かあると人のせいにする。俺は言わないけれど、どのバスを運転しても100点だよ。自分に問題があるってどうして思わない。そこが問題なんだよ。」
ちょっと大きな声を出してしまったけれど、言わなければ彼に居場所が無くなる事が良く分かりますので、真剣に言わせて頂きました。ハンドルを握らなくて良いと言われ、今日は黙って乗っていろと指示されたと言うので「しっかりと見るんだ。頑張れよ。」と言って、そっと肩に触れました。
それで解決するほど甘く無いとは思いますが、少なくとも彼を思いながら人として真剣に向き合いました。
まあ、下手をすればパワハラで訴えられるかも知れない時代です。でも人として、人生と運転士の先輩として伝える事は伝えないとと思いました。
やり取りした後に、嫌な顔はしていなかったのが救いではありました。
どうも、その後胃の具合がおかしい。
人に何かを意見すると言うのは、大変な事ですね。スッキリなんてのではなく、ストレスになる。
また、そんな事があったら穏やかに話さないといけませんね。もう若くは無いので。また、一つ学びました。
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2025/12/19 11:12
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自分のために人を売るな
今年もあと少しになりました。
今日は、朝乗務後に社員全員参加で社屋や車庫全体の大掃除がありました。
掃除と言うのは始めるまでは何となく気が重いのですが、綺麗になるのはやはり気持ちが良いと感じます。みなさんでワイワイやるのは、何やら愉しい行事でもあります。
ともあれ、若い人の馬力や動きの凄さを見ながら、たちまち腰が痛んで来てしっかり年齢も感じながらやれる限りやって来ました。
私を見ると、直ぐに助けに来てくれる外国人の青年を嬉しく思いながらでございました。
(ライターのガス切れで、マッチがあったはずと見つけました。どうやらこのメーカーもマッチ作りから撤退してしまった様です。なのでレアものかも知れません。)
すっかり怒る事が無くなり笑顔でいる事が好きな私なのですが、久しぶりに怒ってしまった事があります。
可愛がっていたのに、他の同僚をチクる若い同僚がいる事が分かってしまいました。
チクると言うのは権力があると思われる人に、同僚を密告して自分の優位性を確保しようとする行為。言わば仲間を売る事に自分の存在意味を見出すと言う、とても陰湿な心理であり行為である訳です。そうして、仲間としての連帯感や共同性に、不信感や相互対立、疑心暗鬼の関係を持ち込む。
安全のためにとかその人のためにでは無く、自分のいい加減さをごまかすために人を陥れる。こう言う事は、若い頃から大嫌いでした。
大体密告を奨励する社会と言うのは、ナチスにしろ、戦中の日本にしろ、社会主義と言われる国々にしろ民主主義ではない独裁体制を守るため。
密告のために、人々は相互不信と警戒しながら生きる事を強いられました。そして、故なく密告された人たちは、悲惨な人生を強いられる事になった。
そう言う歴史もありましたので、仲間たちに信頼関係を作ると言うのが労働組合の長であった私が、一番心を配った事でありました。
なので、嫌いなんですね。そう言う事を平然とする人とその暗い心根がです。人を憎んでいる訳ではありませんが、その様な行為に利用されて乗ってしまう人も人を陥れる事になります。なので私は、怒ってしまうのです。
まあ、たまには怒る事も必要かも知れません。と言うか叱らなければならない事もあります。
一応、人としては長老格ですので。
(マッチと言えば、悲しい物語がありましたね。アンデルセンの「マッチ売りの少女」。人は売らずにマッチを売って、死んでしまいました。)
信頼の信と言う言葉は、人に言う。自分が言っている事に責任を持つから頼られると言う訳です。
ただ言っているところに信は生まれない。故に頼られる事もなく孤立した存在になる。言う事に責任を取ると言う事は、なかなか大変な事なんですね。笑ってばかりもいられない。
常に自分の心に自分の利益や感情で言動していないかを問わないと、邪さにおいて相手と変わらない事になってしまいます。
バスの運転と同じ様に、真剣勝負の様に思います。
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2025/12/18 13:58
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何事にも心を尽くして。
平日の休みなんてチョー久しぶりなので、朝から張り切り過ぎました。まだ病み上がりだと言う事も忘れて。
お昼を前にバッテリーが切れてしまい、ひと休みして充電しております。
今朝は、イワシの頬通しに致しました。ブロッコリーの芯のぬか漬けも美味しく漬かりました。韓国海苔とイワシの組み合わせも、予想外になかなかだぞ〜なんて思いながら頂きました。
せっかくの休みだからと、暗いうちから掃除洗濯を開始したり動き回っておりましたら何やら疲れて咳も出て来てだるい。
休日は混んでるから買い物に行くのはめんどくさいな〜と思いましたが、今日が平日である事を思い出したのでございます。
懸案の抜けそうな床板直しの木材を買うなら今日だ!と寸法を測って出掛けました。
6枚一組1000円を7組。計42枚の杉板でございます。こちらで1部屋プラス玄関を直す予定でございます。イメージは、昭和の木造校舎。
友だちと並んで、雑巾掛け競争をしたあれですね。何気に木道が好きな理由は、子どもの頃の木造校舎の感覚だったのかと思ったりします。
私が電車運転士を降ろされたのは、国鉄分割民営化に反対して折れなかった事にありましたが、直接的には年休規制に抗議して申請の通りに休んで集会に参加した事への処分からでした。
そんな私が、今や貸し切りバスの繁忙期には有給休暇を取り下げて「あと1日有給休暇を消化しないと法に触れる。希望はありますか?個人の権利ですから。」と言われて「いつでも良いですよ。お任せします。」と言うのですから、昔を知る人には驚かれてしまいますね。
何だかんだ、大企業労働者と言うのは恵まれている。賃金も労働条件も中小企業とは全く違います。
こちらの取締役の報酬は、JRの一般社員並みのレベル。なので現場労働者に至っては…。交通労働者として、社会貢献しているのは同じなんですが、あまりに違います。
両方を経験している私が、つくづく思う事です。私は、昔と違い99%の中小企業労働者の側に身を置きながら、その日々を発信していると言う事になります。なので、志しは変わらずとも言う事ややる事が変わるのは当たり前の事だと思っております。
土台権利と言うのも、仕事や会社があって初めて言える事。仕事が無くなれば、たちまちやる事も無くなり、収入の道が途絶えるシビアな世界なのでございます。
仕事があるうちに稼いで、暇になった時にも給料を払える様にする。なのでピークの時には、自分でも運転する。お客さんを取り、采配し、必要なら自分も大型バスを運転する。そんな人を見て、権利を声高に主張するなんて言う気持ちに、私はなれません。
68才になる私の雇用は一年更新なれど、やる仕事が無くなればどうしようも無い訳です。
バス運転士のライセンスがあるだけで、日雇い労働者と本質は変わらないと思っています。その日暮らしでは無いだけですね。それから、急速な少子高齢化で労働人口も減っておりますので、元気であればと言う条件で別の会社でも働く事はできる時代的状況にあります。
https://youtu.be/VCQ5YsSzP_c?si=xFMOMs6cysVBC_sg
「山谷ブルース」事実上放送禁止になった歌だったそうですが、働く人全てに共通する歌詞だと今でも思っています。必要が無くなれば、ポイされて路頭に迷う。
働いて働いて、高齢者になって社会にも家族にもポイされるいる人が何と多い事でしょうか?
政策の力点の問題はあるでしょう。しかし、誰しもが心のある人間なのだと言う事が置き去りにされていると思う。
人の心を踏みにじりながら、自分は幸せになれるなんて事は無いのだと思います。人に学びながら何事にも心を尽くして。
それは、比較的に恵まれていたJRの時代よりも、少なくても幸せを感じている私の到達点でございます。
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2025/12/17 13:58
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ヴィンテージの年末安全総点検
貸し切りバスのピークが過ぎましたら、毎年恒例の年末安全総点検になります。
昨日も今日も自分が乗務したバスの総点検と清掃をできる限り行います。
昨日は、小学校送迎のマイクロバス。今日は、工事送迎のマイクロバス担当でございます。
何しろ困るのは、視力の衰えです。例えば、エンジン冷却水(クーラント)の確認です。運転席のドアを開けると、ステップのところに小さな確認窓があるのです。小さい上に、良く見えない。まあ、大丈夫だろうなんてチェック済にして、後で誰が見たんだ!なんて事になっても困ります。しかし、見えない。
そんなところに、外国人運転士の青年が「いつももらってるから。」とわざわざのど飴を持って来てくれました。「ウワァ〜、良いところに来た。ここからクーラントが確認できるのだけど見てくれないかな?俺には全然見えないんだよ。」と頼む。「ライトが無いと。」と言うので、私の携帯ライトを渡すと「大丈夫。見えたよ。」と言う。
一時が万事、見えないと言うのは一つ一つに困難が伴います。なのでなかなか憂鬱な総点検でもあります。
今日のマイクロバスも、クーラントとオイル関係の確認がまだでございました。仕方ないので、運転席下から地面に横になって確認した次第です。
ワックス掛けもやりました。お陰で買い物をする時間が無くなりましたが、できるだけの事はやって置かないと後でやる人が大変になるのでございます。
(車庫脇の森。何だかルソーの絵見たいになって来ました。月はありませんが。)
大型バスも運転する様になって、ようやく心の目が開眼した事もあるのですが、肉眼の方は衰えるばかり。は〜あ、いつまで頑張れるんだろう?なんて思ってしまいます。
でも、そんな日常のささいな事さえ、お互いの思い出なんだよなとも思うのです。
生別れも、死に別れも、寂しく感じるのはどうしてでしょうか?それはね、消えない思い出があるのに、もう思い出を一緒に重ねられなくなるから。
そんな風に思います。別れとは、そう言うものだと分かって来ました。
だから、ささいな日常の日々を大切にして、一人一人を記憶に留めて置きたい私がおります。明日も、来年も続くと言う保証は何も無い。しかし、突然の別れはあるのです。大切な思い出を、今私たちは重ねている。当たり前の事ではないのだと思います。
老いた両親のところに、お正月くらい二泊しようかと考えております。
しかし、母が気丈に動いておりますので、私には実家でやる事が無いのでございます。何でもやるつもりはあるのですが、彼女の日常も大切にしなければなりません。
私の方は、本を読んだり、ラジオを聞いたりしているだけになるので時間を持て余してしまうのです。
そこで、実家にもギターを置こうかと考えました。メルカリにビンテージギターが4000円で出ておりました。かなり痛んでいる感じでしたが、動画を見たら良い音がしておりましたので注文しました。
大分くたびれておりましたが、レモンオイルを塗り込み、何故か爪楊枝で代用していたブリッジを交換し、弦を張り直し、一旦はダメかなと思いながら調整しておりましたらようやく音が落ち着いて来ました。
なかなか私好みの良い音が出ます。
インドネシアで1990年代に作られたギターなんですね。痛み具合からも「庶民」の楽器と言う感じが致します。
ヴィンテージって100年以内に作られて残っているもので、アンティークと言うのは100年を越えて残っている良いものと言う事でございます。
有名でも何でもないけれど、何か良いな〜と言うものを見つけて再生して愉しむ。金銭的には価値が無くても良いものは良い。貧者の道楽だよな〜なんて思います。
こちらは、2500円でしたか。サンドペーパーで綺麗にしました。とても可愛くて、気に入っております。ハンカチやソックス等を入れております。
これを見た私の母も「良いね〜」と言っておりました。
アンティークにならなくても、ヴィンテージで。私の嗜好もその辺りにありそうです。
明日は、お任せの有給休暇消化のお休みになりました。夜の乗務もずいぶんと気持ちが楽でございます。
例え視力や動きが衰えても、心のゆとりはしっかり持ちながらヴィンテージらしく生きて行きたいと思います。
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2025/12/16 13:05
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