1週間が何とか無事に終わりました。週末は、翌日が運休だと夜帰庫してから満タンに給油して、清掃をして週明けに備えなければなりません。
疲れ切りながら、暗く寒いところでの清掃はなかなか大変なのでございます。しかしながら昨日は、外国人の青年が一緒。言わば若き優秀な助手がいる様なもので、テキパキと次々にやってくれますので楽ちんでした。
同僚の運転士に「週末に研修生付きってのは有難いです。」と言いましたら「辻川さんが、そう言う事が多いのは『持っている人』だからですよ。」と言いました。
ん?持っている人って何だ?ツキを持っているって事かと思い「そんな事ないですよ。先日の大型もフルに走りましたし。」なんて笑い合いました。
でも、何だか気にかかる。私の応えがちぐはぐだった感じがしたのです。

(土曜日休日のランチは、買い物に出掛けたら売っていた柿の葉寿司とうどんに致しました。それからアサイー入りのヨーグルト。アサイーはブラジル原産の木の実でスーパーフードらしいのですが、ほとんど味がしないのですね。)
「持っている人」なんて初めて言われました。大体、支払わなければならないお金があって70歳を前にしてろくにお金も持っていない。持っていると言えば、築50年の古い家と10年落ちして値段が付かない愛車くらいで、他にも値段が付かないものばかり。
しかしながら「あなたは持つ事が多いほど、人間として貧しくなる。」と言うマルクスさんの言った通りだと、何とかめげずに生きているだけなんですね。
そんな私が「持っている人」と言うのは、どう言う意味?
チコちゃんではありませんが、帰宅してから友だちに聞いて見ました。そうしましたら
「辻川さんの人間性を、高く評価していて、仕事ぶりや、能力、人柄を、尊敬している、褒め言葉なのですよ。」
との返信がありました。
いや、どうも。単にツキを持っているなんて言う意味でなく、かなり凄い事を笑顔で言って下さったのだと後になって恐縮してしまいました。

(いよいよ氷点下にもなりましたが、まだ頑張っているわが庭の作物です。小さくなりましたが美しいと感じます。)
日本語と言うのは奥深いですね。持っているというのは物の事ではなく、たぶん心や心掛けの事。
昭和の昔、水前寺清子さんが歌ってました。「ボロは着てても心は錦〜どんな花より綺麗だぜ♪」そんな感じでしょうか?ただ、身なりも生活もなるべくちゃんとしようとは努力しておりますが、そんな風に見ていてくれたのですね。有難い事だと思います。
マルクスさんの言う通り所有する事を増やせば心は貧しくなるけれど、心掛けは人を豊かにする。そんな事なのかも知れません。
そう言えば、スリランカの青年に「タミール人とシンハラ人との戦争があったね?」と聞いたら「はい。私のお父さんも軍人として闘ったのです。」と言うので「そうか〜。それは大変だったね。」なんて言う話しもしました。彼はシンハラ人との事でした。「まあ、日本人から見たら区別つかないけど、戦争は大変だよな〜。」と言うと「そうですね。」と言っておりました。
どの民族にも大変な歴史がある。利害が対立すると命がけの闘いになる。殺し初めると怒りが一層強まる。泣くと悲しみが深くなる様に。
人間は、もう散々やって来たはずなのに変わらない姿がありますね。
大切なのは、違う人たちから学び包摂しながら生きる事。簡単に分かろうとしないで、分からなくても受け入れ様とする事にあるんじゃないかと思う。そして、何とか一緒に生きる道を探る。
日本の昔の村や集落では、客人やよそ者を入れるか入れないかで3日も4日も寄り合いが続いたと言います。みんなが合意する事に、とてつもない時間を掛けたのですね。
何だか、民主主義の本当の原形が日本にはあった様に思うのです。民主主義ってのは、とてもめんどくさい。本当に民主主義なら、戦争なんかやっている時間が無くなるんですね。だから、独裁だと戦争がやりやすい訳です。
伊能忠敬さんは、村の名主をしていて調整能力がすごかったと記念館にありました。名主を努めてから地図作りをしたのでした。
本当に凄いのは、利害の調整力がある人なのでしょうね。その不屈さで日本地図の作成でも不屈だったのではなんて思います。71歳でやったのですから。
労働組合の長と言うのも、労働者間の対立や経営者と労働者の対立を調整できる人だったと思います。自分の利害や政党の利害を強いるのは、日本人の伝統や流儀から言うと馴染まない。
私の40年間の経験は、どうもそこのところに行き着きます。だから私は、誰も否定せず受け入れて共に生きる努力を日々するのでございます。