辻川慎一つくば便り
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今に生きる昔話
この爺さんは何を言ってるの?と言われるかも知れません。
今から40年前、国鉄が分割民営化される事が決まり12万人とも言われた人たちが職場を追われる事になりました。誰が生き残れるのかと不安と疑心暗鬼が渦巻いておりました。最強と言われた労働組合も、それぞれの生き残りをかけて対立を深めていました。
まだ若かった私は、組合の違いを越えて一つになれば道は開けると思い、職場の青年たちと共に猛然と声を上げて引かなかった。その結果として1986年には電車運転士を降ろされ「人材活用センター」と言う見せしめ隔離のために作られた場所に送られ、駐車場の管理をさせられました。しかし、心が挫けた事はありませんでした。仲間たちも、そんな私と一緒に耐えてくれた。
その頃の中心スローガンの一つが「士職奪還」。つまり運転士に戻せと言う事でした。無理と言われたこの目標を24年の歳月をかけて実現し、仲間たちは士職を奪還致しました。最高裁まで争って2度に渡って勝利しております。仲間たちが挫けたら、無かった勝利でございます。
さて、仲間たちは見事に運転士職を取り戻した訳ですが、私自身の方は対象外で電車運転士に戻る事はありませんでした。23年ぶりに電車検修の現場には戻り、仲間たちと夢の様な8年間を過ごす事は出来ましたが。
(家に飾ってある私の電車運転士免許証です。)
さて、前置きが長くなりました。
私自身の「士職奪還」は、私自身で果たす事になりました。電車運転士ではなく「バス運転士」としてです。
この会社では、辞令にきちんと「バス運転士」と発令されております。
息子を亡くした地で、その辞令を拝命された時には、私の中で特別の感慨がありました。
しかし、精神的打撃が深い中で新しい家族を持つと言う負担に耐えられ無かったのか重大なミスが続きバス運転士も一旦外されてしまいました。
そこから再び運転士に復帰するために、最低賃金で何でもやって来た日々でございました。そうして再び70近くなってバス運転士に復帰できたのです。
他の人にとっては「それが何なの」と言う事かと思いますが、私に取りましては特別の思いと感慨があるのです。40年ぶりに、本当に士職を奪還できたと言う思いです。
(6年前、未熟ながらも一旦大型バスの運転士になった私です。)
さて、どうして士職なんでしょうか?
士と言うのは侍、つまり武士と言う事です。運転「手」ではなく士に込められた意味があると思っております。
単に剣術の技がすぐれているから武士と言う訳であありません。礼節があって初めて武士と言われる。礼儀を知らない無礼者は、武士の名折れなんですね。
技にすぐれた上で、礼儀を重んじるのが武士なのでございます。
つまり、私たちは名前だけの名誉回復を求めていた訳では無かった。取り戻す過程そのものの中で、士を貫いたからやり遂げられたのだ。とその様に思っております。その時点で、既に勝っていた。士職を奪還していたと、私は思っております。
そのリーダーであった私が、再びバス運転士として復帰した時に、運転技術のさらなる研鑽と共に礼節を尽くすと言う事の中に、私の士職奪還の完成があるのでございます。
それは、長年の仲間たちに対する私の礼節であり責任でもあると思っております。
もちろんまだまだ、これで良いと言う事はありません。技術も礼節も、生きている限り研鑽し続ける。それが士の生き方であると私は思っております。
それは「士」の中に特別に込められた仕事を指す、日本人の文化を大切にする事だとも思っております。
今日は、今週3度目の大型バスで外国人運転士の研修担当です。技術的に問題の無い彼に、心の置き方の大切さ、礼節の大切さを伝える私であります。日本人で無くても、分かってくれている実感があります。どの国にも文化と礼節はあるのですし、礼節とは相手への敬意と尊重の心から成り立っているのですから、通じない訳がありません。
無礼とは相手を軽んじ、バカにする事に他ならないのです。そこから来る言動を失礼と言うのです。
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2025/12/12 13:20
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寄す処(よすが)
寄す処(よすが)は、寄りどころの家が転じて心の寄りどころと言う。
生きて行く事には、誰しもに不安があり、孤独を感じる。それはそれで人として大切な心の働き。だからこそ、自分で考えて自分で判断する力を付けて行かなければなりません。
ところが、自分で考えて判断すると言う事を否定されて「お前はダメだ!全て言う通りにしろ!」とされると依存するしか無くなってしまう。自己肯定感が持てないと依存してしか生きられなくなってしまうと言う訳です。
(今朝2時半に起きて作った朝食でございます。定番の具だくさん味噌汁にキュウリのぬか漬け。しらすおろし。友人に頂いた「ナチュラル納豆」に海藻卵。韓国海苔。デザートは地元の種ありぶどう。実はかなり贅沢で、美味しい朝食でございます。)
私は、労働組合の委員長を努めさせて頂いた頃から組合員にあーしろこーしろなんて言いませんでした。それぞれの判断があるし、それを信頼して受け入れる様にしました。組合を脱退すると決めた人も非難はせず、自分の至らなさを考えました。
去る人は去り、残ってくれる人も自分の判断で残りました。
ところで政治党派と言うのは、自分たちの主張だけが正しいので、「指導部」と呼ばれる上からの指示で動く事が絶対と言うのですから合わなかった。自分で判断する事でなく従う事が大事と言う構造は、組織へ依存してしか生きられない人格を作る。組織のためには、それが好都合な訳です。
まあ、根本が合わないのにずいぶんと無理をしておりました。
(頂いた「ナチュラル納豆」。茨城県日立市で作られておりました。納豆の香りがちゃんとしながら、とても優しい味がして美味しい。もちろん遺伝子組み換え大豆は不使用です。)
バスの運転でも、結局やるのは自分ですから自分で判断しなければ運転できない訳です。なので、研修指導で危ないと感じたところは指摘しますが、安全第一を前提に自分で判断する事を大事にして来ました。人のせいになんかしても通用しないのでございます。
まさに人生そのものと同じだと思うのですが、現実社会では他の人に依存する事で不安や孤独感から逃げ続ける人たちがたくさんおります。そう言うところにつけ込む様な宗教団体がなくならない理由でもあると思います。
世界も、自然界も、混乱に向かう。日常生活でもちらかるし、汚れる。
生命活動と言うのは、直向きに混乱を整理しようとする努力と言えるのですね。力尽きてそれが出来なくなった時に個別の死を迎える。
(小学校で見つけた「アミガサハゴロモ」と言う虫の卵。子どもが言っていた様に虫がいない自然界と言うのは死滅するんですね。)
私が子どもの頃は、遊ぶと散らかったので「片付けろ!」と親に叱られました。遊んでは散らかし、散らかしては片付ける。いつの間にか、何かをしたら片付けると言う習慣がついたのだと思います。受験勉強が行き詰まったりすると、やはり机や本棚を片付けて整理する。すると何となく心もリセットされる。
そんな経験が、大人になっても生きている様に思います。混乱し、散らかったら身近なものから整理して見る。掃除して見る。ほんの細やかな事ですが、人が生命として存在する事の本質が実はそこにある様に思います。
片付けられないとどこまでも混乱して、収拾がつかなくなる。それは現象の問題だけでなく心も同じなのだと思います。混乱の共依存と言う訳です。そうしますと、当然ながら出口のない混乱が深まるばかり。
自分の判断で、自分から片付ける。めんどうだからこそ、その達成感や気持ちの良さを感じる事が大切なんだと思います。それは強いても生まれない、習慣の力の様に思います。
(こちらがアミガサハゴロモの成虫だそうです。蛾の様ですが、セミやカメムシに近いとの事。確かに頭の部分が違いますね。成虫は見た事がありません。)
肉体も心も絶えず混乱の方に向かう。その中で日々休みなく整理しようと頑張っている。そんな自分や他の人です。自分自身への信頼を取り戻すのは、意外にも小さな事からの様に思います。
みんなとズレてぶつかってしまう青年と忘年会の話しをしました。ぶつかっても彼なりの判断をしていると思うので「なるほど良く考えてるな〜。俺は考えてもいなかったよ。」と褒めましたら「辻川さんと一緒の部屋に泊まれると良いな。」なんて言ってくれました。年の差40才に近いのですが、ちゃんと温かく見ているのを感じてきたからでしょうか。
人は、ちょっとしたきっかけで変わるし伸びる。そう言う力は、誰しもにあると思う。
深く温かな心の寄す処があれば。
そんな事を思います。
https://youtu.be/dbHPwFo_28o?si=gtUq_-nFbFQhYaNg
1985年。国鉄分割民営化との闘いの嵐の渦中に亡くなったた息子が生まれた年に流行った曲だったのですね。この頃は「ダイアル回して」たんだと思いながら、恋をする乙女の心って良いよな〜と感じます。
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2025/12/11 13:10
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心にも身体にも栄養を
私の方、「餅代」のボーナスは無しなれど会社主催の忘年会には参加希望は出させていただきました。何人かの同僚に「辻川さんも出るのでしょう?」と何やら有難いお誘いを頂きましたので。一緒に参加できる事を楽しみにして頂けるだけで、とても嬉しくなる私がおります。
もっとも工場の送迎バスは運行しますので、参加できるかどうかは分かりません。今年最後の乗務になる可能性もありますが、希望だけは出しました。
朝の乗務を無事に終えて、バス清掃の前に一服。まだ残っている木の葉を見上げるのも習慣なんですが、月も見えました。
70近くになって、再び喫煙。JRの後輩も心配してくれて「タバコは止めたほうが良いと思います。」と言ってくれました。
その心は受け取りながらですが、人は癌で死ぬわけではないのです。癌そのもので亡くなるのは17%。つまり80%の人は実は栄養不良による感染症で死んでいるとの事です。
癌細胞と言うのは、栄養をどんどん取り込むので栄養失調になる。すると免疫力がどんどん下がって感染症にかかりやすくなる。
癌細胞が増えるから栄養を摂らない方が良いと言うのは誤解なのであります。
つまり、予防においても然りですが、ちゃんと栄養のあるなるべく安全な食品を、美味しく食べると言う事の方が大事なんですね。
タバコも吸わないし、酒も飲まないけれども食事がいい加減と言うのでは何にもならないばかりか、苦しむだけと言う事になりかねない。
病院や施設だから栄養や良い食事が提供されているか?と言うと、必ずしもそうではない。
やはり、病院や施設に厄介にならないためには、日常生活から変えて行かなければと、私は思います。
あ~それなのに、仕事の日は疲れてしまい手抜きランチになってしまいます。今日は、ちょっとお気に入り「麺のスナオシ」のインスタントラーメンライスになりました。でも、大根葉にネギ、豚肉、生姜にニンニクを中華鍋で炒めて乗せております。季節のフルーツ柿に、地元の柚子ヨーグルト。栄養価は低く無いと思います。ちなみにカロリー計算なんて事はした事がありません。
それでも私の身体つきを見て「無駄な肉が一切無い感じ」だと言われます。そう、余分な肉もお金も無い私なのでございます。見せる様な代物ではありませんが、腹筋も割れて見えます。
(小学校の生垣で見つけた「美女オニグモ」。小さいながら、ちょっぴり毒もある様です。寒いのに頑張ってました。)
小学校のスクールバスの添乗員さん。昨日は一人暮らしで私よりも高齢の人でした。横浜出身の東京育ち。数年前に茨城に来たとの事で「静かで良いところです。」しかし「周りは私と同じ独居老人ばかりです。もう子どもが親を見るなんて言う時代では無いですね。」と話しました。そして「動けなくなると施設送りになる。」と言う。「子どもたちがそうするのですか?」と聞きますと「民生委員がそうするんだよ。」と言います。「なるほどそう言う事ですか、残った家は廃墟ですね。売れないから。」と言うと「その通りです。」と言う。「気を使いながら生活する。施設になんか行きたく無いですね。」と言いましたが、返事はありませんでした。リアルさが、私とは違うのだと思います。
空前の高齢化社会に入っている日本社会の現実は、さらに劇的に変わって行く様に思います。こう言う時代は経験した事が無い歴史的時代なのだと思います。
AIも含めて誰かに判断を委ねて、文句を言ってもどうにもならない。そもそも自分の人生であり、自分たちの人生なんですから。嘆いて見ても何にもならない。
心と身体を整えないと、そんな時代をしっかり見たり、周りの人たちを思いながら一緒に生きて行く事もできない。
私の人生の集大成をかけながら生きて行くしか無い様でございます。
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2025/12/10 13:30
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思い上がり。
大型バスの運転を改めてさせて頂いて良かったと思います。一旦叩きのめされた思い上がった自分を、もう一度立て直してこれた。そうしてようやくつかめて来た事があると、回を重ねる事に実感するからです。
変化する状況の中で、車両の大きさと位置をしっかりとイメージしながら対応する。状況や事態に動揺する事なく、冷静に切り抜けて行く。それを支えるのは何よりも、心の置きどころ。あえて言えば、合理的判断を支えているのは非合理な心にあると言う訳です。
ヴィム・ヴェンダース監督の映画「セバスチャン・サルガド」の衝撃が忘れられず、中古の写真集を買いました。
世界の過酷な状況で働く労働者を撮ったものですが、その肉体労働者たちの表情の神々しさに引き込まれます。
子どもの頃見ていた、私の父や母の姿や表情に重なるからだと思います。私に取っては、彼らは神々しく、あこがれでもありました。だから小学生の頃の作文では「父の様な労働者になる」と書いた事もありました。
ザルガドは、戦争、飢餓、搾取といった悲惨な歴史の暗部を写し出しました。それは正視に耐えないくらいの悲惨さです。しかし、その過酷な状況下でも失われない人間の生命力や、自然界の圧倒的な美しさも深く捉えていました。歴史とは、結局のところ、これらの光と影の両方で構成されていると彼は見た。
「結局のところ歴史は、挑戦と反復と忍耐の連鎖である。それは抑圧と屈辱と災難の終わりの無い循環である一方、人類が生き残る能力を指し示す大いなる遺言でもある。歴史において孤立した夢はない。なぜなら、人間は後に続く次世代の生命の中にその夢を育むからである。」
写真集にあったサルガドの言葉が、ずっしりと胸に響きました。
(今日は、会社の屋上に登って見ました。紅葉の時に登れば良かったと思いましたが、それでもつくば連山を一望できる風景を眺める事が出来ました。)
そう、世界も自然も合理的では無い。人間が合理的に分けられると過信し続けているだけで、土台人間自体が合理的に生きている訳ではありません。
合理的と思われているものは、非合理に支えられている。
昔労働組合のスローガンに「反合理化」と言うのがありました。「反合」とは何か?なんて大真面目に議論していた。資本主義に対する左翼的なスローガンだった訳です。
ところで、自分たちを資本主義以上に科学的で合理的存在だとする社会主義の「反合理化」って、それ自体が矛盾していたと思う。つまり、根本批判になっていない。成り立たない。と言う事なんですね。
我がバス会社の幹部の一人は、「効率化は安全の敵だ。」と言いトイレ掃除を欠かさない人。とても清掃にうるさい社風が作られています。
安全運転に掃除?合理性なんか無くても、心を整えてバスを運転すると言う事には合理的理屈を並べるよりもはるかに有効なんですね。
そして禁物なのは思い上がる事。傲慢になる事。甘く見る事。
社会主義について、ハイエクと言う人が「致命的思い上がり」と批判しました。別にその人の全てが正しいかどうか分からないのですが、ストンと落ちます。それが資本主義であれ何であれ「思い上がりは致命的である。」と言うのは、人間に取っての真理であると私は思います。思い上がりに神々しさは、無縁なのだと思います。
寒いですが、汗水垂らして働く事の中に神々しさがある。同僚たちを見ながら、その様に感じます。
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2025/12/09 10:53
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油断(心の灯火を消さない事)
今朝もかなりの寒さでしたが、寒さよりも血中アルコール残量に青ざめた朝でございました。
10時間あれば、まさか残らないはずとちょっと過ぎてしまった様です。3時に目覚めて、どうもおかしいと測って見ましたらかなりの数値。ヤバい!と食事をしてからひたすら水を飲みました。しかし、なかなか下がらない。しかし、他に方法は無い様なのでまた水を飲む。
なかなか下がらないのですが、徐々にではなくある時点で急に下がる事に驚く。しかし、まだ0にならない。なのでまた飲む。あ~まだダメだと反省しながらまた水を飲む。そうしましたら、出勤時間1時間前になってガクンと下がって0数値。胸をなで下ろした次第でした。
ところが飲んだ水が、2.5リットル。出勤したら頻繁にトイレに行きたくなる。予想はしておりましたが、寒さもあって大変でございました。バチが当たった訳です。
そんな時にも、色々と考えます。一番大切な事は、信用を失い、仕事も失うと言う事。せっかく積み上げて来た事が全て水の泡になる。油断大敵と言う言葉が浮かびました。
美しく紅葉した南天を頂きました。「難を転じる」縁起の良い木でございます。赤も鮮やかですが、オレンジ色も珍しく美しいと感じます。
ところで
「油断」とは、物事を軽視したり見くびったりして、必要な注意や努力を怠ることを意味します。
とありますが、どうして「油断」なんだろう?と思いました。
そうしましたら、お寺の灯火を絶やさないために油を1日も絶やさないと言う事から来ていた。しかも、それには心の灯火を1日も絶やしてはならないと言う意味があるのですね。心を傾ける事が、心の油と言う事になります。
単に技術的な事を言っている訳ではない。なのでLEDだから大丈夫と言う事でも無い。
心を傾ける事を怠るのが油断と言う訳です。
(午後の光を浴びて、張り替えた障子に風船葛のシルエットが映ります。)
JRの後輩からは、常磐線で「ハットフィールド破断が起きた。」とのメールがありました。イギリスの鉄道事故からの命名だそうです。
レールが疲弊して縦割りにヒビが入って行く。気づかずに放置すれば、ある時点で粉々に崩れてしまう。大丈夫と油断していると破断して、大変な事故になる。
技術的な事は分かりませんが、結局は人がどう判断するかにある様に思います。何事も常にそうであった様に、最後は人の様に思います。
そこには図に乗って甘く見ると言うスキを許さない厳しさがある様に思います。
他人事では無いのですね。大人の、あるいは仕事人の優しい笑顔と言うのは厳しさがあって深いものとなる。
どうも、私はまだまだその域では無いなと反省するのでございます。心の灯火を1日も絶やさない様に、何事にも心を傾けてと自分に言い聞かせないといけません。
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2025/12/08 13:25
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