辻川慎一つくば便り

クールな日本人の一人として

何だかあちこちで相手に優位な立場を使ったパワハラやセクハラの報道が目たちます。
兵庫県では、知事のパワハラを告発した生活局長が命を絶ってしまうと言う悲惨な結果になってしまいました。
この間の選挙戦もそうですが「言論」や「表現」の「自由」を盾にして、誰かを攻撃して勝てばそれで良いみたいな事が多い様に思えないでしょうか?

個人の尊重と言うのは、国に守らせると共に、先ず自分自身が守る、貫く事と共にある。それは、他の人の存在や立場を思いやり想像する事と切り離せないのでは無いでしょうか?

一定の組織の中で、組織を守る事。空気を読む事。「優秀」である事が良いとされて、「孤立」する事が悪い事であるかの様にされる事自体が、戦争を肯定する全体主義の考え方につながっている事をもう一度思い返す必要がある様に思います。
「勝てば良い」と言う発想に満ちてはいないのでしょうか?
兵庫県知事は「対話と改革」をキャッチフレーズにして選挙に勝ったみたいですが、対話とは自分の言う事を聞けと言う事で、相手への思いやりなんか無かった様です。
都知事選で話題になった候補者たちも、果たしてどこまで相手がいるのか?と考えてしまいます。「勝てば良い。負ければ終わり。」の論理が横行するのは、その様に支配されてきたからの様に思ってしまいます。勝てば、関係ない。「お前頭悪いな〜。」って言った人もおりましたね。


昨晩、疲れて帰りましたら妻が作った梅酒ができたと振舞って頂きました。


ひいき目でなく絶品でした。良い素材を丁寧に仕込み、時間をかけて熟成した世界に一つの梅酒でございました。

政治家も人も、何だか促成栽培やファストフードが当たり前になって、待つ事や熟成されて本当に美味しくできると言う文化を無くして無いのかな~とも思います。

スピーディーに、闘争や競争に勝たないと資本が逃げてしまう?

でも、それで?
世界の人が感じている日本の文化のステキさって、違うんじゃない?
勝負しているところが違う。目先の金や権力闘争に汲々としていたら、世界の人に嘘をついてしまう事にならないのでしょうか?



昨日のブログについての訂正が入りました。

郵便局の風景消印は、残念ながらだんだん廃止になっていて、集めているのは郵便貯金印だとの事でした。

写真の様な印なんですね。
いや〜、こちらも全く知りませんでした。

900局だと子供の頃から集めて来たのでしょうか?

それは、それで驚きですが、訂正させて頂きます。

暑い日々ですが、大変なのは自分だけでは無い。

それを肝にめいじながら、人を思いやれるクールな日本人の一人として今日も安全運転に努めたいと思います。

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