毎日庭を眺めておりますと、夏の花は、春の花に比べて花期の長い花が多いと感じます。
特に百日草は、微妙に色を変えながら枯れそうで枯れないのです。

「花の命は短くて、苦しき事のみ大かりき。」と言う林久美子さんの言葉がありましたが、短くないんですね。
いずれ終わるにしても長く咲き続ける花もあると言うのは、私にとっては発見です。
そして、見ていない人もいれば、それを見ている人もいる。見ている人と言うのは、感じられる人と言う事でもある様に思います。
私の労働組合運動の師であった中野洋さんと言う人は、私に対して「お前の書く文章は凄い。」と誉めてくれた事があるのですが、四半世紀に渡る強いられた長い隔離から鉄道の現場に戻る事を報告した時には「本当に良かった。お前は現場に向いている男だ。」と言いました。
「労働者がいる現場と言うのは、人としてのごまかしが利かないんだよ。」と言われていた方でしたので、つまり「お前は人に対して、本質ごまかしの無い男だ。」と認めてくれていたのだなと思います。
現場で苦労しながら働く労働者の目は厳しい。見ていない様で見ている。
自分にいい加減で、良さげな事を言っても本当には通用しない。現場を共にしない人は、好き勝手な事が言えます。
しかし、それはそれだけの事で本当には人の間にいないと言う事になります。

今日は、朝乗務のあと私の研修見習いに付いた青年とバスのタイヤ交換に行く事が指示されました。
フルタイムパートで日給の私には、指示される事が少ないのですが「辻川さんの指導を受けて学んで来て下さい。」とわざわざ伝達された青年と一緒に行って来ました。
以前マイクロバスの研修指導をしてから、私の仕草をマネて私を拝む青年でございます。
運転について、安心して乗っていられる事が分かっておりますので「寝たらゴメンね。」と言うと「嬉しい言葉です!」と喜んでくれます。
1時間ほどの待機時間に、車好きの青年にタイヤやアルミホイールの話し等を聞きながら、無事に帰庫しました。やはり研修指導をした事のある「自衛官さん」が、丁度おりました。青年くんに向かって「辻川さんの指導を聞いておくと必ず役立つから、間違い無いよ。」なんて言ってくれました。
既に私よりもハードでレベルの高い仕事をされているので、そう言って下さるだけて有り難いと思います。
散々失敗しながら何とか続けて来たバス運転士の仕事でございますが、信頼を受けている事を感じます。たぶん技量以上に、人としての信頼なんだなと感じます。
恩師が一番難しいと言った現場が「お前には、向いている。」と言った言葉が浮かんで来ました。
あと二年したら70才になりますが、そんな咲き方もあるのかななんて思います。
色を微妙に変えながら、長く咲き続ける花もある。
精一杯、誠心誠意終わるまで咲き続ける。
百日草に学ぶ事でもあります。
自分で終わりなんて決められはしないのですから、人の間で咲き続ける事を、実は後輩たちが見ている。それが、一番大切な事の様に思います。