褒める。
連休明けの今週は4日間の乗務でしたが、いずれも研修指導と言う事になりましたので、実際にバスのハンドルを握ったのは2時間程度でした。
後輩たちの運転を見ながら、お話しをしながら、色々と考えて発言しますので、それはそれで結構気を使っている様です。
何より暑いので、疲れてしまうのかも知れません。
昨晩は21時近くの帰宅になりました。氷を作っておいて、水割りを飲んでおりましたが、23時を回るともう起きていられませんでした。
やはり、寝る前に冷たい飲み物は行けませんね。
5時に起きて、掃除や洗濯、エアコン清掃、水やりなどをしておりましたらお腹が下り気味でございました。
内臓を冷やしてしまった様です。やはり、冷やすのは頭で内臓を冷やしてはダメみたいです。

静かな土曜日の朝を迎えながら、昨日警察官だった後輩同僚のお話しを思い出したりしておりました。
死亡事故現場の悲惨さや解剖の立ち会い、その後の遺体の運搬など表には出ない大変な仕事内容で「いつ出動がかかるか分からない」と気が休まる時がないとの事でした。
さらに参るのが、警察署に掛かって来る電話だったそうです。支離滅裂で訳の分からない電話がよく来て、それを忍耐強く聴いていたとの事でした。つまり心を病んだ人が「110番」だと拒否されるのでわざわざ警察署の電話番号にかけてくる人がいるとの事でした。
「警察官の方が心を病んでしまいませんか?」と聞きましたら「たくさんおりますよ。だから感情移入したらだめなんです。遺体もですが仕事として割り切らないと心が病んでしまうんですよ。」とそんな話しをしてくれました。
自衛官さんもですが、人がやらない大変な仕事をやり切って来たのですね。
大変さのレベルが違う様に感じますし、苦労をして来た分人としての強さがあると感じます。
その様に、働く最前線の人々への思いも無く、知識だけで分かっているかの様に思っているところに政治家たちの浅はかさがある様に思ってしまいます。守っているのは自分であり、自分の知識なんですから。

(庭に植えた「アメリカンブルー」。青い花が涼しげです。花言葉は「二人の絆」との事です。)
バス運転士の先輩方にも、自衛官さんや警察官さんにも、どうも人として敵わないな何て思っていましたら「辻川さんは、辻川さんで労働組合をやったのですから敵う必要は無いですよ。」と花友だちが言います。
そうですね。敵う敵わないでなくちゃんと相手を認めて褒める事が大切なんですよね。
褒めるの「褒」の語源です。
「褒」は、衣服で包み込むように相手を大切に扱う様子、そこから転じて、相手の行いを褒め称えるという意味に発展したと考えられます。
との事でした。
お世辞とかではなく、苦労しながら頑張って来た人を大切に温かく包み込む。それが褒めるなんですね。
きっと、それなら私にもできるかも知れません。
言葉に心や思いが込められる様にしていくのも、そうして行こうと言う習慣からなんですね。
習慣の力は、バスの運転を通して学び直して来た事です。
勝海舟伝には「口だけ達者で根性がまるでないのが大都会で育った者の性質である。」とあって笑ってしまいました。知ってはいるけど、分かってないと言うのと同じ様に思います。
日本語って、奥が深いよな〜って改めて思います。
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