辻川慎一つくば便り

きっちり終わるからはじまる

有給休暇をとって、東京高裁で勝ち、仲間たちと楽しい酒を交わし、余韻がさめないままの仕事。相変わらず起伏の激しい1日でございました。

二段ベッドの組み立てに始まり、お昼過ぎまで軽トラ3往復9台の自転車配送。急ぎお弁当を頂き、今度は中国人留学生を迎えに成田空港へ。しかも第1ターミナル、第2ターミナルと連続で迎える「荒業」。学校での手続きの後道案内をしながら借り上げ寮に送り説明をする。

結局残業でございました。


帰宅すると、動労水戸の仲間が育てた大きな落花生が茹でられていました。


それからキムチ鍋。

軽く晩酌をしながら頂くと、疲れた体に沁みる美味しさでございました。

慌ただし過ぎて、なるべく丁寧に落ち着いてと思いながらも疲れて来るとミスをします。

なので、結局1日中張りつめている。と言うか「次は?」と言うのと「落ち着いて!」と言うのとの自分の中の葛藤で過ぎて行く感じでございます。

なので楽しめない私がいる訳です。

でもそう言う仕事をしながら、同じ労働者の事を考える訳です。自分が働く意味、存在する意味を感じたいと思いながら働いている。



自転車を運んだあと、バスドライバーの同僚から「何〜。今度は自転車屋になったの〜?」なんて声を掛けられる。


「ヤバ〜。見てない様で見てるんだ。なんでも屋状態ですからね。」と笑い会います。

久しぶりに顔を合わせた介助人さんたちにも声をかけられる。

「辻川さん組合の方はどうなの?相変わらず宙ぶらりんにされてるの?私たち組合は脱退したよ。みんなどんどん辞めてるよ。」

とそんな話しもありました。
別に動労水戸みたいに会社から差別や嫌がらせがあった訳ではありません。

「何かあったのですか?」と聞きますと「だって、私たちのためには何もしないし、意味が無いでしょう!」と言う訳です。

職場で働く仲間たちに、働く意味や存在する意味を見出し、生きている充実感を生み出す事が出来ないとすれば、会社であれ、労働組合であれ見放されるのは同じだと思うのです。


わが家の朝顔。もうすぐ10月だと言うのに頑張っております。


その頑張りに意味を見出して、喜びとするのも人間の心の働きだと思います。

他者・仲間たちの存在に意味を見出すのも人間の心の働きであり、そこに類的共同性がある様に思います。

つまり人を蔑む心に、人としての共同性は無い訳です。

逆に言えば人が生きる意味を生み出す力も心にある。

あたふたと格好悪い私がいて、そんな私でも尊重してくれる仲間たちがいるのは、その仲間たちを忘れる事なく生きて来た結果なんだな~と思う訳でございます。

そこを外して、自分の存在意味だけを考える。あるいはそれすら考えずに、「俺は頑張って来た」みたいな自分の強調しか無い者の破綻を見る思いがしています。

新しい朝を迎えるためには、昨日はおわらなければならない。

そう言う時代なのかな~と思います。

と言う訳で新しい朝です。
今日も頑張ろう!

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