辻川慎一つくば便り

一人で仕事をする日々

敬老の日を過ぎた翌日、私は新規留学生のための自転車運びを一人でひたすらやる仕事でございました。

JR時代の24年間、鉄道の仕事から排除されて売店等におりましたが一緒に隔離された仲間がいたので「寂しい」と感じた事がありませんでした。

むしろ、仲間たちや労働者のために活動している事に誇りや充実感を感じていた様に思います。

今は、一人で作業する場面がほとんどでございます。

その時間と経験を分け合う人がいない。

同じ仕事をする人がいれば、あれがどうの、これがどうのと共有できるのですが誰もいない訳です。

贅沢は言えませんが、つまらないと感じるのはそこかも知れません。


(落花生と言えば千葉が有名ですが、茨城でも作っておりました。)


過去への郷愁と言う事だけでなく、お互いに共に生きた人の記憶を大事にする。

その人が生きた事を蔑ろにしないと言うのは、大事な事だと思います。

労働組合や会社が廃れているのは、労働者が生きた事を都合の良い様に変えたり、消したりして来た事にあるのでは無いかと思います。

つまり、共に生きた経験と瞬間を決して蔑ろにしない。そこに、現代社会のあり方に対する根本的人間的批判がある様に思います。


(牛久市にある「いいじま」に行って見ました。)


生命40億年の歴史は、絶滅の危機の歴史としてある様ですね。

絶滅した生物も数しれず、そこから新しい生物が生まれて来たそうです。

人間の歴史自体がそこからすれば、大した長さではなく、一人の寿命なんてのは瞬きくらいなんですね。

まさに星のキラメキを生きている。

私は、一人で黙々と仕事をしている事が辛い訳ではなく、共有する人がいないのがつまらない。

それは別に贅沢な訳ではなく、一瞬のキラメキをお互いに記憶して共に生きる人間の本性の様に思います。

それぞれが、別々に生まれ、別々に死んで行く訳ですが、生きた事を大事にする。その記憶の中に生かす。

だから、共通する場所や時代、経験を感じると嬉しい。

それは自分が生きた証でもあるからなんですね。

復習は、これからをより良く生きるためにする訳です。

今日は、早出勤でドライバーの仕事です。

一人でやる仕事をやりながら、一緒に生きるとは何か?を考えながら、頑張ります。

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