辻川慎一つくば便り

父さん、母さん。

牛久大仏にてトイレに行った父をしばし待ち、出て来たので「父さん」「父さん」と呼んでも気が付かない。やむを得ないので、見守っておりました。

古里の富山を離れ、九州から北海道まで仕事を求めながらの旅をして、母と一緒に全国を旅行して来た父親に、牛久の大仏を見に来ませんか?と誘い、何年ぶりかで電車に乗り「小さな旅」に来てくれました。


(2日の土浦の花火大会が、悪天候で延期ではなく中止との事。警備で働く人と予算が無かったと言う事情だと言います。たくさんの人が来る事を見込んで仕入れをしていた人たちの打撃も深刻だと思います。)


一家5人だと軽自動車には乗り切れないので、会社に頼んで業務用の車を借りる手配をして、「天気」を心配しながらの決行。

ところが、朝から車が線路に侵入してひっくり返り常磐線が不通だと言うニュース。

両親から「どうしようか?」との電話。
ネットを見たり、JRの後輩たちに電話してみたり。

駅に電話して見ようと調べたら、問い合わせは品川で駅の電話番号は出ていないのでした。電話をしても混雑しているとつながらない。

仕方が無いので「駅まで行って来た電車に乗ってくれないか?」とお願いしました。何せトイレの問題等がありますので、特急で来る予定でした。

私たちの方もてんやわんやで、朝食も食べずに、会社に車を取りに行きながら両親と連絡を取り合う。

幸い始発だった特急が出るという連絡があり、遅れながらも無事に到着した次第です。



みんなで美味しい常陸秋蕎麦のお店「しのぶ庵」へ行きましたが、こちらも大入り。


そのまま牛久大仏に行きましたら、コスモスが満開との事で入場に30分かかるとの事。

父が「そんなに待ってまで見たくない」と座り込む。

母に「俺が父さんと一緒にいるから」と話し、妻と息子に同伴を頼みました。

さっさとトイレに行ってしまった父を追いかけた次第でした。

私が待っていた事も、そばにいる事にも気づかず売店巡りをする父。

ちょっとつまづきそうになったので、慌てて手を出そうとしたら何とか持ちこたえで安堵する。

まあ、気の済む様に買い物をしてくれれば良いと見守っておりました。

それが済むと日差しが強いベンチに腰掛けたので「父さん。日が当たらないところで休もうよ。」と声をかけて、ようやく私がいた事に気付き「日陰はないだろう?」という。

「あるよ。」と休憩所に案内しました。

そこで飲みものを買って飲みながら、妻に知らせると5分もしないで母と戻って来る。

「1500円もかけて、せっかくのコスモスをゆっくり見ないで、父さんが心配だと出て来てしまったよ。」という妻。


(どこにでもありそうなパクリのお土産が、ちょっと残念でした。)


「せっかく来たから慎一の家にも寄ろう。」と寄ってくれたのですが、滞在時間約30分。

「暗くなる前に帰る」というので、早めに駅に。正味4時間の慌ただしい訪問でした。

私も妻も気疲れしてしまいました。

帰宅した母から電話がありました。

「お蕎麦も天ぷらも美味しかったとお父さんが言ってるよ。楽しかったって。でも何より嬉しかったのは慎一が、そばにいてくれた事だって。そんな年に俺もなったのかなって言ってる。私もね、靴を履いて立ち上がる時に手を貸してくれる嫁の気づかいが一番嬉しかったよ。」と話しておりました。

どこかに行ったという事よりも、心に残る事は気づかいやそこに込められた思いなんだなと改めて思いました。

「父さん」「父さん」と人混みの中で呼びながら、いつまで呼んでいられるのかな?生きている両親に「父さん」「母さん」と呼びかけられる事の幸せを感じている私がおりました。

「いつまでも元気でいて欲しいよ。」と私が言うと「別れはいずれ必ず来るんだよ。」と母。

それを忘れずにいる事は、かけがえのない今と人を大切にする事につながる様に思いました。

丁寧に生きないともったいないのですよね。ガサツでワイルドな人生を改めなければなりません。

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