辻川慎一つくば便り

学びの日々

よもやと思ってましたら、九州から東海まで梅雨入りなんですね。かなり早い梅雨入りとのニュースでした。

昨晩になって仕事変更の知らせが来て、今日は初めてのコースの介助人になりました。

仕事を教えて頂く方は、何度か一緒になった人です。

子どもさんの数がかなり多いので、名前や特徴、乗るバス停や席を覚えるので目一杯ではあるのですが、初めての子どもさんたちにあいさつしながら手を貸し、安全確認できる私がおります。

それでも「今咳をしていたのはどちらの子ですか?」と教導介助人さんに聞かれても直ぐに答えられなかったりして、やはり良く見て、良く聞いて、即座に対応している姿を見ながら「まだまだ甘いな~。」と思ったりもします。

相手がある仕事に、これで良いなんて言う自己満足が成立する余地は無いのですよね。


お昼を頂く前に、頭と体を解すために雨の公園を歩きました。


教導の介助人さんは、ミソキンくんの事も覚えていて「辻川さんが代わったので寂しがったでしょうね?」と言われたので「泣かれましたが、子どもさんは立ち直りもはやいでしょうから。」と私。

「泣かれたんですね。辻川さんはドライバーより介助人の方が向いている様に思います。」と言ってくださいました。「子どもは、嫌いでは無いので私もそんな気はするのですが、一人で全体を見ると言うのにはまだまだの様に思います。」

そんなやり取りがございました。
まだまだであるのは当たり前の事かと思いますが、ちょっとでも認めていただけるのは有り難い事だと思います。

ハナショウブが、雨の中でまだまだ美しく咲いておりました。

子どもたちの介助の仕事をしながら、妻をはじめとして子どもの命を守り育てて来た女性たちの目配りや具体的対応の一つ一つに改めて感心してしまいます。

ところで、自分もその仕事を任される以上、感心ばかりしている訳には行きません。

自分自身の子育て自体が、どんな事情があったにしても人任せだったのだと痛感させられます。



「人任せ」は、共同とは違います。共同は、一緒に責任を取ってやる事。人任せは、無責任と言う事。


私は、色んな事を頼まれて、色んな事を精一杯やって来たはずでしたが、その代わり肝心な事を人任せにして来てしまいました。

本当に一緒に生きる。共同と言う行為は、人任せではない。人の存在と自分の存在の尊さにおいて厳しく向き合い、ある時には本気で立ちはだかる事を含むのだと思います。

人が心底本気で怒ると言う事は、命を守ると言う事においてです。それ以外の「怒り」はとても軽い様に思えて来ました。

ところで、れっきとした母親は、そんな理屈さえ語らずに動く訳でございます。

後半戦もなるべくしっかりと学びながら、頑張ります。

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