辻川慎一つくば便り

夏ツバキ(シャラソウジュ)

季節が変わるのが早いですね。
待ちわびた春から、次々と咲く花が変わって行くのも凄いと思います。
花は、咲く時期を変えてすみ分けてお互いに対立しない様にしているのだと思いますし、植物に着く虫たちもすみ分けている事に改めて驚きます。

今日は、休憩時間に身体解しの散歩で、そろそろ終わりかけている紫陽花と夏ツバキを見て来ました。


夏ツバキは、ツバキ科ではあるそうですが、幹がツルツルしていて落葉するとサルスベリの様です。


調べますと「シャラソウジュ」とも言われるそうです。

「娑羅双樹」は、ブッダが亡くなった時に周りに生えていた神聖な木との事ですが、本物はインドにしかないので、日本では夏ツバキをその様に見立てて来たとの事でした。

古文の時間ではありませんが「平家物語」の冒頭の
 祗園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色
 盛者必滅の
 理(ことわり)をあらはす
 おごれる人も久しからず
 ただ春の夜の夢のごとし

と言うフレーズを思いだしてしまいます。

コピペですが
現代語訳だと
祇園精舎の鐘の音は、「諸行無常」、つまりこの世のすべては絶えず変化していくものだという響きが含まれている。沙羅双樹の花の色は、どんなに勢い盛んな者も必ず衰えるという道理を示している。世に栄えて得意になっている者がいても、その栄華は長く続くものではなく、まるで覚めやすい春の夜の夢のようだ。勢いが盛んな者も結局は滅亡してしまうような、風の前の塵と同じである。

「祇園精舎」と言うのも京都ではなく、古代インドにあった仏教寺院との事です。

平家の繁栄と滅亡の物語を描きながら、人と人の世の絶えざる変化の中で繰り返される事を描いている様に思います。

それでも栄華を求めて争い合うのかな~とついつい、虚しい気持ちになったりする訳ですが、無常であるからこそ美しいものを美しいと感じられるのかなと思ったりもします。



中学時代の同級生たち、あと3年で70才になる訳ですが、心は10代のまんまと言う感じがしました。


それぞれに物語があるのだと思いますが、それを自慢する訳でもなくお互いに頑張って生きて来た喜びを共有して、再会できた喜びで心を躍らせている。

栄枯盛衰にこだわる人は、来れないのかな~?なんて思ったりもしました。

どの様な人生であろうと、私たちは奇跡の様に出会い生きている。その喜びが先にある。

一番大切なのは、その事であると改めて思いながら、もう一度家族の顔を見ている私がおります。

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