辻川慎一つくば便り

効率的ではない信頼の関係

祝日の振り替え休日の月曜日でございますが、仕事をやって来ました。

生産年齢は、65才未満だと勝手に決められておりますが、66才の労働者の長い1週間の始まりでございます。


今日の妻ランチは、ニンニクがガッツリ効いたカレーでございました。


土曜日の夜は、JR時代からの仲間たちと改めて様々な話が出来て、感慨深いものがありました。

民営化と効率化で現在の社会を規定したと言って過言ではない、国鉄分割民営化の激動の時代を共に生き、共に闘い抜いて来た仲間たちでございます。

労働者、国民への行き過ぎた保護政策が社会を停滞させる原因だと、規制緩和と公共部門の民間企業参入を全面的に進めて来ました。

そのもたらした結果は、貧富の差が激しくなり、「採算の合わない」地方、人、ものからの全面撤退による社会の極度の疲弊なんですね。

別に少子高齢化だけが原因ではないのだと思います。子育てや高齢者と言うのは、そもそも「採算」に合わないのです。

採算に合わないものを切り捨てると言う考え方自体に無理がある訳です。

ならば、人間である事自体をやめなければならなくなってしまうのですね。

あ〜、政治家なんてのは余計な金ばかり、かかる訳ですから、本当は不採算の極みなのでございます。

なので今度は「AI自民党」なんでしょうか?

はたまた、批判票の受け皿としてしか自分たちを考えられず、批判ばかりでみんなでどういう社会を築くかと言う事が欠如した人たち。

共通しているのは、人としての心を失っていると言う事の様に思えます。


国鉄分割民営化との闘いも、最初に始めた時に中心になっていた人たちが次々と落ちて行きました。


声高に、人の人生を変える様な影響を与えながら、しかし人に対する責任から逃げてしまった。

重ねて言いますが、党派や組織への責任ではなく人に対する責任と言う事です。

最後に残った仲間たちに共通するのは、仲間たちへのお互いの気遣いであり、心からの共鳴でございました。

国鉄分割民営化反対!と主張したとか言う事でなく、効率化に反対すると言う事は人を軸に置く事を貫くと言う事を抜きにアンチにはならないのです。

そう言う事だったのだなと改めて思う私がおります。

だから、彼らは私を信頼し続けてくれた。
中心で頑張り抜いて来た、私を人として案じ続けてくれた。

間違いもたくさんあるのですが、仲間たちの中心である事から逃げなかった。

久しぶりに会って、むしろ現役の時以上にみなさんの心遣いを感じる事が出来ました。

去って行った人たちについて「人の気持ちが分からない人たちだから、それが分かればそれまでだよ。ここに最高の仲間たちがいる。」

裁判に勝ち切ったと言うのは、仲間としての揺るぎない心のつながりにおいて完全勝利なんですね。

国家政策に抗いながら、その様に現場労働者が勝ち抜いた労働組合は、稀有である様に思います。

労働者一人一人が主人公でない労働組合や政党。国民一人一人だと蔑ろにされる国のあり方。

そのおかしさとあるべき姿を、私と妻はこの仲間たちに見ております。

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