辻川慎一つくば便り

人と出会う旅が続きます。

今日は土曜出勤日です。
日給月給の身には有り難いのでありますが、朝の乗務を終えてバス清掃をしましたら腰や背中が痛み出しました。水曜日の日勤作業での「無理」がたたったのだと思います。気温も下がり寒くなりましたので「スーパー銭湯」に行き、お昼を食べてお布団に入りましたらいつもは起きれるのに起きれませんでした。夕方出勤に寝坊なんて、シャレになりませんね。アルコール検査の前にパンを食べたら「赤」が出た前歴を思い出します。

ともあれ慌てて家を出て、無事ブログを上げております。


(土浦にあるとんかつ屋さん「いいとも」に行って見ました。感じがとても良い高齢の御夫婦がやっている住宅街にあるお店でした。お店の中もとても綺麗にされておりました。小鉢が付いてボリュームもあり美味しく頂きました。)


昨日は、自衛隊を定年退職されたばかりの元下士官の人が私の「見習い」につきました。

立派な経歴があろうと今はバス運転士の初心者だと言うのは、私の5年前と同じでございます。私の方は、労働組合の上部団体の代表として今の会社に30年前から関わってきた「レジェンド」でもありましたので大変さのレベルが違っていたとは思います。

相手にどんな経歴があろうとダメな事はダメと言える様になるまでに、5年掛かったのですね。色んな苦労を背負いながらバス運転士として生きて来た先輩同僚の気持ちが分かる様になっても来ました。なので乗務研修の冒頭にダメだと思った事について厳しく言わせて頂きました。

でもその人は「すみませんでした。」とちゃんと受け止めてくれました。

仕事にも積極的で、目が輝いている。「発車前に、クラッチの感覚を確認したいので車庫内を走らせてもらって良いですか?」と自分で感覚を確かめてから発車。運転も落ち着いて、安全確認もしっかりしておりました。

「バス運転士は安全運転は前提で、快適に気持ち良く乗って頂く接客業でもあります。」と話しましたら、私と一緒に一人一人にあいさつをしてくれました。

そして、運転席を離れたら同じ同僚として対等な仲間になります。もちろん私は、どんなに年下だろうと相手を尊重して向き合います。なので、ほとんど相手の話の聞き役になってしまいます。


(彼が幼少の頃から育ったと言う秩父の三峯神社。「神が宿っていると言う実感がします。」と言います。)

お話し好きでもある彼は、両親が早くに別れ母子家庭だったと言います。雨が降ると話し声が聞こえなくなるトタン屋根の古い借家で育ち、小学校一年生の頃、その屋根から落ちて頭を打ち大変な手術をしたとの事でした。

そのために1年以上学校に行けず、みんなに付いて行けなくなったので高学年では「別」の教室に通っていたと言います。

「障害」が残り感情のコントロールもできなくなり、算数は足し算引き算くらいしか出来ず、今でも漢字が書けないのです。と話てくれました。

思春期には、大暴れする乱暴者になり母親を困らせた。

それが、母親はもちろん、学校の先生や再婚相手の義父にも恵まれて自衛隊に入り頑張って来た。自衛隊でも人に恵まれ、妻に恵まれ、新しく挑戦するこのバス会社でも人に恵まれている。と目を輝かせてお話しをしてくれました。

お話しを聞きながら、一体どれほど大変だったろうかと思います。

それを乗り越えて来たから、人に感謝できる人になったのだと思いました。

一緒に字を書く場面があり、失礼ながら見させて頂きましたが、彼の話が嘘ではないと思いました。

計算が苦手で、字も苦手。大変なコンプレックスを克服しながら部下を指揮する下士官になったのですね。

退職時には120人が来てくれる大宴会で送られました。と言うのもうなずけました。


(かつて三峯神社の麓にあったロープーウェイ乗り場。その近くのお土産屋さんで働きながら、お母さんが育ててくれたので、みんなに可愛がってもらった幼少期だった様です。)


また一人、忘れ得ぬ人との出会いがありました。

バス運転士は、乗客との出会いだけでなく同僚とも出会います。

そして、その同僚たちとも何度も出会い直すのです。

そうして、私の記憶の世界が広がって行くのです。会社や色んな景色と共に、人が織りなす景色の記憶があるのですね。

故郷の風景が無くなっても、一緒に生きた時代が私たちの記憶の故郷になる。ボブ・ディランがそう時代を歌って来た通りなのだと思います。

https://youtu.be/sEAgwzKszEg?si=8dSpY7Iccu5c_kea

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