辻川慎一つくば便り

コキアまたは箒の木

週末金曜日、朝から留学生の居室の二段ベッドを作成し、昼休みの時間帯に東京都江戸川区へ外国人実習生を送り、戻ってまた居室準備。
ほとんど一人でやりますので、時給の「請け負い職人」みたいに思えて来ます。

退勤時間が来て、カードで退勤します。

帰路についてようやくホッとします。

ふと見るとコキアが早くも色づいていました。


コキアって名前だから外国から来たのか?と思ってましたら「箒の木」と言う名で、箒(ほうき)の原料として使われて来たとの事。


な~んだと思う訳ですが、その実は食料になり秋田県では「とんぶり」とも呼ばれているとありました。

母が秋田県大館の出身なので「とんぶり」なら知っていて、食べた事はあります。

全く結びついていませんでした。
こう言う再発見てあるのですね。

ある日、お店で「とんぶり」を見つけて母が好きかと思い買って行きましたら「とんぶりは好きではない。」と言われて、母の好きなものさえ知らない息子なんだと思い知らされた事も思いだします。


こちらは、実家の庭にもありましたので好きだったのかも知れません。(たぶん)


「スグリ」と言います。酸っぱいので私は苦手でしたが。

そんな事を考えながら、晩酌用の氷を買いにスーパーに寄りました。

狭い通路ですれ違えない場所がありますが、お年寄りがいると笑顔で譲ります。

無理に通ろうとしたり、譲らせるより譲った方が早い。さらに喜んで貰えれば、気持ちが良いので得をするのは車の運転と同じですね。

レジに行くとお年寄りには、時間がかかる人が多い。80超えの我が母はモタモタしたりしないのですが、それでも体の動きはスムーズには行きません。

なので時間がかかるお年寄りの姿を見ながら、母を思う訳でございます。

待たされるだけだとイラつく訳ですが、何か手助け出来ないか?って思うと別の展開になります。

自分だって、気を使われたり、大事にされたら心に沁みるのに、人にはそうしない。

私は、妻や息子に大事にされる事で、心の痛みを感じる様になりました。言葉や態度で人は十分傷つくし、逆に人としての喜びも感じる訳です。

痛みを知らない人は、人の痛みに思いが行かないのだと思います。

気がつくと18日は敬老の日なんですね。昔は15日だったのですが。

自分も敬老される立場になった様ですが、敬老される事よりもする事の大事さを改めて思った次第でございます。

良い事がないなら、小さな事でも自分から。

人間修行の旅が続いております。

みなさま良い土曜日を、お過ごし下さい。

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