辻川慎一つくば便り

とんがってたねー。

3月22日に泊めて欲しいと伝えたはず
でしたが「今日来るんだろう?お刺身買って来たよ。」と突然母から電話がありました。え~っと驚いたのですが、急きょ実家に行く事になりました。


父と母の苦労や歴史、そして私が育った家でもあります。


本が好きで、勉強も嫌いでは無かった学生時代に夢中に過ごした私の部屋。

そこにも両親の人生と私への思いがつまっております。

置きっぱなしだった本もCDもたくさん処分したのですが、まだ残っている本をめくっていましたら1枚の写真がはさまっておりました。


30才頃だと思います。国鉄分割民営化に反対して仲間たちと一緒に新しい労働組合を立ち上げ、原発や戦争政策にも反対する行動にも参加しておりました。


静かなのが好きで、自然に触れながら歩くのが好きな私なんですが、とんがってたんだな〜って思います。


こんな冊子もありました。


私だけでなく、みんなしてとんがっていたんですね。


とんがるだけでなく、遊んでもおりました。


青春!って感じが致します。

かなり異色な青春かも知れませんが、それも一つの歴史であり、時代を生きた証なんですね。

歴史は、文章化すると一区切りして終わる。それを見て来た人生でもありました。

来年11月になると動労水戸と言うJRの労働組合は、結成から40年になります。30年までは、私が総括文章を出しましたが、それ以降は後輩たちが踏ん張って来た歴史なので後輩たちが描く総括になります。

ちゃんと締めが出来ないと、いつまでも終われない。せっかくの歴史の後味が悪くなってしまう。何事でも同じかと思います。

光陰矢の如しですね。私が29才の時に結成されましたので、来年は私は69才と言う事になります。みんなで良く頑張って来たなとも思いながら、私自身ももう一区切りの締めなかも知れないと思っております。


CDが出る前は、レコードやFMからカセットテープに録音して車で聞いておりました。カセットテープもずいぶん処分しましたが、残っておりました。


音質は良くないのですが、これも若い頃の私の世界の一つでした。懐かしい思い出があるものです。他の人にはつまらないもの、役に立たないものでも人それぞれに大切な思い出があるものがありますね。

あまり多すぎると自分でも何だか分からなくなったり、他の人の迷惑になってしまいますが。

来月90才になる父と今月85才になる両親の生き甲斐は私がいる事。そして、私が訪ねる時を楽しみにしてくれています。

ずいぶんとぶつかり、仲たがいしながらの夫婦の歴史でもあったのですが、息子を大切に思う気持ちや愛は深く共通していたのですね。私は、それを感じながら育った。

とんがりながらも、色んな人に可愛がられ、慕われて来たのはこの両親の思いを受けて来たからなのだと今さらながらに思います。

二人にとっては、鎹(かすがい)として私はあり続けている訳です。

ずいぶんと心配ばかりかけて来て、今も心配させております。

親不孝したい時には親は無しにならない様に、何ができるのかを考えなければなりません。実行できるのは今しかありませんので。

優先順位を今度こそ間違わない様にしなければならないと思います。

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