もう若くもない私にとっては、有難い週真ん中の休日です。しかも、息子の命日でございますので、今日は一歩も外に出ず、息子に向き合いながら自分の人生を見つめて静かな1日を過ごしております。
先日土曜日にお墓参りに行く予定でしたが、降雪予報で「延期しよう」と言う母の申し出があり今週の土曜日に致しました。
バレンタインデーなんですね。息子のお葬式に来てくれた年配の女性が「チョコレートを用意してたのに」と言ってくれたのを思い出します。チョコレートは、お棺の中に入れさせて頂きました。
自分で、自分を追い詰めてしまった面はあると思いますが、それから私は人にダメ出しして自分の優位性を保つ様な人のあり方に嫌悪感を持つ様になりました。もちろんそれは、自分自身はどうだったのかと言う反省と一体の事として。

(小学校の校庭にノースポール「寒白菊」が咲いて来ました。)
損得勘定から自分を解放し、命とその存在に対する礼を失せず、魂のレベルから人を見る。その様に生き抜く事が、息子の命を失った父である私のあり方なのだと思います。
人を監視して意に沿わない者を、権力を後ろ盾にして陥れる。それが暗黒の社会であった事は、資本主義であろうが社会主義であろうが同じだった。そう言う歴史的教訓があります。
圧勝した自民党の高市さんが「憲法改正」と「スパイ防止法」の制定のまたとないチャンスだと考えている様です。
国家のために人権が抑圧されても仕方が無いとするならば、権力を盾にして自分に気に入らない人を陥れる事があちこちに生まれる可能性があります。
「スパイ防止法」と言うのは、外国のスパイを摘発して国家の安全を守るみたいですが、スパイを作らないと「成果」にならなくなります。「あいつはスパイだ。」と密告されるとスパイの嫌疑を受けて人権など構わなくなる。
国家の舵取りと言うのは単純でな無いし、一歩間違えるとそれが一人歩きする。
戦争の時代の反省と言うのは、外国との関係だけでなく、先ずもって内政の責任問題としてあった。それを知らない事にしてはならない様に思います。
たった6年前に、こんな事件がありました。
大川原化工機事件(おおかわらかこうきじけん)は、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機を経済産業省の許可を得ずに輸出したとして、2020年3月11日に警視庁公安部外事第一課が神奈川県横浜市都筑区の大川原化工機株式会社の代表取締役ら3人を逮捕したが、杜撰な捜査と証拠による冤罪が明らかになった事件。
代表取締役らは一貫して無罪を主張した。しかし保釈は認められず、その間に相談役は進行胃がんと診断され入院した。2021年2月5日、代表取締役と常務取締役は11か月ぶりに釈放されたが、7日に相談役は病死した(死因は胃がん)。数十回にわたり取り調べを受けた女性社員はうつ病を発症した。亡くなった相談役は、入院治療の必要があると弁護士が訴えたにもかかわらず、病気発覚以前からのものを含めれば保釈要請は計7回も認められなかったという。その一方で、捜査を主導した警部および警部補は事件後に昇任した。
弱い人を見つけて陥れる。それを踏み台にして昇進する。スパイ防止法が制定されたら一層暴走しないと言えるでしょうか?
戦争を経験してないから知らない。関係無いと言いたいのも分かる様な気もしますが「密告社会」が戦争推進の土台だった。周りの目があるから嫌だと言えなくなった。
私の職場では、チクる奴は嫌われます。さてどうしてなんでしょうか?自分のいい加減さを差し追いて人を陥れる人が嫌われるのは、戦争の時代の密告社会で散々嫌な思いをした事が生きている様に私は思います。
息子を亡くした時に出会い、涙しながら聞いた李政美さんの歌を思い出して聞いておりました。
大切な人を亡くし、命の尊さを思う事に国境などありませんね。
目先の損得勘定に囚われていると見えないのだとしみじみ思います。
https://youtu.be/nKr4Lu8UykU?si=XL0pWomsGS51xonr