辻川慎一つくば便り

自分である事の力

昨日は、朝の乗務後の清掃を終えて念の為にクーラント(エンジンの冷却水)のサブタンクを点検したのてすが、エンジンルームの下の地面が濡れておりました。触れて見ましたら冷却水ではなく油でした。

ヤバい!とエンジンオイルのゲージを確認しましたが、問題無し。

悩みながら、漏れている場所を探しました。

エンジンのオイルパンから漏れている様子はありませんが、DPF(排ガス浄化装置)の排出口があり、そこにカーボンが油で固まってべっとりと垂れているのが見えました。

地面が濡れているのはその下辺り。「うーん、排ガス浄化装置と油は関係ないだろうなー。」と悩みました。

夜乗務になるとDPF装置の自動再生ランプがひっきりなしに作動するので「おかしい」と気になって仕方がありませんでした。

どうすべきか?と考えていましたら、停車場をちょっと行き過ぎてしまいました。「ダメだ。とにかく運転に集中だ。」と自分に言い聞かせながら何とか終えて、帰庫してから「修理依頼書」を書いておりました。

丁度取締役の上司がいて「どうしました辻川さん。」と聞いてくれましたので、状況を説明しました。「低速でずっと走っている状況だとDPFは詰まりやすくなります。それだと燃料が燃え切れずに回っているかも知れません。直ぐに走れない事にはなりませんが、修理にかけましょう。」ととても明快な説明を頂き、対処もしてくれる事になりました。

私の方は、電車の検査・修繕の経験は多少あるのですが、バスの方は初めての事ばかりなのでかなり戸惑い悩んだので、しっかり聞いてもらい、明快な説明を返してもらったので気持ちが晴れた次第です。


(2003年からの排気ガス規制で義務化された浄化装置がDPF。窒素酸化物を無害化してカーボン排出をほぼゼロにする優れものなんですが、白金などの細長い網の触媒を通すのでカスが付着する。それを燃料の軽油を使って焼いて通りを良くするシステムなんですね。軽油が燃え切らないとそのまま出て来てしまう訳です。なるほど〜って感じでした。)

ついでに、ドイツの特許らしいですが、アドブルーって言う「尿素」を使うタイプのバスもあります。こちらは燃料を使わないので燃費が良いので新しいバスに採用されている様です。


ちょっと専門的な話しになってしまいましたが、バス運転士は運転していればOKと言う訳でなく、色んな事があります。

一つ一つ戸惑い悩みながら、日々学んでおります。

「セラビィ」フランス語でよく使われる言葉らしいですが「これが人生さ」って感じです。


(このバスの時代のディーゼル車は、真っ黒な排ガスをまき散らしながらでしたね。)

さて、バスの話しから人間のお話しです。

人間が自分自身である事を維持するために、私たちが気づかない間にもひっきりなしに活躍しているのが免疫機能。

体内に自分でない異物が入って来ると、それを無害にして排出する事を休む事なくやっている訳です。

発病して熱が出るのも免疫力を高めるための大事な機能なので、体内の燃料を使っているのはちょっとDPFに似ています。

様々異物から懸命に身を守り、免疫力で自分である事を維持している。

得体が知れず自分と合わないと感じる人に攻撃手になるのも、実は自分であろうとする事の現れなのかも知れません。

他者に攻撃的な人っていますよね。実はそれも、自分自身である事を守ろうとする防御なのかも知れないなと思ったりします。

ところが、人間の免疫力の本当の凄さは、異物を取り込んで、育ててしまうって事の中にある様に思います。

一番分かりやすいのは、女性の身体の中で自分とは違う細胞を受け入れて、子どもが育ち生まれる事です。

排撃ではなく、受容によって人は誕生している。そして、育つ。

なので、真の免疫力と言うのは受け入れる力にあるのではないか?って思います。

人間が自分自身である事の、究極と言うか安定、つまり幸せや楽を感じられるのは受け入れる力をつけて行く事にある。


(5年ほど前「JR水戸線ワンマン化反対」のキャラバンで筑西市の車庫を訪ねてくれた動労水戸の木村委員長と国分書記長です。撮影してくれたのは、今もお世話になっている同僚のN先輩でした。)

私の労働運動の恩師であった中野洋さんは「辻川。人は欠点ばかりだが、誰しも一つくらい良いところがある。だから良いところを見つけて伸ばすんだ。」と言っておりました。

自分にも、他の人にも、悪い事を上げればきりが無い。他の人の良いところ探しは、自分自身の受け入れと一緒なのだと思います。

その言葉は、私と仲間たちを支える信念として今も生きております。3月には、その中野さんの命日が参ります。

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