辻川慎一つくば便り
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心から味わう
今日はお休みで彼岸の墓参りのために実家に来ております。
今朝はタオルケットで寝ておりましたら、遅い就寝時間でしたのに寒くて2時頃目覚めてしまいました。極端ですが「やっぱりお彼岸までなんだな〜」って思いました。いよいよ秋ですね。
「小さい秋」ならずとも小さな発見や喜びを味わいながら、生きている幸せが感じられたらと思います。
まだ痒みがあるものの、悩まされて来た腫れが見えなくなって来ました。辛くて、市販の抗ヒスタミン剤を1〜2回服用しましたが、止めました。身体のバランスが崩れると病が出てくる訳で、そもそも病と共にあるのが人間。バランスが戻るまで、食事や心の安定、休息を図りながら回復を待つしかないよな〜と、もう一度原点に戻って考えました。
痒みは不快ですが、それも生きている自分のサインなので向き合うしか無いのだと観念致しました。約2週間、いやダニのせいかとあれこれやりましたので3週間ほど掛かった訳ですね。
乗務をしながら、我が身体も良く頑張ってくれました。
(シドケ)
一昨日の小学校の添乗員さんの奥さまが秋田県出身だと言うので、私の母も秋田ですと言いましたら喜んで山菜の話しになりました。
秋田には山菜の女王があると言うのですが、名前をど忘れしたと言うので「シドケですか?」と私が好きな秋田の山菜の名前を言いましたが「違うな〜。そうだアイコだった!」と言うので「それは食べた事無いですね。母に聞いて見ます。」なんて話しを致しました。
(こちらがアイコとの事です。)
帰宅して母に電話しましたら「雷、突風は大丈夫だったか?」と開口一番。「無事だったよ。」と話してから、早速アイコの事を聞きましたら「知っているよ。私はシドケの方が好きだけどね。」とそんな話しでしたが、同郷の人の話しは嬉しいみたいでした。
同じ故郷がある人同士なんですね。故郷の風景や食べ物の共通の記憶がある人は幸せかも知れません。
今はどこに行っても大手チェーン店が並んでいて、同じ様な景色が増えておりますのし、子どもたちの共通した食べ物がマックだったするのは残念な感じがしてしまいます。
お母さんの料理がクックドゥーや永谷園の味だったりしたら、特別な記憶にはなりませんよね。
心から味わうと言う事も粗末にしてしまっている感じが致します。
そう言う私も、自分を反省しながら味わいながら食べる様にしております。
昨日は、バイオリンを趣味にしておられる元警察官の方とバッハとバイオリンのお話しをしました。
「G線上のアリア」を弾けるか聞きましたら、弾けるけれどG線だけでは無理で他の弦も使って弾くとの事でした。バイオリンが二つ無いと曲としては成立しないと口でメロディーを出しながら「この部分は、もう一つ無いと無理なんですよ。」と言うので「あーだからバイオリンだけでなくピアノが付いていたりするのですね。」なんて、そんな話しになりました。「楽譜が読めるのですね?」と聞きましたら「ド・レ・ミと読むのはしなくて楽譜を見ると指がそこに行くのです。」と言うのでなるほど〜って感じでした。「辻川さんも楽器をやれば」と言うので「下手ですがギターはやって来たのですよ」と話しましたら、それはそれで「ギターはフレットを押さえるのですか?」とか聞かれたりして楽しいひと時を過ごしました。バッハは良いと言う事は共鳴しあいました。
バス運転士の後輩で、同僚ですが二人で別の世界に行った格別の時間でもございました。
私の方も、バッハの聴き方が深まりギターの方も向き合い方が変わった感じが致しました。
『心ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず』
人も何事も、心から見て、聴いて、味わう事に幸せがある。
そんな事を発見させて頂きました。
https://youtu.be/P_4rbNHsPaQ?si=8m_hGe15WPRWJ4jW
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2025/09/20 16:05
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心を枯らさない時を刻みたい。
昨日は積乱雲が発生して、雷に突風が吹いて被害が出ました。
先月には、私のいとこの家の屋根が大破したばかりでしたのでその凄さを見て来たばかりでした。何が起こるか分からないのが自然のもう一つの姿であると思っております。
昨日の午後は、子どもたちの安全のためにと学校から会社に30分ほど早く下校すると連絡がありました。しかも2便ある日でしたが、一斉下校との事でした。
学校を出発する時には何でも無かったのが、途中から強烈な風が吹き出して土が舞い、木の枝が折れて飛んでくる。そして雨が降り出す。
見守りの添乗員さんはいるのですが、下車する子どもたちに私も思わず「気を付けてね。」と声をかけました。すると高学年の男の子が「気を付け様がないよ!」と言う。「そうか。でも気を付けて。」と言うしかありませんでした。
考えて見れば、気を付け様も無いくらいの天候ではありました。保護者の方たちの迎えが見えるとやはり安心致します。私の方も何とか無事に停留所に送る事しかできませんので。
部分的にはクレーンまで倒れたところがあったとの事で、そんな突風に合わなかっただけでも幸いだと思いました。
何事もなく、いつもより早く帰宅出来ましたのでポテトサラダを作ろうと思い付きました。材料はあるはずだから、久しぶりに食べたいなと思いました。危険を乗り切り、一安心するとお腹が減るのかも知れません。
実は、自分で作るのは初めてなんですが、レシピを見ずにイメージだけで作って見ました。
ちょっとジャガイモの在庫が足りなかったのですが…めっちゃ美味しくできたので自分でもびっくり。一人でうなりながら頂いた次第です。素材の良さと安くない「ヤマギシ」のマヨネーズの威力のお陰だと思いながら、感謝して頂きました。早い時間にスタートでしたが、焼酎の有機麦茶割り3杯きっかりを頂いて乗務のために早く休んだ次第でした。
読み直している本に、以前も触れましたがアウシュビッツ収容所で奇跡的に生き延びた人の話しがありました。
元凶な人が生き残った訳ではなく、小さな事にも感動して、ユーモアを共有し合える様な人たちが絶望せずに生き抜けたとありました。
つまり、心を働かせる事ができた人と言う事だな〜と思います。肉体だとか、理性以上に心を働かせるが人が、生きている幸せを感じて絶望しないと言う事なんですね。他の人の事を心から案じられる様な人ですね。
どうも、色んな経験をしてあまり感動もしなくなり、面白いと思える事も無くなってしまった私です。
心の時計が、止まってしまった感じもしておりました。
でも、自分で美味しいと思うものを作りながら、味わって感動できる私がいるのでございます。
そう、誕生祝いに頂いたお酒もケーキも下さった方に感謝しながら感動しながら頂いている訳です。
人は、死ぬ前に心から枯れてしまう様に思います。五感をしっかり使いながら、心を働かせる事が生きていると言う実感と幸福感を味わう。
それが大切なんだな〜なんて思います。即席、インスタント、ファストフード、目先の娯楽で時を満たしていると、幸福って何か分からなくなるのかも知れませんね。
心の時間が止まりかけていた私。誕生日に新しい時計を買いました。「チプカシ」って言うんですね。安いカシオの腕時計です。若向きのGショックもあるのですが、私には文字盤が見えにくいのでございます。クォーツのチプカシは文字盤が大きくて、時計を合わせるのもシンプルで簡単。デザインも気に入っております。
と言う訳で、何があっても心を働かせながら新しい時を刻んで行けたらなと思います。
既に、心の新しい時を刻み初めている実感を持ちながら。
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2025/09/19 13:34
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自分が嫌になる時もありますが、
今日も小学校の田園ルートです。乗客を乗せて走る大型バスの研修は、週1回ペースですので単独運転になるのはいつの事やらですが、今さら無理に焦る年でも無し流れに任せるのみでございます。
かと言ってマイクロバスや中型バスも、舐めて掛かれば大変な事になるのは同じです。
ベテランの人であれ、ミスる事はあるのですから。年だけベテランの私に至っては、一層丁寧でなければなりませんね。
ちょっと自信が持てると、俺は大丈夫みたいな心のスキが忍び込む。そうすると結果は正直に出る。そう言う現実を思い知る仕事でもあります。
誰かと比較して、俺の方が出来るとかそんな心の濁りや増長をふと感じると自分が嫌になります。
誰かを批判したり、自分を上に置いていた時って「俺は嫌な奴だったろうな」と思います。土台人の事をあれこれ思ったり、言ったりして来た自分はどうなの?と思います。
私は、誰の批判をする事も、悪く言ったりする事も出来ないじゃないか?今も変わって無いだろう?そんな奴だから息子が死んだんじゃないのか?
一人、そんな事を思うと自分が嫌になって来ます。自分が生きていても…。なんて事を考えてしまいます。
そんな時に、私が真っ直ぐに血気盛んだった頃から、どんなに困難な局面でも私を支持し、支え、守ってくれた先輩がいた事を思い出しました。
自分の友人たちを次々と亡くし、落胆し、長く体調を崩されております。「元気になったら連絡する。」と言うので、ずっと待っておりましたが、連絡が来ないので迷いながらも電話して見ました。
思ったよりも元気な声で電話に出てくれました。「まだ治らないんだよ。」と言いながら「(やはり私の先輩である)友人が夫婦で見舞いに来てくれたんだ。辻さんの話しをしたばかりだったよ。」「元気な時は車で出掛けるんだけど、辻さんがバスを運転する姿も見たよ。」と嬉しそうに話してくれました。「涼しくなったら訪ねておいで。」と言ってくれました。
そう言う有り難い先輩がいて、今の私はある。そして、こんな私でも、存在を支えにしてくれている人がいるんだ。
そう思うと泣きそうになってしまいました。
私は、どうもここでも心得違いをしている。自分の事しか考えていないって、こう言う事かと思いました。
そして、その掛け替えの無い先輩が身を以て私に教えてくれているのが、人を信じ、信頼し、守り、支えると言う事の在り方そのものの様に思いました。
出会ってから生涯変わる事の無い信頼を投げかけ続けてくれているのです。私もまた、何があろうともそうであらねばならないと思い直した次第です。
「お前は誰にも出来なかった事をやったんだ。功績は消えないんだ。」と言ってくれた人でもありました。
人との比較なんて事の中に心を置いてはなりませんね。それは彼だけでは無く、信頼してくれている人への裏切りでしか無くなります。
私の揺れる心を支え、守り続けてくれている人の揺るがない存在があるのですから。私自身がそう言う存在として、継承する事がある。
自分の心を立て直した夜でございました。
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2025/09/18 12:09
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秋になったら。
今日は、田園地帯を走る小学校の送迎バスです。
対向車とすれ違えない狭い道路なのですが、珍しく対向車が多く、すれ違える場所で待ったり、待って頂いたり、バックしたりしてちょっと時間が掛かりました。なので、残念ながら田園を横目に子どもたちの声を聞きながらゆったりした気持ちで走ると言う感じにはなりませんでした。とにかく安全第一でございますので。
「明日からようやく涼しくなりそうだね。」と顔見知りに添乗員さんが話してくれました。「暑さは年寄りにはこたえるよ。」と言いながら、炎天下で2時間もテニスをすると言うのですから、「私より元気ですよ。」なんてお話しもしました。それで毎晩日本酒を5合飲むのが日課だと言うのですから驚きます。
人生も色々高齢者も色々です。東京から来られた方なので、東京のあちこちの様子や歴史の話しもしてくれます。
どうも、職場でもどこでも自然に聞き役になってしまう様です。
妻と別れる時には心の整理が付かず、何人かの友人には愚痴を聞いてもらいましたが、元々本当は聞き役だった様に思います。
激しい事をやって来たみたいですが、一人静かな時間が好きなのと裏返しだったのかも知れません。
工事送迎と違ってあまり時間は無いのですが、公園ランチは暑いので一時帰宅しました。
手抜きして、マルちゃんの焼きそばに致しました。
ピーマンの苗を1本植えて、今年は大豊作。30個は収穫したと思います。赤ピーマンまで成りましたので、カラフルな焼きそばになりました。
庭の花を眺めながら頂くのですが、秋、そして冬になったら何を眺めたら良いのかなーなんて思います。寂しく感じるかな?なんて。
暑すぎて出掛ける気にもなりませんでしたが、だから秋は出掛けて歩くシーズンなのかなとも思います。
その秋もあっという間に過ぎて行きますね。
「燃える秋」なんて言う言葉もありました。
一人の時間が好きなのに、人の中にいないと寂いと言うのは我がママなんでしょうか?
昭和の時代は、人と人との距離感が無かった様に思います。その分何だか人の関係が熱かった様にも思います。お互いに分かり合っている。俺たちは一つだ。みたいな思い込みが強烈でしたね。
ところが、みんな違うのですから全て分かり合っているなんて事は幻想なんですね。
同じノリでいる人は、今なら変人扱い。下手をすれば、パワハラ、セクハラにすらなりかねません。
仲が良さそうに親しく話している人たちがいても、私はその中には無理に入ろうとしなくなりました。
個別には、話しかけたり、かけられたりして笑い合いますが、良い距離感をちゃんと保たなければと思うから。
孤独をちゃんと味合わなければ、人の有り難さと言うのも味わえないんじゃないか。
そんな風に思い始めているからです。
その意味では、まだまだの様に思います。
色んな古い共同性が激しく壊れている時代に、ちゃんと孤独を感じ味わう事が大切な様に思います。幻想が幻想として壊れているのですから。
そこから取り戻して行く言葉や行為、音楽が見えて来るのかも知れませんね。まだ、分かりませんが。
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2025/09/17 11:41
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いつ終わるや知れず。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われる様に、秋が近付いている感じがします。
過ぎて見ると、その時は大変だったり、楽しかったりしますが、みんなあっという間です。
どうも半端な高齢者で、二度の離婚で息子たちとも孫とも絶縁状態。祝って欲しい訳ではありませんが、まあ良く頑張って来たなと自分で御赤飯作りに初挑戦して見ました。
おかずは、霞ヶ浦のレンコンと鶏肉の煮物にして見ました。
御赤飯は、圧力鍋で大角豆(ささげ)を先に炊いてからもち米を入れてさらに炊きました。
そうしましたら、自分でも感動するくらい美味しく出来ました。写真ではわかりづらいですが、ピッカピカした御赤飯でございます。
レンコンと鶏肉は、鍋でコトコト煮ながら、レンコンの硬さを見て火を止める。こちらも美味しくできました。やっぱり昆布の水出汁の威力は素晴らしいと思います。一手間なんですね。
里芋もでしたが、レンコンも皮を剥くのが一番手間が掛かります。
出汁を取った昆布ももったいないので、レンコンの煮物に加えた鰹節を掬ったのを加えて佃煮にして見ました。
いやあ。こちらも美味い!
何だか恐ろしいくらいの上出来でした。
どうも御赤飯の美味しさの秘密はもち米と大角豆にあった様です。
北海道の「白鳥もち米」。
寒いところで作られているので、粘りが強く、冷めても柔らかいと言うのが特徴なんですね。なので炊飯器でも炊けるそうです。
もち米のチョイスと大角豆を使った事に秘密があったみたいです。
誕生日に友人から頂いた「稲里大吟醸」が、やっぱりめちゃ合うんですね。
とても贅沢なお一人様敬老の日になった次第です。
両親もおりますので、母を迎えるための準備も少しづつ進めております。母への敬老でもありますね。
先の長いバリアフリー工事ですが、段差を極力無くしスロープ化した外通路にソーラーライトを並べて明るく致しました。
お金があれば外注化するのですが、極力自力で心で勝負するしかありません。
姿も行動も、全て心の現れだと思っております。全て無駄になる事もありますが、その時はその時。いつも問われているのは自分の心なのだと思います。
心から言葉を発し、態度に表し、動けているのか?人がどうのでなく、自分の問題なのだとバスの運転修行をしながら思います。
自分が心からでなくて、人の心の声なんて聞こえるはずがありませんね。
いつ何時、何があるか分かりません。
あっという間に、私の人生も終わるかも知れません。
いつ突然終わるかも知れない。だったら今何をしておきたいのか?
そんな風に問題は立てた方が良い様に思います。
突然終わった人たちを見て来たのですから。
と言う訳で、今日もやって見たかった大型バスの運転に、68才なれど真剣に再チャレンジしております。
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2025/09/16 12:29
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