辻川慎一つくば便り

同業他社であろうとも

みなさま。

今週は、3日仕事して休み。年もあるのでしょうが、体は動かさないのに集中したあとは重りを背おった様に疲れます。

先輩方は慣れているかと思いきや、私より少し先に仕事をあがるベテランの方が「疲れたな。」とポツンと一言。

人を乗せた巨体を操縦するのに、細心の注意をしているのは同じなんだと、その一言に感じました。

私が車庫入れに失敗した時にも、非難めいた顔は全くせず、何も見なかったかの様に振る舞ってくれた方です。

「他人事ではない。」と言う自然な連帯を感じます。


(庭に植えた「スダチ」の花が咲きました。とても可愛いです。)


最初の頃は全く余裕の無かった私も、前のコースに慣れるにつれて、すれ違うバスの運転士さんたちと手を上げてあいさつできる様になりました。

同業他社の運転士さんたちもあいさつを交わしてくれるのが不思議で、何だか嬉しかった。

幼稚園の送迎マイクロバスの運転士さんまで手を上げてくれます。

ただ手を上げているかと思いきや、最初は上げてくれない方もいて、相手はちゃんと私を見てあいさつをしてくれているのだと分かります。

私の方は、顔まで認識する余裕はありませんし、ましてみなさんマスクをしております。それでも、一瞬のすれ違いに相手を見ているのです。

どうして分かるかと言うと、職場の先輩たちが「あー、あれは誰々だ。」みたいな話をするからです。

つながり方が凄いと感じます。田舎だからでしょうか?


(再び「ミズキ」の花。葉のぶら下がり方が面白い。虫や鳥に花を差し出している感じがします。)


私が国鉄に入り、駅の改札をしていた頃。専用のハサミでパッチン、パッチンキップに切れ込みを入れていました。

先輩が、ハサミをリズミカルに鳴らしながら切るのに見とれたりしていました。

その頃は、茨城交通や関東鉄道など同じ総評に加入している労働組合の労働者は、改札をフリーパスさせておりました。

それぞれの会社のパスで、国鉄に乗せた。私たちもまた、国鉄のパスでバスにも、それこそ筑波山のケーブルカーにも乗れたのです。

最初は驚きましたが、戦後生活が苦しい頃から「お互い様」で助け合う習慣が残っていたのだと思います。

総評と言う労働団体の組合の会社はOKでしたが、違う同盟系では通用しませんでした。

「他人事ではない。」
「お互い様。」

働く人はもちろん、人が生きるための基本的な姿勢なのかなと思います。

労働者の連帯は、利潤と反するのでしょうか?フリーパスの時代でも国鉄単体ならば黒字だったのです。

その時代には、次代を担う青年たちを育てることが、労使共通の課題でした。

監視管理社会で、次代を担う青年たちを萎縮させ使い潰して一体未来が描けると考えているのでしょうか?

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