余計な事は考えるな。
まだ11月なのに、今朝のつくば市は氷点下になった。バスの窓の曇りを拭いたら氷っていた。運転日報の準備をしたら、指が冷えて字を書くのが辛い。例年は年明けに経験する事だ。
観光バスを運転する同僚たちからは「那須で雪が降った。」「山形が大雪で参った。」とかの便りが直接入る。運転士に取って雨も大変だが、当然ながら雪はもっと怖い。
死ぬ思いをして来たと、ベテラン運転士が語るのを何度も聞いて来た。乗客の方は、それが分からずに無理を言うとも。
いくつもの修羅場を潜って来た同い年の同僚から「辻川さん。余計な事は考えるな。」と運転指導を受けた時に聞いた。彼の経験から出る、奥深い言葉だと思っている。

(冷えに対して、身体の中から温まる食事を。今日のランチは、バターガーリック炒飯。唐辛子入りにして見た。創作料理である。そして、スペアミントティー。)
例えば、信号のある交差点。横断歩道の信号も見ながら、行けるかどうか予測する訳だが交差点によってタイミングが違う。
車両が小さいほどちょこまか行けるのだが、大型バスはそうは行かない。と言うか行ってはならない。加速して交差点を抜けても、先の状況を見ないと右折の対向車の位置によっては衝突する大きさだからだ。
右左折はもちろん、直進も良く状況を見て緩やかに渡らなければならない。危ないと思えば、とにかく譲る。そして待つ。横綱相撲ってやつだろうか。ちょこまかしてはならないのだ。
予測して、少しでも早く行けるのが勝ちで、快感を感じる。何ていう運転をしてはならないのである。
人と言うのは、自分の死を予測できないためか予測が当たる事に快感を感じる様だ。ところで、予測通り何ていう人生は無い。
それを悲観して引きずったり、思い通りに行かない事にイラついて無謀に突っ込んだり。
そう言う事を含めて「余計な事を考えずに、心の余裕を持って今の状況に集中して切り抜けよ!」そう言う事なんだと分かって来た。
それは、今をしっかり生きよ!に通じていると思う。色んな困難があるのが人生だから。考えるなと言う事ではなく、無駄な事つまり余計な事を考えずに状況に集中せよ。
何とも哲学的ではあるのだが、長年の修羅場を潜って来ての生きた思想であると、自分も遅ればせながら立つ事でなるほどと思った次第だ。

集中した後に、油断ができる。そこにも注意しながらやり遂げた後は、フラフラな自分がいる。
そんな時に、菊の花のプレゼント。
花を見て、深く良い香りを嗅ぐと落ち着いて来るのが不思議だと思う。
大型バスを、狭い教習所のコースでいきなり運転した時の恐怖を思い出す。前輪が背中の後ろにあるので「背中で曲がるんだ」と言われた。
正確には大きなボディを、立てて進入して行くと言う事になる。
なので左折する道路の停止線ギリギリに入って行くので、待っているドライバーにはぶつかりそうな感じがする訳だ。
昨晩は、そんな交差点にやんちゃそうな若者が原付で停まっていた。私のバスが進入して行くとビビって、原付バイクを足で後退させていた。
後退する必要は無かったのだが怖かったのだと思う。
私が「ありがとう。」と手を上げると、不思議な笑顔を返してくれた。怖いのはお互い様。これから車を運転しても、停止線を守ってくれる様になると良いなと思った。
そんな事を思い出して、笑う余裕も出た。
技量と言うのは心が伴って本当の技量になる。
ただ上手いのとは違う。
心の修行の日々が続いていると思う。
少しは様になって来たのかも知れない。
今夜も心の修行が続く。
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