ビターエンドで良いんだよ。
三連休だったのに、朝からふらつく。
突然ふらっと来るので、なかなかしんどい。
周りの人には分からない事だし。
ただ、運転席に座れば大丈夫なので、バスはふらつかない。
人知れぬ辛さと言うのは、同じ経験をした人にだけ共有できるのだと思う。もう20年も経つが、福知山線尼崎事故があった。その10年後に娘さんを亡くされた母親に出会う機会があり、子どもを亡くした同士でお話を聞きながらただただ一緒に泣いた思い出がある。その様な辛い経験の無い人には、理解出来なかった光景だったと思う。
私のどうしようも無い目まいとふらつきは、息子を亡くしてから始まった。彼を忘れられない様に、ふらつきも続いて来た。以来、心が躍る事も無くなった。どこかで常に冷めている私がいる。

しかし、そんな私を見守り続けてくれる友人もいる。
その一人と昨日は、私の手づくりランチを一緒に食べた。
タラのフライにタルタルソース。「麦童」の天然酵母パンには、ヌテラ、イチゴジャム、イタリア製チーズ。せっかく作ったので、やはり手づくりチャーシュー。いずれも「とても美味しい」と言ってくれた。
「アメリカン映画は、ハッピーエンドが多いけど、あ〜面白かったで何も残らないね。」と言うと「そう、考えさせられる映画は残るよね。」いつも、そんな話しで一致する。
「綺麗な葉牡丹を売っていたので、辻川さんの庭にどうかなと思った。」と言う。「葉牡丹には思い出があって、今動労水戸の委員長をしている人が、若い頃に理不尽にも私と一緒に駅蕎麦店に置かれた。荒れていて遅刻が続いて駅長から『これ以上やるとクビになる』と言われたんだ。」それで「私は何をすれば良いか?」と聞いたら「あなたは委員長だから、会社に協力する姿勢を見せてくれないか?」と言うので「分かった。具体的には何をすれば良い?」と聞いた。そしたら「駅ホームの花壇に葉牡丹を植えてくれ。」と言われた。他の労働組合の人たちに「辻川は狂った!」と言われたがやった。それで仲間を守れるなら格好なんか関係無かった。一人で黙々と葉牡丹を植えた。
「まあ、そうして一緒に立ち上がってくれた仲間を宝にして守って来たから今がある。それを忘れない人から大事に思われている。私の葉牡丹の思い出なんだ。」
「辻川さんには、色んな思い出があるんだね。」「そう。ハッピーエンドでは無かったけれど息子たち一人一人の思い出もある。」

心も身体も否応なく浮き沈みする人生のビターエンドストーリーが続いている。
今やサクセスストーリーは、詐欺のネタになるくらい庶民には無関係になっている様に思う。恋愛も金儲けも、夢の成功物語の幻想で踊らされて詐欺にあう。
そうしてビターエンドがバッドエンドになると言う訳だ。
しかし、大切な人を守るために自分を顧みずにやると言う事には、例えビターエンドだろうと考えさせられる。だから心に残る。それが甘くない現実を生き抜く力になって行く。
それで良いじゃないか?
サクセスストーリーもまた、崩れて行く。
無常だからこそ、大切なものをはっきりさせて、今をどう生きるかを深く考え、整理し、判断する必要があるのだと思う。
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