辻川慎一つくば便り

しんがり(殿)を走る

朝まで雨が降り、青空の中をバスで走りました。今日は小学校の送迎バスで、初めてのコースです。

桜のピンクが残り、新緑の葉とのコラボで絵の様な山林を見ながら、新1年生を迎えてほぼ満員のスクールバスです。

不安げにランドセルを背負ったまま、シートベルトのかけ方が分からない子。「ママがいない。」と言う子。

だから、笑顔を向けながら添乗員さん任せにせずにできるだけ助ける様にします。もちろん運転席は離れられませんし、停車中は辺りの車にも注意しなければなりません。

「あ〜かけ方が違うね。やり直そうか。そうそうカチャって言うまでね。良くできたね。」そんな具合でした。

それでも不安気で、前の席の手すりにしっかりとつかまっているのが何とも可愛いと感じます。

送って来たお母さんたちにも手を上げ、笑顔でお辞儀をしながら安全確認し出発する。

運転は下手なのですが、一つ一つをしっかりやりながら楽しめる様になって来たのは「新人教育」を担当させて頂いたお陰なのかも知れません。

腕の方はすぐに追い越されてしまうのですが、一応先輩になりました。


(「心の友」さんが送ってくれた小貝川堤防の菜の花です。菜の花は花期が長いので楽しめます。)


ラッシュアワーを走り続けて悟った事があります。最後部を走りながら、後ろから全体を見てスムーズに進むにはと判断しながら走ると言う事です。

別にレースでは無いので、前に入りたい車は気にせずかなり車間距離は取りゆったりと走ります。

むやみに急いでも危険が増すばかりで、そんなに早く着ける訳でも無い。

混んでないところなら、法定速度まで上げてテキパキ走ります。緩急をつけながら運転するのですね。

だからあまり遅れません。

しんがり(殿)走りとでも言いましょうか。どん尻走りと言いましょうか。そんな感じです。

何でしんがり(殿)と言うのか調べてみたら、戦で退却しなければならないと言う難しい局面で最後部で追っ手と戦いながら、殿様や本隊を守る武将や部隊の事なんですね。なのでヘタレではダメでかなり強い人が決死で受ける役割との事でした。

後ろは気にしなくて済むから、しんがりって良いなーなんて思っていましたら、それはただのドンジリと言う事なのでございます。

まあ、私にはドンジリの方が似合っております。先頭を走っても全体は見えません。急ぐより、良く見て楽しむ年になったのだと思います。


(こんな若葉の中を散歩されたそうです。ステキですね。)


昨晩は軽く一杯やりながら長田弘さんの対談本を読んでおりました。国際政治学者でジュネーブ軍縮会議特命全権大使をされた猪口邦子さんと言う人との対談でした。

面白いのは、軍縮について国家間の同意を作っていくためには、その国それぞれの「不安とこだわり」を良く聞く事が肝心であって、何か正しいと思う事を声高に主張する事ではないんだって言う事でした。

国家にも「不安とこだわり」があるのですね。私が「不安とこだわり」で思い出すのは「自閉症」と言われる人たちです。こだわりと言うのが不安とセットなら、そんな人は身近にもたくさんおります。

あ~国家まで「自閉症」だったんだと私は思いました。
そして、その対応は「よく聞いて相手の不安とこだわりに応える。」と言うのです。

何の事はない、国家にも人にも対応は同じだと言う事です。聞く事から始めないと何も変わらないとまでおっしゃっております。

聞けない人のおしゃべりでは、何も変わらないと言う訳です。

まあ、そんなら私たちの日常でも変わらないと思うのです。それは、万国共通だよって事なんですね。


(こちらはわが家に住むアマガエル。冬眠から覚めて恋の季節。大きな鳴き声でにぎやかになって来ました。)


国際政治なんて難しい事の様に思いますが、人の基本は同じなんですね。

不安は生きるためには痛みと同じ大切な働き。心の働きなんですね。

昔はあった心のつながりがめんどくさいものとされて来ましたが、不安とこだわりがどこにあるのか聞くって、心でつながるしかないんだって事ですよね。

私が「歩いても歩いても」と言う映画が凄いと思うのは、映像と言葉から心の動きが見えて来るところなんです。

是枝裕和監督の映画が、国際的に通用するのが全然不思議では無いと言う理由が分る様に思います。

心で人とつながれない人に、世界も現状も変える力は無いんだって事ですね。あ~、またしても反省です。

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