辻川慎一つくば便り
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感じる全てをしっかりと味わいたい。
週末、乗務の間にチェーン装着訓練があり、出しゃばりたくは無いと思いながら職場に不和を持ち込んで、物言えぬ立場の同僚にストレスを与える者がいて何とかせねばと長老らしい解決を図ったり、さらに週末は夜乗務後の給油と清掃があり帰宅は21時過ぎ。すっかり疲れてしまいました。注意力が散漫になり、夜間バスを運転していて危険な場面もあり危なかったと反省しながら、23時には気を失う様にダウンしてしまいました。
でも、信じられないくらい合う同僚に巡り会えて、バスの運転だけでなくパイプタバコの吸い方を教えてもらったりと新年からの福は続いていると思っております。福が無ければ、事故になっていたのですから。しっかりと反省して、構え直すチャンスを頂いております。
今朝は、あれもこれもと無理をせず掃除も朝食も簡単に済ませて、パイプタバコをゆっくりと燻らせて見る事にしました。
3回目にして、ずいぶんと慣れて来た感じがするのはやはり教えてもらったからだと思います。まだ、楽しむと言う領域ではありませんが。
セットに入っていたパイプ置きが、プラスチック製でチャチ過ぎるので自分で作って見ました。
有り合わせの端材と庭のドウダンツツジの枝を切って作りました。同僚が自分で作ったパイプピックまでプレゼントしてくれましたので、それに合うパイプ置きをと思いました。タバコ葉を入れる瓶や掃除用具まで頂いてしまいました。
バツイチ会も、パイプを楽しむ会も少しずつ心が合う人同士で増えて行くと愉しいと思います。バツイチ会も時代の反映かと思いますが、会員拡大チューでございます。男やもめに花が咲く時代の様にも思います。あ~、音楽クラブもやりたいですね。
疲れるとさすがに年を感じますが、飽きると言う事が無い毎日でございます。仲間がいればやっぱり愉しい。
機嫌良く、人を大切にしていると人が福を連れて来てくれる
そう、それもまた一瞬の様に過ぎ去って行く事を知っております。だからこそ、人も時間も空間も、感じる全てをしっかり味わい大切にしたい。
そんな風に思います。
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2026/01/17 10:15
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パイプを楽しむ会
今日は、大型バスの朝乗務後に雪道対策のチェーン装着訓練が行われました。
中型バスの装着は、以前自分でやって見て難なく出来たのですが、タイヤが大きな大型バスは簡単には行きませんでした。
私を指導してくれたのは同じ年の超ベテラン運転士。「片側5分で合わせて10分以内にやらないとお客さんからクレームが出るんだよ。」等とお話しをしてくれた上で、地面に横になってタイヤ裏側のチェーンを結ぼうとしましたら「実際に雪が降っていたら、それでは出来ないよ。」と注意したりして頂きました。なるほど〜でございました。実際の経験に裏打ちされたアドバイスと言うのは、自分が苦労されて来た事からですので的確で有難いと思いながら、やらせて頂きました。
これなら大丈夫と言う締め具合も確認させて頂きましたので、実際の場面でも何とかなるかなと言う感触を得る事が出来ました。企業送迎だと雪の日のニーズは高まりますので、覚悟しておかなければなりません。雪が積もらない事を祈っておりますが。
さて、大型バスの運転も会社に入りたての方の研修「指導」担当の際に、逆に運転理論をお聞きしてから私の不安が払拭されてとても楽になりました。私が年上で先輩だなんて気持ちはさらさらありませんし、良いと感じたら学ばせて頂く方が得なのだと思っております。
大型バスだと道幅ギリギリ感が凄いのですが、「真ん中を維持するためには左足の位置で見て行く」とか「難しい右左折の対処方法は、ギリギリに仮想ラインを描いて通る。」とか、カーブの通り方まで、一つ一つが納得できて実際にやるとストレス無く楽にできる。そうすると気持ちに余裕ができる事も分かりました。
今日は、その方にパイプタバコの吸い方も教えて頂きました。
昔やって見て挫折した事がありましたが、その方がパイプタバコを愛好しているのを知って教えて頂く事にしました。
紙巻きタバコとは全然と言って良いほど違いました。手間が掛かるし、簡易には行かない。本当の嗜好の世界なんですね。昔々の国鉄時代、私が電気機関助士の時に、機関士をされていた先輩がパイプを悠然と燻らせながら運転されていた姿が思い浮かびます。
一通りお聞きしてから、呼吸法の様にゆっくりと吸うとか、パイプを育てるとか、シャーマンが何故タバコを吸ったのかとかのお話しも、一つ一つ感心しながら教えて頂きました。
イランのクルド人に勧められて、水タバコを吸って美味いと思いながら吹いて失敗した事も思い出しました。
やはり文化とセオリーがあるのですね。それを知り、体験できる事って自分の世界と人生が豊かになって行く事だと思います。
狭い世界を人に強要して、広い世界を否定する。それは、心の貧困しかもたらさない。人の心は、空よりも広いはずなのです。自分で狭めて、この世を去るには勿体なさ過ぎると私は思います。
では、夜の乗務に出勤します。小さな事の中にに広い世界と宇宙を感じながら。
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2026/01/16 14:44
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HSP(繊細な人)
木曜日の今日は、小学校の送迎バスでございます。
学校に向かう回送の途中から夜が明けて来ました。東の方から、朱色が湧き立つ様に上がってまいります。真冬の空の色って言葉にできないくらい凄いな〜なんて感じながら、寒いながらも心静まるスタートになりました。
(今日は、お弁当を作り久しぶりの公園ランチにしました。氷った池の水に陽が反射しておりました。)
昨日は大型バスで、会社に新しく入られた運転士さんの研修「指導」でありましたが、前のバス会社では新人養成の担当もされていたとの事で逆に運転を理論的に教えて頂きました。
私が疑問や課題だと思っていた事に、とても納得が出来る様に教えて頂きました。自分自身のバス運転が見る見る変わって行く実感がありました。つまり、さらにしっかりと進化出来ると言う感覚を得たのです。
有難いだけでなく、稀な出会いだと思います。
バスの運転だけでなく、食事や健康問題から社会構造の問題に至るまで驚くほど近い感覚と意見があるだけでなく、それを掘り下げて考えて実際にやって来た方でした。現状で、それを素のままで出すと変人扱いされないくらい掘り下げて来た人だと分かりました。
直接親しくお話しをしたのは最近の事ですが、私のブログや経歴もしっかりと掘り下げていてくれました。私自身は、見る事を避けて来た過去まで見てくれて新しい視点を下さいました。まるでバス運転の新しい視点を明示に教えてくれた様にです。
(ドイツの核燃料最終処分場建設を阻止した、ゴアレーベンの方々との記念写真です。ドイツでは、その後原発廃絶を決めました。)
かなり意識的にワイルドで強くなければと生きてきた私について、彼は「繊細な人です」と言いました。「HSPとも言います」と。何やら初めて言われた事ですので、良く分からないので後で調べて見ました。
「繊細な人」とは、HSP(Highly Sensitive Person:ハイリー・センシティブ・パーソン)とも呼ばれ、生まれつき感受性が高く、五感や他人の感情の些細な変化にも敏感に反応し、深く考え込む気質を持つ人のことです。病気ではなく、生まれつきの気質(性質)であり、人口の約15〜20%(5人に1人)が存在するとされ、刺激に疲れやすい反面、共感力が高く、物事を深く捉える長所も持ち合わせています。
あ〜何やら思い当たります。実は、環境の変化や少しの変化にもなじむまでが大変でした。平気な振りをして、構えに構えて、なかなか慣れずに内心は疲れる。共感する力と言うか、確かに自然に共感してしまう。色んな出来事について深く考えないと済まない性格でもあります。
「辻川さんは、20%の側にいるのです。逆に言えば80%の人は辻川さんを分からないと言う事になりますね。」と重ねて言ってくれました。
う〜。そうだったのか。過去の色んな出来事が頭を去来しながら、何だかとっても合点がいってしまいました。
そして「後輩の人たちに取っては、良い兄貴分ですね。」とも言われて「あ〜確かに、そんな風に言ってついて来てくれた仲間たちがいる。」なんて思った次第でございます。
私が見るのを避けて来た動画まで見てくれたと言う事ですので、私も10年ぶりくらいで見て見ました。改めて見ると、違っていたところもあれば、まだまだだと思ったりもします。しかし、根本のところは変わっていない事について再発見したりしました。
「虚しさの大元までたどり、それを受け入れる事が必要だと思います。自分もそうでしたから。」と彼は言ってくれました。
何と言う巡り合いなのかと全く驚くばかりですが、悲しかろうと虚しかろうと機嫌よく、笑顔でいるとそんな奇跡の様な出会いにも恵まれるのですね。
自分に合わない政治党派の仕事を無理に引き受けて、機嫌が悪くて怒りっぽい私もおりました。そこから、頭が整理され心が解放されて来たからきっと機嫌が良いのですね。
土台、そん狭い心の世界では無かったはずでした。
「バツイチ会」も「奇跡の様な凄い出会いですよね。」と私が言うと「辻川さんがセットした事じゃないですか。」と言われました。
う〜ん。やはり40年前から変わらぬ魂が今も生き続けているのかも知れません。ずっと心から魂からの関係を現実社会システムへの批判として現実的に作ろうとして来たのですから。具体的に実行しながら、真の共同と共生の姿を求めて行く。
もはや長老ながら日々謙虚に学びつつ、私のライフワークは終わらない様でございます。
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2026/01/15 11:19
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病を得て足るを知る
昔々、40代後半の頃の事ですが外国人の女性が水戸の大工町と言う繁華街に店を出したいと言うのでお金以外の面倒を見た事がありました。
かなり繁盛するお店になるとトラブルも増えました。その度に助けておりましたが、当時は顔も怖くマッチョな身体をしておりましたので、得体が知れないが故に解決できた事がたくさんありました。ヤクザ屋さんにも同業者ではないかと思われて困った事もありました。
ある晩に店に来た腕っぷしが強そうな若いヤクザが、酔って私に腕相撲をやろうと言って来ました。「私は見かけだけですよ。」と断ったのですが、周りの女の子たちもはしゃぐので受ける事にしました。
一回り以上違う若者(当時)ですし、持久力も違い負けたのでございます。しかし、腕に自信がある若者に挑戦されただけでも何やら満足する私がおりました。そんな血気盛んな若者たちとも交流がありました。
(梅の花芽が白く膨らんで来ました。今年は早い感じが致します。)
ある日胃が痛むのでピロリ菌除去に病院に行きました。玄関脇の喫煙所を見ると、見た事がある若者がいました。腕相撲をした若者でした。点滴用のスタンド引きながら一服中でした。「◯◯さんじゃない!しばらく〜。どうしたの?」と聞くと「シンちゃんじゃないですか。C型(肝炎)なんです。」と言う。入れ墨を入れる時に、針をそのまま使い回すと感染するのです。「大変ですね。お大事にして下さい。」と軽くあいさつをして別れました。
いかに屈強であろうとも病を得れば弱る。そんな事を感じました。あの人は、今はどうしてるかな?なんて時折思い出したりします。そんな方が、ヤクザ屋さんの中にも何人かおります。
私も、ふらつくのが自律神経の問題だけでなく血圧が高いためかも知れないと測定機を買いました。
そうしましたら、時間と日によって違うのですが最高血圧が170以上と出たりするので驚きました。機械が壊れてるんじゃないか?と思う様な数値です。低い時でも140代。万が一頭の血管が切れたら助かっても動けなくなりますので、医者に行く決心をしました。
病院で測りましたら145と言う事で、緩やかな薬を処方してもらいました。両親が高血圧だとなりやすいとの事でしたが、喫煙がいけないのだと感じております。加齢で弱って来た血管で酸素不足の血が行く訳ですから、心臓が懸命に血を送ろうとする。高血圧になる。そう言う構造かなと思います。
40代、50代、60代を越えなければと言う目標を70代を前に失ってしまった様に思っておりました。
やはり、人に取ってのモチベーションと言うのは大切なのだと思います。
(水仙の蕾も出て来ました。)
生きる意味とか希望が見えなくなってしまった。
ところで時代は、そして若者たちは、昭和のスポ根漫画も過去になり、超人やヒーローものも廃れ、努力などせずに成功する勝ち組の幻想からも覚めて、普通な事のためにそれぞれが努力する事に喜びを見出し始めている様です。
つまり、私が生きて来た時代の全ての幻想が崩れたところに今の若者たちが立ち、地道な努力に喜びと活路を見出し始めている様です。
そうしますと、私もその様な若者たちと同じところに立っていると言う事になります。むしろ、普通の人である事を自覚して、普通の事を共に努力する先輩高齢者である事が大切なのかなと思います。
病と言うのは忌避して見ない様にするものではなく、得るものである。そこから足るを知る事が出来れば。
そう言う事なのかなと思います。
「足るを知る」とは、今あるものや現状に満足し、感謝する心を持つこと、またそのような生き方を指します。多くを求めすぎず、自分に与えられたものの中で喜びを見出し、心が満たされた状態を目指す、仏教や禅の教えに由来する言葉です。単に現状に甘んじるのではなく、感謝しながらも前向きに生きる姿勢が大切とされます。
との事です。「温故知新」なのかも知れません。
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2026/01/14 13:28
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男やもめのカルテット(四重奏)
朝の気温はマイナス5℃。運転日報を記入する指が冷たくなり痺れました。何だかへなちょこな字になるのが、悔しい感じが致します。しかし、夜明け前が一番寒い様に、春遠からじでございます。
(朝乗務が終わり、清掃、チェーン装着テストをしてから病院に行きました。血圧を下げるソフトな薬を処方して頂き、ふと見ると厳冬の中で寒緋桜が咲いており嬉しくなりました。)
昨日は、バイオリンを弾く同僚のミニコンサートをわが家で開催致しました。20代、40代、50代、そして私が60代。離婚を求めて別居中の同僚と離婚歴2回の私を仲良く分けて「バツイチ会」となりました。
みなさん全く別の世界を生きて来たのでございますが、引き寄せられる様に同じ会社でバス運転士になり出会ったのです。
出会ったばかりなのですが、話しが尽きない。話題もどんどん変わって行きました。共通するのは、仕事の話しと結婚生活の苦労話し。その土台が共通するだけで理解し合える。そんな感じでございました。
コンサートの方も、イタリア製だと言うバイオリンの音色がとても響きました。練習に時間が取れないと言うのがとても勿体ない感じがしました。
予定では無かったのですが、私もちょっと緊張しながらギターの弾き語りを2曲だけ聞いて頂きました。
もう一人の方も楽器を持っていて、アパート住まいなので消音しながらやっているとの事でした。
なので、一緒にやれたら良いねと言う話しにもなりました。
(お茶をしながらの会にしましたので、パウンドケーキを焼いておきました。食べ物も素材のハーモニーだと思います。)
そう別々の色や音色を持っている者が、心を合わせ、リズムを合わせハーモニーを生み出す。それが聴く人の心も打つ。音楽の世界の素晴らしさですね。
合ったと感じる瞬間って、得も言われね喜びがあります。
そう、私も40年近く前に仲間たちとバンドを組んで演歌から、ニューミュージック、ロックまでやっておりました。下手なバンドではありましたが、それ故に合ったと感じた瞬間の喜びも忘れられないのです。
なので、またやれたらどんなにステキだろうと思いました。
「ハーモニー」とは、バラバラなものが集まって、美しい、または機能的なまとまりを作る状態を指す言葉です。音楽が語源ですが、より広い意味で「調和」や「一体感」を表す際に使われる便利な言葉です。
とあります。そう、違う者同士が一体感を感じる事の素晴らしさなんですね。お互いに合わせ様としなければ、合う事は無い。合わせるためには、その努力をしなければならない。何度も練習をして、稀に素晴らしく合ったと感じる時の喜びって人間ならではの様に思います。
それは、何事にも共通する事の様に思います。
(お土産まで頂いてしまいました。何とドイツ製のオーガニックインスタントコーヒーまで頂きました。ドイツの思い出がよみがえります。)
私たちは単に人に合わせ様としている訳では無いと思います。心を合わせてハーモニーを奏でたいから、共鳴したいからなのだと思います。
合わせ様としない人同士には得られない喜びの世界がある。
私は、その様に思います。損得だの、利害だのばかり考えていたら心から合う訳が無い。
損得も、利害も無く会い共鳴している時点で、ソロから四重奏(カルテット)になり始めているな〜と感じた私でございました。
次回またやろうと言う約束をして、愉しく散開致しました。
https://youtu.be/NrgmdOz227I?si=XaV1VVbPjQqncA3n
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2026/01/13 12:47
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