辻川慎一つくば便り
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「気遣い」についての反省。
難しい局面でした。工場の降車場前は、バス3台停車中が限界で、珍しく既に2台が降車中でした。私の担当バスが最後尾で降車して頂く事になりました。降車する方々一人一人に「ありがとうございました。」「行ってらっしゃいませ。」と声を掛けながら、後続のバスが来るのを気にかける。すると来てしまった。後続バスの運転士さんが困るだろうと、みなさんが降りたと思いドアを閉めて発車しようとする。すると慌てずにゆっくり降り様として来た方が2人いました。「すみません。失礼しました。」と言って、再びドアを開けました。しかし、後続バスに気を取られていたのですね。2人目の完全降車をしっかり確認せずにドアを閉めたので、挟まりはしませんでしたが「あわや」と言うタイミングでした。余裕があれば普段はしっかり確認している事ですが、気を使い過ぎて気を取られると危険を呼び込む。
何も起きなかったから良いのではなく、起きかけたと言う事について反省しました。
何より、自分のバスに乗っている乗客の安全に対して責任があるのであり、後続バスの運転士への気使いはそれを果たしてから。
その様に反省し、考え直した次第です。まだまだです。と言うか、その様に反省しながら日々バス運転士としての自分を向上を図る日々です。
(母が見せてくれた私の写真です。)
「気を使う」とは自分が失敗しないためで「気を遣う」と言うのは相手を思っての事と言う違いがあるとの事です。
「気」と言うのは、普段気にしないと思いますが、生命力から発せられる目に見えないエネルギーの事。考えて見ますと日本語には「気」と言う言葉使いがどれほど多い事でしょうか。
生命は、気を出す事で新しいエネルギーが入って来る。出せなくなると病気になったり、力を失う。自分のために使うだけだと、外の気は入らない。新しく入るためには、他のもの(人や自然や世界)のために遣われる事によって。
そんな事まで考えます。
(小学校に上がる前、4歳の頃でしょうか?父のカンテラをかぶり、虫かごを持っております。)
昨晩の夜乗務の待ち時間に、とても頑張って生きて来られた年下のバス運転士さんが、他の運転士さんに対して「大丈夫。仲間は、辻川さんが守ってくれるから。」とそんな話しをするので驚きました。私自身の話しは、ほとんどどなたにも話した事は無いからです。
仲間を守るどころか、バス運転士としては日々修行中の高齢運転士でございます。
不思議だなと思います。
(国鉄に入ったばかりの時の写真もありました。労働組合のリボンを当たり前の様に付けておりました。)
生まれたての頃から青年期までの写真を、改めて眺めさせてもらいました。
不思議でないのかも知れませんが、眼差しが変わらないのですね。真っ直ぐ見ている。
写真であっても気を発している様に感じました。
たぶん、その眼差しは今でも変わらないのだと思います。
父は「お前は小さな頃から、恐ろしいくらいに人の心を読んだ。」と言っておりました。
気は心なんですね。気遣いは、心遣い。人のためにつかえてはじめて自分が生きる。
修行のし直しをしながら、今夜も頑張って参ります。真っ直ぐな眼差しを失わない様に。
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2026/03/26 13:42
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行くしか無いから行く。
今日は大型バス担当です。
時々運転するためか「慣れたな〜」と思うよりも、慎重なスタートになります。左折で後輪がコーナーギリギリになると「ハンドルを切るタイミングが遅かった。」とか反省します。
何しろ、オーバーハングで他の車に当たらないか左サイドを確認しながら、横断歩道の歩行者・自転車の有無を見て、進入する道の対向車の停止線ギリギリに合わせてハンドルを切りますので遅れ気味になる訳です。するとコーナーの縁石に後輪が当たる可能性が高くなり、接触すれば、それはそれでタイヤやボディに傷がついたり致します。大型車特有の問題なんですね。
ほんの少しの事が、天地を分けてしまう。故に緊張の連続なのでございます。胃が痛みが増し、背中が張って痛む訳です。
難なくやれる先輩方は凄いと思いますが、ベテランでも少しの見落としで接触してしまいますのでやはり甘く無い仕事だと思います。
(昨日の担当バスでは、ひと息入れる時間がありました。日が伸びましたので、大地と空を眺められます。)
大型バスの研修で、とても狭い道を難なく行くベテランの運転を見て「こんなに狭い道を行けるんですね!」と感心すると「行くしかないじゃないか。」と言われた事がありました。「行くしかない。」と言うのは、まるで人生の様だなと思いました。その様にバスを運転し続けて来たのだと思います。
今日は、朝乗務の後に担当した大型バスのエンジンオイル交換を指示されました。車種が違うとエレメントも違ったりしますので、簡単とは限りません。
作業着に着替えて、エレメントも探して用意する。段ボールを敷いてエンジンオイルパンの下にもぐる。するとボルトの栓ではないものがある。「何だこれ?」としばし思案するが、分からない。下手な事をして壊したら大変なので整備士をされていたベテランの人に聞いて見た。「それはもしかすると簡単にオイルが抜けるコックかも知れない。」と言う。別の年下の先輩が確認してくれましたら「やっぱりそうだ。」と言う。明け方を口頭で教えてもらって自分で再挑戦し、ようやく開けられました。滴り落ちるオイルをオイル受けに溜める。
あれやこれや注意や指示はしてくれますが、やるのは私。エレメント(オイルフィルター)が二つもあり、外し方もバスの車種で違います。アドバイスを頂きながら何とか出来ました。
それも先輩同僚のみなさんがやって来た事だから、的確なアドバイスができる訳です。
70才を前にした手習いですが、教えて頂いている時は新人と変わりありません。「はい。」と応え「ありがとうございます。」も忘れません。
つまらぬプライドで格好つけるより、教えて頂ける方が自分なりの発見もあります。
片付けと汚れの後片付けを含めて2時間半も掛かってしまいました。新人と違いベテランの人は手を貸しません。自分でやる事だから。自分でやり、自分で行くしか無いから。
その様な教えも受けている事を有り難く感じます。
(昨夜も遅い帰宅。頂いたタコの残りをマリネにして見ました。オリーブオイルに、レモンを絞り、軽く塩をして野菜と和える。なかなか美味でした。それに温野菜とチーズバゲット。ノンアルコールでカフェインレスのお茶にしました。)
同じ時代を生きて来たはずの同僚たちですが、越えるしかないから越えてきた、行くしかないから行く。そんな潔さから、学ぶ事があります。
道は違っていたけれど、私もそうであったのだと言う事です。
私も潔くあらねば、バス運転士たり得ない。
ちょっと節制しはじめて、調子が良くないはすなのに朝乗務後にも何とか身体が動く私も発見致しました。やるしか無いからかも知れません。
夜の部に行って参ります。
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2026/03/25 14:12
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ミモザの日
朝乗務のあと医者に血液検査の結果を聞きに行きました。原因不明の胃の痛みに加え背中まで痛んで来て、バスの運転がかなり辛い。医者が処方した薬も効果無し。「膵臓の可能性もある」との事でしたので、ストレスが原因と思いつつ聞きに行きました。
結果は、会社の健診結果より良くて全くの異常無しでした。自分でも驚くほど完璧です。なのに、この調子悪さは一体なんだ?と思うが、クビをひねるのは医師も同じで「万が一があるので胃カメラ検査をしよう」とか「甲状腺かも知れない」とか、結局検査と専門医の紹介を受ける。
医者にかかると言う事は、こう言う事なのかと思う。時間とお金が必要なのですね。
(地元の友人が枝を切って持って来てくれました。「ミモザ」と言われますが「アカシアコベニー」。別名は「ブルーブッシュ」だそうです。淡い緑で銀色を帯びた葉をしております。香りも青くさい感じがします。)
こんな状態で、来月から距離と時間が増えて帰宅が夜9時半になる。翌朝は5時半には家を出る。無理じゃないか?と考えてしまう。
70を前に、どうしてこんなに働かなければならないの?とも思う。まあ、身から出たサビってやつだろうかとも思うけれど、過酷すぎね〜か?
そう考えただけでまた胃が痛んで来る。
(こちらがミモザ。葉っぱが確かに違うけれど、どちらもオーストリア原産との事です。それで思った事がある。銀色を帯びた薄い緑ってユーカリの葉もそうだって。そして簡単には落葉しないのも同じだって事です。)
そこまで来てはたと考える。痛むと言いながら自分ではどんな節制をしているのか?大変だ、出来ないかも知れないと思いながら、出来るための努力や生活改善は考えているのか?
出来ない理由は、何事でも言える訳です。どうしたら出来るのか?を考えずに、以前のままであれば、進歩も発見も無い。
体調も、年のせいにして不摂生を見直さ無ければ、崩れて行くばかり。
どうも気持ちの方が先に負けてしまっているんじゃないか?
そんな風に自分を立て直しはじめております。まだまだ私の身体も頑張ってくれているのに、養生していないのは私自身ではないか?
検査結果を見ながら改めて、思った事です。
治すのは医者でなく、自分自身だったよな〜って。
自分を深く大切にできる人が、人も大切に思える。それは自分を甘やかす事ではない。
まだまだの様でございます。
(木全体が黄色になるミモザ。3月8日は国際婦人デーですが「ミモザの日」とも言われるのですね。本当は私がプレゼントしなければならなかった訳です。別名はシルバーリーフ。やはり銀色を帯びているとの事です。)
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2026/03/24 12:05
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慢心せず。
天気が良ければ美しさも一際であろう一面の菜の花畑や開花し始めたソメイヨシノ、満開のコブシの花等を見ながら、週明けの今日は小学校の送迎バス担当です。
ご一緒した添乗員さんは、青森の八戸出身の方でした。働いていた会社が倒産し、仕事を求めて東京に行き、茨城にたどり着いた人です。
家族のために仕事を求めて、全国を回った父に重なります。仕事が無い、生活のための収入が無いと言う事は辛く、大変な事だと思います。
そう考えますと、大変さはあっても70歳を前に仕事があり、収入がある事に感謝しなければならないなと思います。
(昨晩は、お気に入りになった八千代町のパン屋さんのバゲットで、ガーリックトーストを作って見ました。自家製冬越パセリを使いました。)
作家の五木寛之さんが、93歳になり「大河の一滴最終章」を出されました。ガンになられてから心境の変化があったとの事でした。生きたくても生きられない人がいるのに、死にたいと思うのは傲慢ではないか?と考える様になったとの事です。
傲慢や慢心の慢は、心が緩んで人を蔑んでしまうと言う様な意味ですね。
何故心なんて言うものがあるのかと言うと、人とつながるだけでなく自然や世界とのつながりが心だとの事です。心を無くせば、人とのつながりを感じられないばかりか、自分を生み出している自然や世界、宇宙とのつながりを失う。つまり、孤独な自分しか感じられなくなる。
身体も心も働かせないと、孤独な自分しか感じられなくなる様に思います。身体を動かしているのは心なので、病もまた心から来る。人は、心から先に病むのだと思います。
またしても中東で大規模な戦争が始まり原油価格が上がり、私の仕事は4月から大幅改編。体調は思わしくなく、疲れもします。不安を上げればいくらでもありますが、自分の心から先に塞いではならないよなと思います。
バスを運転しながら思う事。慢心した時に、必ず失敗する。心に余裕を持って構えると言う事と緩んでしまうと言う事の違いです。
また1週間のチャレンジの日々になります。自分の心と身体に向き合いながら、人や自然、世界と呼吸しながらさらなる向上を目指したいと思います。
友人のみなさまも無事で、良い1週間になります様に願います。
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2026/03/23 11:50
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せっかちさんの休日
常に何かしていないと気が済まないと言うのは、十分せっかちな性格の様であります。フラフラしたり調子が悪いのに動かずに居られない。あれもこれもしなきゃあ〜と、常に思う。
ところで、それがストレスになり胃まで痛み出す。休みの日くらいゆっくりすれば良いのにと思うのですが、じっとして居られないのでございます。困ったものですね。
昨日は、ひたちなか市の実家から戻ると、友人をお誘いして八千代町のパン屋さんに行って来ました。片道約1時間のドライブでした。
何故八千代町のパン屋さんかと言うと、先週遠くから来た友人とビアスパーク下妻と言うお風呂に行った時に、たまたま無添加の食パンを買って食べましたらめちゃくちゃ美味しく感じたからです。
作っているところに行き、どんな人か会って見たい!と思った訳です。
八千代町にある「大久保製菓」とスマホにはあるのですが、「焼きたてのパン」としかありません。良く見ていないと行き過ぎるくらい目立たないお店でした。
店の中も飾り気が無く昭和そのままと言う感じですがどれも美味しそうで、しかも値段がとても安いのに驚きます。
出て来られた店主さんは、かなり高齢のおばあちゃんでした。
「まあ。可愛いい車!良く通るので可愛いと思っていた車をこんなに近くで見れるなんて!」といきなりお茶目なご挨拶をする。人柄の良さがお顔に出ている店主さんでございました。
旦那さんも彼女も下妻の人で、八千代町にお店を出したと話してくれました。
こちらは、一部ですが全部食べて見たいくらい魅力的です。
簡単に来れる場所では無いので、食べ切れるか心配しながらも爆買してしまいましたが1000円でございました。
どこから来たのか言って無いのに「遠くから来てもらってありがとう。」と言うのにも驚いたのですが、車のナンバーをちゃんと見ていたのですね。ちゃんとした商売人でもございました。ますます気に入ってしまいました。
パンは小麦粉が美味しくないとダメなんですが、このお店の小麦粉は栃木県の足利で作られた小麦粉を使っておりました。
なるほど〜、どうも食べた事が無い美味しさだと感じた事に合点が行った次第でございます。北海道産とも違う美味しさなんですね。
帰宅して、早速味わいました。
飾り気の無い、優しい美味しさに唸りながら。
作る人の人柄そのものって感じがします。
ちょと遠いですが、茨城の貴重なお店を見つけて心楽しく胃の痛みを忘れた休日2日目でございました。
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2026/03/22 11:37
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