寒さで目が覚めました。確実春が近付いておりますね。
休日の土曜日は、映画を見ながらゆっくりと飲みました。

実話に基づく「パレードへようこそ」。イギリスの映画で原題名は「PRIDE」、つまり「誇り」です。「誇りがあなたを応援するでしょう。」と言う副題がついておりました。
1984年から5年にかけて、イギリスの炭鉱労働組合が廃鉱政策を巡って国と対立して長期ストライキに入りました。日本でも国鉄分割民営化に対して、大きな抵抗があり私も激しく闘っていた時期でございます。イギリス炭鉱労働組合の闘いの行く末は、国鉄分割民営化との闘いにも大きな影響がありました。
イギリス炭鉱労働組合の闘いは、サッチャー政権の強行策の前に分裂と動揺を深めて敗北しました。日本の国鉄分割民営化も労働組合の相互対立と分裂で強行され、現在に至ります。
私の方は、20代の青年たちを引き連れて鮮烈に闘い続けたのでした。それが激し過ぎると、ほとんど誰も表立っては応援してくれませんでした。

イギリス炭鉱労働組合の闘いを自分たちと同じものと闘っていると応援に立ち上がったのが、LGBT(性的少数者)の人たち。
彼らの支援をイギリス炭鉱労働組合の大半が拒否するのですが、ウェールズの人たちは受け入れ様とする。受け入れるかどうかで悩み対立しながら、相互に人としての信頼を深めて行く。その鍵が炭鉱労働者としての誇りであり、自ら「ヘンタイ」と呼ぶLGBTの人たちの人としての誇りであった。
私たちの場合にも、激しい攻撃を次々と受けながら孤立無援だった頃に最初に応援に来てくれたのが、闘う脳性麻痺者だったのです。その方々とどう向き合うのか、悩みながら具体的なが関わりを通して、人としての信頼を深めた記憶がよみがえりました。
それがあって、今の私がある。共通していたのは、人としての誇りであったと思います。だから手をつなげられた。
私たちが闘っていたのは、国家政策だけではなく闘う労働組合と言われていた中にあった強烈な保守性でもあった。
同じ格闘が、イギリス炭鉱労働組合の中にもあったのですね。敗北したのは、その保守性である事が良く見えました。
LGBTの人たちと人としての深い連帯を築いた労働者たちの誇りは、折れる事は無かった。お互いに胸を張って生き抜いた。
あ〜まさにそう言う事だったのだなと、笑いながら泣きながら映画を観た次第でございました。
我が仲間たちも誇りを失う事無く、胸を張り勝ち抜いたのです。

パレードと言うのは、付き従う事では無く人として、労働者としての誇りを胸に固く手を握り合う事にある。それは、誰にも侵される事無く共に立ち、共に生きると言う鮮烈な示威である事に意味があった。
そんな事を改めて気付かされた映画でございました。
「誇りを忘れるな」という言葉は、どのような状況下でも自分自身の信念、価値、そして高潔さを貫くことを指す。困難な時や周りに流されそうな時こそ、自身の内なる基準や尊厳を持ち続けることが、結果として自己成長や真の成功に繋がります。 周囲の意見や環境のせいにするのではなく、自分の信念や矜持を持って行動する。 細かい障害や短期的な失敗(「かすり傷」)に動じず、大局的な価値やプライドを保つ。
誠実さ: 常に自分に厳しく、自己規律を持って行動する。 この言葉は、外的な成功よりも内的な誇り(尊厳)を優先する姿勢を強調している。
その様な人こそが、他者の尊厳を守る事が出来る。つまり、人と人との間に作られている全ての壁を打ち破り手をつなげ事ができると言う訳です。
私が何と闘い、何を求めて生きて来たのかがはっきりと見えた有難い映画でございました。