地の塩
子供たちを送るバスの発車時間待ちをしていましたら「虫がいる」とちょっと騒ぎになりました。
「何の虫?」
「アブみたい。」
「アブなんかもういないよ。」
「ハエかな?」
「窓を開けろよ。」
「潰しちゃえば。」
なんてにぎやかになる。発車間際ですし、ハエくらいなら害は無いと騒ぎを聞いておりました。そしたら「ハエだって役に立ってるんだ、殺しちゃダメだ。」と懸命に言う子がおりました。
以前スズメの死骸を見つけて、土の中に埋めてあげたいと言った子供でした。
「ハエだって、虫がいなかったら人間は生きていけないんだ。役に立ってるんだ。絶対に殺しちゃダメだ。窓を開けて逃がせよ。」と言う。
騒ぎは発車すると治まりましたが、ずいぶんと命の事を考えて可愛いそうと言う気持ちの強い子だと感心してしまいました。
新1年生がはじめてバスに乗った時にも「こうするんだよ。」と世話をした二人組の男の子の一人でした。
バスに乗って来て、私の顔を見ると「おはようございます。」「お願いします。」「ありがとうございました。」と言う可愛らしい子供たちです。
何だか、私の方が考えさせられて学んでしまいます。ほんのたまにしか運転しないスクールバスなのに。

(スクールバスは、帰宅が早いので「ふろふき大根」と「レンコンチップ」を作って見ました。ふろふき大根には柚子味噌にひき肉を加えて見ました。柚子をケチらずに、皮を擦ってたっぷり入れて見ました。いやぁ〜、感動的に美味しく出来ました。レンコンチップは、米粉の衣を付けて少なめのごま油で揚げ、青海苔をまぶす。カラッとして、こちらも美味い。一人で唸りながら頂きました。「唸っても一人」と言うのが残念でしたが。)
せっかく時間があるので映画も見て見ました。

何と、私が好きなビム・ベンダー監督の作品。
やはり引き込まれるのですが、テーマは「労働と命」。
何とも虚しくなる世界の人々の悲惨な現実の記録。
オープニングに「人間は地の塩である」と言う言葉が出て来ます。塩は腐敗を防ぐ役割を果たす。
腐敗するのも人間なら、それを防ぐのも人間である。
地の塩たれとは聖書の言葉だそうでございます。
映画を見ていて感じる事は、戦後の日本人も苦労があったとは言え幸せなんだと言う事でした。
西洋では、神様が見ていると言う事で勤勉に働く事を実現して来たとの事ですが、日本では神様でまとめる事は出来なかった。どうやって報われずとも努力する何ていう事が出来たかと言うと「みんなで清掃する事から」だったそうです。
清掃する。綺麗にする。そのために身体を動かす。すると心が整う。
とても現実的なんですね。身体と心の働きの一体性にちゃんと踏まえられております。
いつしか、清掃も外注化して子供に掃除をさせるなんて前近代的みたいにされている様です。
そうすると、努力だとか、綺麗にする事で整う心何ていう経験をしなくなってしまう訳です。
自らが、小さな事から整えて行く。
そうやって、世界に稀な社会を作り、細部に魂が宿る製品を作って来た。
どうも地の塩って言うのは、限りある命を大切に思いながら清掃する事からではないか?
そんな事を思いました。
なので、運転に入る前に運転席周りを整える事からにする様にしました。何気に心も整い、落ち着くのでございます。
その時点で既に報われていると思うのです。
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