辻川慎一つくば便り
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弱ってばかりはいられない世界
桜が咲き始めて、冷たい雨が降る花冷えの日々。心も身体も冷やさない様に気をつけて下さい。もうすぐ暖かくなるはずですので。
私の人生初の教導運転士は、3日であえなく終わりを遂げました。昨日の新人運転士がとてもお話し好きで、話にを受け答えして運転しておりましたら停車場に寄り過ぎて、高い標識にバスをこすってしまいました。とんだ見本になってしまった訳です。
参ったな〜、気持ちを切り替えないとと思っていたら今度は、乗車カードで乗って来たベトナム人「実習生」が、乗車定数を越えて乗って来たのでございます。定員オーバーは、違法なので乗せられないのです。許可を得ているのに乗れないのはかわいそうですね。
代替え輸送はできないのか?会社の点呼に連絡しても「乗せないで下さい。」と言うだけ。仕方が無いので担当役員に電話して「乗れなかった人数を相手企業に連絡しますので、自転車で行く様に言って下さい。」との事。つまり遅刻しても大丈夫と言う保証ができたので、その様に説明して降りて頂きました。その間約10分の延発になり、行き先が違う第2便での出迎えが遅れてしまいました。
なんて言うか散々の朝になったのでございます。帰庫してから、バスの接触について報告すると「教導は任せられません。」との事。新人教育で、負の教えを見せてしまったのですから会社としては当然の事だと思います。
落ち込みながらも、新人運転士の運転を見て課題だと思った事をアドバイスしながら最後の停留所に到着。終わったと思ったら降りない人がいる。聞くと「駅には行かないのですか?」と言う。「え~っ。乗るバスが違います。」と言いながら、どうするか考える。
バスで送るのは行路と時間が変わるのでできません。回送ルートに駅行きの路線バス停がある事を思い出し、バス停を案内して降ろしました。
新人さんに取っては、運転だけでなく色んなトラブルがある事や対処の仕方を見せた訳です。まあ、会社の方はバスを擦った事の事実の方が大きい。
やはり、厳しい仕事なのでございます。
今日は決まっておりましたので、新人運転士が付いております。明日は予定外の休みになり、別の運転士が新人教育をする事になっておりました。
そんな中で朝点呼が終わると「辻川さん。○○の車止めを忘れましたね。気をつけて下さい。」と言う。「それは私じゃありませんよ。別の新人研修で使ってますよ。」と言うと「じゃあ、その様に言っておいて下さい。」と言う。
はあ〜?出庫時間があるので、そこで反論しませんでしたが、やはりおかしい。帰庫後の点呼を終えてから「自分のミスなら潔く謝ります。しかし、自分がやってない事で注意され、しかもミスした人に言っておけっておかしくないですか?」と聞きました。「注意して欲しいと言っただけです。」と何だかごまかす。運転士の方はごまかしの利かない仕事を毎日しているのです。「違うでしょう。ミスした人に言っておけと私に言いましたよね?誰に言うのですか?それは私の責任なんですか?」と聞くと「いつも乗っている車両だから辻川さんに違いないと思った私のミスです。」と言う。しかし、謝らないのです。
あ〜日頃運転士の気持ちが分かるみたいな事を言いながら、所詮自己保身だったのかって、分かってしまった瞬間でした。
気持ち的に弱っていたのですが、曖昧にしたら運転士としての自分が終わる。そんな思いでしたが、同僚に話すと「そんな筋の通らない事は怒鳴って良いんだ。俺達がミスした時は謝らせるくせに。ふざけるな!って事だよ。」と一緒に憤慨して下さいました。
あ〜、自分のミスにめちゃ落ち込んでいる時に、さらにいわれなき責め。お陰様で先輩同僚たちがどんな思いをしながバス運転士をして来たのか。その気持ちが分かりました。
指導を外されて、初めての指導の経験と共に「俺はようやくバス運転士の一員になった様だな。」と実感した次第です。
(腹を温めるために韓国料理を食べに行き「マンドゥック」餃子スープを頂きました。550円、働く人の味方のめちゃ旨朝食でした。)
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2025/04/03 16:03
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心の灯火(ともしび)
バス運転士になりたての頃、一人暮らしをしながら筑西市のバス車庫に通っておりました。冬の朝5時に出て、約1時間。真っ暗な田舎道を走っていて、バス車庫の灯りが見えると「あー同僚たちがいる」とホッとした記憶がありました。
息子が死に、元妻と別れ、他の息子が私を憎み、孫にも会えなくなり、土地勘が全くないところでのバス運転士のスタートでした。
傷心の私にとって真っ暗の中の灯は、希望の光の様であり、人の温かみを感じる灯火であった様に思います。
その職場の人たちの、温かさや何気なく可笑しいやり取りに包まれ、昼間は野道を散歩しておりました。
スクールバスに乗って四季の移ろいを感じながら「糸巻きの歌」や色んな歌を介助人さんと一緒に歌う子どもたちの姿にも、どれほど癒されたかわかりません。
ある日、激しい兄弟ケンカをしたのか小学生の弟さんの顔に傷がありました。ケンカはバスの中でも収まらず、後からバスに乗って来た弟に、お姉ちゃんが通せんぼをして蹴ろうとします。
しょうが無いので私が止めましたら、怒って私に蹴ろうとしました。不自由な足なんですが、思いのほか力が強かったのを覚えています。
「あなたは関係ない。姉弟の間に入るな!」そう言う事なのかなって、ちょっと悲しくなりました。その日は歌も歌わなかったと思います。
しばらくすると、そのお姉ちゃんがなかなか渡せないとお母さんが二人の手紙を渡してくれました。
「運転士さんが大好きだよ。ず〜っとそばにいてください。」と言う内容でした。どんなにか嬉しかった事でしょうか。
バレンタインデーには、元JRの運転士さんだよって話していたのを覚えていて、お母さんから「二人からです」と電車のチョコレートも頂きました。
姉弟のケンカはそれからも激しく続いたのですが、あ〜そうやって気持ちをぶつけ合いながらお互いに無くてはならない関係なんだろうなって見れる様になり、笑いながら見ていられる様になりました。
自分の息子たちには、そんな気持ちのぶつかり合いを止めてしまったなって思いながらでした。
気持ちは押さえるものではなく、受け取るものなんだよなって。自分の心からの気持ちを押さえながら生きてしまったので、自分の子どもたちの気持ちも受け取れなかったのです。
(筑西市の散歩で撮ったたんぽぽです。どこにでも咲くのですが、やはり春の訪れと共に咲き出します。)
昨日「燈台草」の写真を掲載しましたら、知っておられる人からメッセージを頂きました。印象的な名前なので覚えていたそうです。
灯台と言うと私が思いだすのは
おいら岬の 灯台守は
妻と二人で 沖ゆく船の
無事を祈って
火をかざす 火をかざす
と言う昭和の歌です。
「喜びも悲しみも幾年月」と言う映画の主題歌なんですね。1957年(昭和32年)に当時で3億円も売り上げた大ヒット映画で、主題歌も大ヒットしたのです。
私が生まれた年なので、両親が好きで覚えたのだと思います。
今は有人灯台は無くなってしまった様ですが、昔は人が灯を守っていて全国を渡っていた。戦前、戦中、前後に渡る灯台守の夫婦の物語でした。
嵐や荒れた天候の日ほど、船が難破しない様に陸地の位置を灯台から知らせる事が、GPSが普及するまでは船乗りたちの命綱であったのだと思います。
人の命を守るために高くかざす灯火を夫婦で守り、子どもたちを育て、息子はケンカで死に、娘は結婚して旅立った。そして夫婦が「灯台守で良かった」と言いながら残る。
そんな物語でした。
私には、そんな夫婦が理想だったのかも知れませんが、現実はそうは上手く行かなかった様です。
それも時代の変化なのか、そもそも稀な事だからヒットしたのかも知れません。
でも、誰かが困ったり、辛かったりする時にホッと安心する様な灯火になれたら、それだけで生きていて良かったと思える様に思います。
ちょっと昔は、炎の様に激しく生きていたと思います。その様に照らされるべき人たちがおりました。
今は、灯火になれたらって思ったりします。
そのうちロウソクの火になるのでしょうし。
それでも人を照らし続ける事はできるのですから。
https://youtu.be/H9GIqaQ9PVI?si=fDdNNtm0rKO_fm94
今日は、朝の乗務後にミーティングがありました。フルタイムパートになって初めての事でした。なんだろうな?って思っていたら「ベテランの人は、新しい人たちを見守り、育てる役割を果たして欲しい。もう良いかなと思っているかもしれませんが。」と言う話しもありました。下手くそでヘマをやらせたら日本一のバス運転士の私の名前も、本当のプロの先輩方と共に上げて頂きました。恥ずかしいからと穴に入る事もできない事ってありますね。
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2025/04/02 15:55
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赤心慶福
いや~、今日は雨で真冬の様な寒さに逆戻りですね。みなさま構えてご無事でお過ごし下さい。
私の方も「春の珍事」。春休みでスクールバスがお休みなので、休みでない工場送迎バスの私に次々と見習い運転士が付いているのでございます。
国鉄分割民営化に反対して電車運転士を外されましたので、元電車運転士と言っても3年程度でございました。つまり、見習いが付いたなんて事は生まれて初めての事なのでございます。つまり、私の人生史上画期的出来事なのでございます。
(日曜日、桜川市高峰で「菜花」を売っているのを発見!小躍りしながら買って来ました。何と朝採り一袋100円でした。)
今日は、私と同じ様に全く違う畑から来た60才の運転士でした。私も62才にてバス運転士を目指しましたので、大切さが分かる気が致します。バックが苦手と言うのも同じなんですね。何しろ大きいのですから。
昨日大型バスの運転練習をして「早速バックで擦ってしまい、厳しく叱られました。」と言うので「ベテランや大型トラックを運転して来た人と同じにできなくても当たり前なんです。見えない時は、そのまま行かず切り替えしてバスを真っ直ぐに立て直した方が良いと思います。ぶつけるよりもはるかに気持ちは楽ですよ。」ってアドバイスさせて頂きました。ベテランのみなさんは、私が下手くそなのを知っているので、いじりながら助けてくれるんですから。
(早速お浸しにして頂きました。昔自分で育てた菜の花の香りと甘みには敵いませんが、美味しく頂きました。)
実際に私が先に実走(お客さまを乗せて走る事)で運転して見せて、次に回送を運転して頂きました。クラッチのつなぎとブレーキが急過ぎてガックンガックン致しました。「うーん。慌てずにクラッチは柔らかくつなぎ、ブレーキも柔らかく踏んで止まれる様に減速して下さい。お客さまが不快に感じますよ。」「今のはダメです。」「そうそう、今の感じです。」とちょっと厳しくアドバイスさせて頂きました。「あの人はダメだ。」みたいな話しは聞いたのですが「何がダメなのかは言われなかったのかな〜?」なんて思いながらです。
何せ年下とは言え同じ60才の挑戦を始めた人ですから、私にだって伝えるべき事と伝える人があったと言う訳です。下手くその先輩だから伝えられる事があるのを「大」発見したのでございます。
(珍しい形の雑草にも出会いました、「燈台草」と言う名前なんですね。実は、友情と誠実さを表しているとして愛されて来た歴史があるそうです。)
勝海舟の「氷川清話」に触れた本に日本人は「赤心」を忘れてしまっているとの記述がありました。
「赤心」って何だ?
調べて見ました。
「赤心慶福」と言う四字熟語から来ていて、赤ちゃんのような真心で自分や他人の幸せを喜ぶこと、とありました。
それを短くしたのが伊勢の「赤福」なんですね。知りませんでした。
元々は、中国で一旦滅亡した王朝を立て直した光武帝の逸話から生まれた言葉でした。後漢書と言う本に残されているのです。
「漢委奴国王」と言う歴史の教科書に出て来る金印。あれを贈った皇帝なんですね。
「志ある者は事ついに成る」という言葉も残し、堅い志を持つ者は、困難や挫折があっても必ず乗り越えて、最後には成し遂げるとも言っております。
うーん。赤ちゃんの様な真心で他人の幸せを喜び、自分の幸せを喜ぶ。同時に堅い志を持ちなさいって人生の皇帝になる道なんじゃないか?
そんな事を考えております。人にアドバイスする事も赤心からその人の幸せを思っての事なの?が問われている様に思います。同時に運転士としての、人としての志が問われる。
何事でも同じ様に思います。
あ~赤福が食べたくなって来ました。
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2025/04/01 13:10
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風景にも出会います。
昨日は、せっかく天気の日曜日なので春を見つけにちょっとドライブに行きました。
ここに行けば、菜の花が映えるだろうなって思いましたらやっぱりでした。
土浦市の山の方にある「小町の里」近くです。小さな川が流れる辺りです。
川の名は何と「天の川」みたいです。
きっと明かりが少ないので星空も良く見えるのでしょう。
小町の里から朝日トンネルを抜けると旧八郷町のステキな里山の風景が広がります。バイカーも走っていましたが、きっと気持ち良いだろうなと思いました。私も窓を開けて風に当たりました。
さらに旧岩瀬町だった桜川市へ。
途中、見たいと思っていた「大覚寺」に寄りました。
親鸞ゆかりの真宗のお寺です。
真宗は、親鸞の弟子蓮如が開いた浄土真宗のルーツなんですね。父と私は富山生まれ。北陸は浄土真宗(一向宗)が大半で、信長に攻められるまでは100年以上に渡る強い共同体を作っていた歴史があるそうです。つまり、私にも縁があると言う事になります。
親鸞が説法したと言う石がありました。
信者を奪われた山伏が、親鸞殺害を狙って来て逆に弟子になったとの言われがある様です。
茅葺き屋根の古い庵があり、趣きのある日本庭園もありました。
京都にある桂離宮を模して作られたとの事で、どの角度から見ても裏が無い事から「裏見なしの庭」と言われているとの事です。
両親を常陸大子にある「月待の滝」(別名裏見の滝)に連れて行った時に、母が父に「うらみます」と言ったのを思い出しました。父は聞こえないフリをしていました。
今度は母を連れて来て「うらみなし」にできたら良いかも知れない、なんて一人で笑ってしまいました。
そして目的地は、旧岩瀬町羽黒にある高峰の棚田と山桜でした。
残念ながら山桜もこれからでした。
しかし、棚田にも映る山桜を見る事ができました。
かなり大きめの棚田でしたが、とても手入れが行き届いていて綺麗でした。周りがしっかり刈り込まれています。
棚田脇の農家のお庭もとても綺麗で風情がありました。植木にもちゃんと職人さんの手が入っておりました。植えている位置も背景をちゃんと考えてありました。見に来る人に楽しんでもらいたいと言う思いを感じます。
お昼は、棚田脇にある農家の菊池さんカフェで棚田米と赤飯のおにぎり。それから「無農薬で美味しいよ」とお勧めの草餅に致しました。
棚田脇のテーブルで山に向かいながら味あわせて頂きました。
私が美味しいと感動した筑波山麓の北条米・小田米が基準なんですが、同じ山の麓でもこうも違うのかって感じでした。
高峰棚田米の方は、甘みを抑えた無骨で強い感じがしました。草餅も、ヨモギも含めて食感が強いのです。こちらの人たちの好みなのかも知れません。
同じ茨城でも全然違う事を実感致しました。ちなみに、方言も微妙に違う事も知っておりましたので水戸とは違う文化圏だったのだと思います。ちょっと筑波に近いかも知れません。
何気にこちらでは雑草伸び放題ではなく、あちこちが綺麗に刈り込まれています。綺麗に住んでいるお宅も目立ちます。なので廃屋だらけで「終わってる」と言う感じがしません。
山桜が満開なら、こんな風に見えるのですね。素晴らしい風景だと思います。住む人たちが綺麗にしているからこそ一層映える様に思います。
初めて訪ねましたが、茨城にもまだまだ魅力があるのを私たち自身が知らないだけかも知れません。
心から見て味わおうとしなければ、人も風景も通り過ぎるだけの様に思います。
今生きてある事自体が奇跡の様なのに、駆け足人生でもったいない事ばかりしてきたなって思いました。人だけでなく風景にも出会い直しています。
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2025/03/31 14:13
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心の出会い直し
一旦20度超えをした気温が下がり、昨日はとても寒く感じました。でも、開花し始めた桜がその分長く楽しめますね。
私の担当コースで土曜日出勤の良いところは、夜が2便目までで乗客がいなければ1時間早く帰庫できる事です。
ところが昨晩は、走行途中から排気ガス浄化装置(DPF)のランプが点滅。
点滅した時はバスを停車した状態でマフラーに詰まったカーボンを強制的に焼かないとなりません。そのまま50キロ以上走ると時速20キロくらいしか速度がでなくなってしまいます。
仕方が無いので帰庫してからやったのですが、いつまで経っても消えてくれません。
昨晩同じ工場送迎の大型バス担当だった年下の先輩同僚が、気にかけて見に来てくれました。
ただでさえあ〜あってところに、突然運転席脇の非常ベルまで鳴り出して困っていたところでした。非常口のカバーが開けられると鳴る事は知っていたので、カバーを点検しても異常が見えず「訳が分かんないな。」って感じでした。
(昨年植えた庭の小さなレンギョウも咲き出しました。)
その先輩に「困ってます。」と相談しましたら、非常口の取っ手カバーを外しカバーをした時に押されるスイッチを押しました。「あ〜、スイッチが押しても固くなって押せないんだ。」と何回か押していたらベル音が止まりました。
そして「前にも経験があったから。」と言います。私にも子どもにいたずらされた経験があるのですが、深さの違いをしっかり感じました。
DPFの方も、「アイドル回転数が600程度だと低すぎるな。1000くらい無いと焼き切れないはずだよ。」と言ってあれこれやって見てくれました。
そして「乗用車だけでなく、ディーゼルのバスだって技術改良すればこんな面倒な事をしなくて済むはずだよ。政府が環境問題と言いながら、そう言うところにお金を掛けないのが問題なんだ。バスは必要で無くならないのにね。」と至極ごもっともなお話しをしました。
「寒いし、もうお帰りになって下さい。」と言っても「辻川さんだから、残業代もらえるし。」なんて言ってずっと付き合ってくれました。
結局1時間半かけてもダメで「点呼に頼むしか無いね。」となり、いつもより30分遅くまで付き合ってくれました。
(私が植えた南高梅の実が可愛く成っています。何気に哀しい感じも致します。)
そう紹介すると、とっても良い同僚って感じがすると思います。
でも実は、あちこちでぶつかってしまう人なんです。
初めて見たのは、別の同僚に怒鳴っているところでした。次は、工場の送迎をやっている他社のバス運転手との衝突です。「辻川さん、スジの通らない奴だ!やっても良いか?」と私に同意を求めて来ました。なだめるのが大変で、2度目にぶつかった時にはもう止められず、怒鳴り込んで行きました。後で他社の運転手さんには謝りに行きました。私が頭を深く下げると相手の運転手さんもニコニコしてくれました。
ほんのちょっとの事で、お互い様だと思うのですが自分の気持ちにストレートな人なんですね。ぶつかるって、心から通じたいって事の現れでもあると彼を見ながら思いました。
つまり、自分に正直に生きて来た人なのだと思います。だかや、決まりや自分のルールで人を見る人には実に厄介な人と言う事になる訳です。
(私が2年前の初秋に散歩して、気に止まった集落がございます。共同で地下水の井戸を管理しておりました。公共水道を引く条件が、古くからの共同管理組合を解散する事だそうです。そうやって古くからの共同性を解体するのです。いまだに維持している事に感銘を受けました。ステキな集落です。心の友になってくれた人の故郷だと分かり驚きました。)
自分の災難よりも「辻川さんだから放ってはおけない。」とあれこれやってくれながら、帰ろうとしない彼の心の深さに出会った事の方が忘れ得ぬ記憶になった夜でございます。
人は、会ったから出会ったと言う訳ではなく、何度も出会い直すのですね。そうして、絆を強めて行く。他の誰でもないあなたと私の絆です。
それを感じられるかどうかは、やはり心を受ける自分の心次第なのだと改めて感じた次第です。
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2025/03/30 07:49
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