辻川慎一つくば便り
Home
確かな足跡は人の中に残る。
昨日私は、時代を共に生き、共に困難を乗り越えて来たJR時代の仲間たちが守り続けている労働組合「動労水戸」の新年旗開きに参加して来ました。
JRの理不尽さに折れずに自分を貫き、去ってから8年の激変があり、しかし変わらず元気な後輩たちの近況話を静かに聞いておりました。
お酒が入り興が乗って来ましたら、先ずは木村委員長から現在の動きと彼の考え方を語ってくれました。自分たちがやって来た事が、今も確かに生きてさらに下の世代も頑張っている。そこに希望がある。俺たちは終わってはいない。
そう言うお話しでした。真摯で誠実で仲間思いを貫いて委員長を引き受けて来た木村委員長そのものが、私に取っても確かな希望である事を改めて感じました。
(「二次会」への誘いがありましたが、母が心配するので最終バスに間に合う様に19時には退席させて頂きました。JR勝田駅前にはイルミネーションがございました。)
他の仲間たち、特に勝田車両センターで最後の8年間を共に過ごした後輩たちが「辻さんがいた時は、夢の様に最高に楽しい日々だった。」と言ってくれました。私と一緒に車両センターで働くと言う事自体が夢の様だった。
仲間たちと25年間鉄道職場から隔離され「みんなのところに必ず戻る」と言う一念で闘い抜いた事の勝利として、それはありました。
つまりお互いの心からの宿願を成し遂げた事への喜びがありました。それぞれの苦労や悔しさがたくさんあったからこその喜びなんですね。
そんな事のために25年間も折れずに生きた仲間たちがいる事自体が奇跡の様に思います。
(最終バスに間に合うと、やはり見るのは運転席と運転士。やはり上手いな〜と感心しながらも「左折の速度が速い気がする」とか研修指導員みたいに見てしまう私がおります。)
運転士を目指していたのに20年近く売店などの関連事業をたらい回しされた仲間たち。鉄道職場に残っても、動労水戸組合員だと言うだけで最下位職に置かれた仲間たち。その仲間たちの思いを胸にして立ちぬいた私でございました。
そして、その差別の不当さが最高裁まで認定される事で、私自身の帰還も実現致しました。
それから8年間魔神の様になって闘い、みんながそれについてきてくれました。
小なりとは言え、外注化反対闘争、被ばく労働拒否闘争を職場から闘う事で所属組合が違う青年たちの心を確かに揺り動かしました。
その足跡と言うのは、何よりもそれを見て、感じた青年(後輩)たちの心に確かに残っている。
その事を木村委員長をはじめ仲間たちが、私に伝えてくれました。
何よりも我が後輩たちが、人として失礼でない事を誇りに思いました。
組合事務所は、国鉄時代からの古い建物ですが、和式トイレがピカピカに磨かれておりました。
木村委員長自らが、綺麗に磨いているのです。
こう言うリーダーが率いる労働組合は、終わらない。確かな足跡をその後輩たちに残すのです。
集まった大切な仲間たち一人一人をハグして、無事に帰らねばと気を付けながら帰りました。
仲間たちの思いを、私が台無しにしてはならないと自分に言い聞かせながらです。
古希の年は、やはり福に満ちたスタートでございます。
https://youtu.be/MegEm3hRXTI?si=JXajlyYgNCj9Rj1l
未選択
2026/01/11 03:41
0
あれは何だったのだろうか?
正月明けの仕事は、研修「指導」の日々で幕を明け、今日からまた有難い三連休でございます。
ベジタリアンではありませんが、朝食は刻み生春菊、自家製ぬか漬け、ほうれん草のお味噌汁に黒米ともち麦入りご飯に致しました。ぬか床が生き続けてくれて、美味しく感動的です。
サマハンティーも早速頂きました。身体がじ~んと温まり良い感じがします。
昨日の午後、子どもたちを送るために学校に着きましたら朝ケンカをしていた子どもたちが私の顔を見てにっこりしながらお辞儀しました。私も笑顔で返して「仲直りしたかい?」と尋ねたら「謝っても分からないから。」との答え。まあ、事情は良く分からないので「そうか。」と返しました。バス停で降ろして心配しながら見ていたら、何事も無かった様に会話している様子に安心して発車した次第です。どうも大人の様には引きずらないところも、生命力なのかな〜なんて思いました。
どうも大人の方が、あれやこれやと考えて引きずってしまいますね。終わりが近付いている事を知っているのに。それとも、誰しもに終わりがある事を見ない様にしているのか?
今日は、私が初代委員長を務めたJRの労働組合「動労水戸」の旗開きに参列致します。
私がJRを去ってから色々と揉めたりしておりましたが、後輩たちが踏ん張って旗と組合事務所を守り続けております。
少なからぬ人の心を揺り動かしながら、国鉄分割民営化以来40年間闘い抜いて来た労働組合です。
国鉄が付いているのは、懐古趣味ではなく国鉄時代に結成した労働組合だからです。動力車と言うのは、機関車の事で力強くみんなを牽引していく労働組合と言う意味を象徴しております。職場にある個々の不平不満でなく、みんなのために一つになって闘うと言う意味であり、個別の利害を考える人たちは去って行きました。
私は、仲間たちのために闘う労働組合運動を展開したいと考えて奮闘しておりました。仲間と言うのは、職場の仲間と言うだけでなく働く全ての人やいわれなき差別・迫害を受けている人も含みました。だから色んな人との関係もありました。その人たちとつながらないで、世の中を良い方向には変えられないと言う信念がありました。
ところが、それが組織間のつながりになるとそれぞれの組織の利害で成立する事になる。激しい時代の変化で、そう言うあり方を守ろうとする事が通用しなくなってしまった。なのに古いあり方を守ろうとするので「革新」と言うのが実は「保守」になっている。
そんなパラドックスの歴史を見て来たのです。
人そのものも同じです。革新的で立派な事を言う自分を守ろうとする人は、実は保守的なので現実に通用しない。
あれは何だったのかと言うのは、私に取って労働組合や政治党派、そして家族の事を含めての根本的問いなのでございます。
その上で、私の生き方や信念においては懸命に働く人、いわれなき差別や迫害の中で懸命に生きる人は仲間であると思う事にいささかの変わりもありません。
バスの運転士をしながら、虚しい気持ちと向き合い、自分の心に問いながらそれを貫いております。
自分だけ、自分たちだけしか見えないと保守的になり、時代には通用しなくなる。「燎原の火」にはならない。それだけは経験的に分かった事です。
子どもたちを叱りながら、後輩たちにアドバイスしながら、そして人としての信頼を受けながら「虚しい」なんて事を言ったら失礼になる。例え少しでも希望の灯火であるかも知れないのですから。
本当のどん底を経験している人たちに取ってのです。私などまだまだ人として甘いと思っております。なのでもう「虚しい」などとは決して言いません。
未選択
2026/01/10 08:05
0
いつも笑顔ながら時に一喝もある。
今日は、外国人の青年運転士の研修「指導」担当をしながら小学校のスクールバス担当でございます。指導とは言っても老眼で良く見えないのをサポートしてもらったりと、どうも助けてもらう方が多いので優秀な助士と一緒と言う感じが致します。
停留所の一つが近付いて来ると、どうも子どもたちが取っ組み合いをしておりました。添乗員さんも見て「本気でやっている。」と言うのでクラクションを鳴らす。しかし、バスに乗ってからも止まらないので「ケンカをやめろ!バスを降ろすぞ!」と私が大きな声で言いましたら、たちまち静まりました。
車内の安全の責任は運転士にあるのでございますが、一喝して収まるところが可愛いと思いました。(愛情のある)怖い人の存在と言うのは人の社会には大事なことなんだと、改めて思った次第でございます。
青年運転士もそれを見ておりましたので、別の指導になったのかも知れません。
会社の幹部からの彼への、愛情あるプレゼントの一つを私にとくれました。
インドで5000年以上の歴史を持つ「生命科学」を意味する伝統医療のアーユルヴェーダに基づくハーブティーでございました。
「良いのかい?こう言うの好きなんだよ。ありがとう!」と言って、幹部の彼への思いと一緒に有り難く頂きました。
朝乗務が終わり、運転したマイクロバスのオイルとフィルターの交換作業をしました。人気ものの彼のために、この日スクールバスで一緒の「長老」たちも助けに集まる。それぞれが手を出し、口を出して楽しく作業が行われました。私ももちろんいち早くつなぎに着替えて、青年と一緒に床下に潜り一緒に作業しました。私に経験と知恵はあっても、知識とパワーは青年にあります。寒くはありましたが、若者と高齢者で和気あいあいと愉しい仕事になりました。
古くて新しい、高齢者と若者の連帯とつながりがそこにはありました。外国人の青年の方も、そんな高齢者が好きである事をしっかりと感じた次第でございます。
昔「愛があれば年の差なんて」と言う歌もありましたね。古くてすみません。
(いやぁ〜、たくさんの生薬やハーブで作られている「サマハン」と言う飲みものでした。)
昨日研修指導した60才になる方に対する他の指導での指摘時頃を見せながら「辻川さんはどう思いますか?」と担当管理職に相談されて「私と同じなんですね。」と答えながら、どうすれば良いのか?何が課題なのかを考えました。
御本人から、以前は労働組合の会計担当までされていたと聞いていたので几帳面な人だとは感じて来ました。なので運転に対しても几帳面なのだよなと考えました。全ての作業を何度も確認しながら、手も気も抜かずにやる人なんですね。
そしてミスをしてしまうのが必ず終盤に来る事を思い返しました。
そうすると必要なのは、運転の合間に一息入れられる様にする事じゃないか?他の運転士さんたちも、緊張を緩める間を作る事を大切にしている事も思い出しました。
つまり彼に本当に必要なのも、意識的にインターバルを取る事ではないか?
そんな結論に行き着いて、今朝はそれを伝えに行きました。技術的な事は、前向きであれば慣れると共に解決して行くと思っております。同時に大切なのは、心と身体の維持の仕方であると言うのが私自身の経験なんです。
分かって頂けたかは分かりませんが、明るい顔をしながら「ありがとうございます。」と言ってくれました。
長老は、良く考えて、一息置きながら言葉を発信しなければならない。そう言う社会的立場にあるのだと思います。必要なら時には、愛情をもって一喝しながら。
つまらない人気取りではなく、本当に相手のためかを自分に問いながら自らも成長していけるのが長老なのかなと思う次第です。
未選択
2026/01/09 11:41
0
古希の巡り合い
たぶん他の人には無い、いくつもの人生を生きて来ました。それぞれを精一杯生きたと思う。そして、一人になると「あれは一体何だったのだろうか?」と虚しさがこみ上げて来ます。悩み、笑い合い、深く悲しみ、一生分くらい泣きました。
亡くなった息子を思いながら、人に対して失礼な人生を歩んで来たと反省し、失礼の無い様に生きる事を心掛ける様にして来ました。
しかし、お世話になって来た人たちにはとても失礼なのですが、一人になるとどうしようもなく虚しい気持ちになります。
そんな日々の中、昨日運転研修を担当した一回り年下の新入社員の方とお話しをしておりました。
最初に私を「いつも笑顔で、イギリスの紳士の様に思っていた。」と言ってくれた人です。
聞けばいくつもの仕事をされて来て、苦労をされて来た。凄い人であり人生であったと思いました。一つ一つの仕事を単にやり過ごして来たのでなく、それが今にしっかり生きている人だなと、仕事ぶりを見ながら、会話しながら感じる人です。
しかし、家族のためにと時代的困難を乗り越えて寝食を忘れる様に働き続けて、しかし連れ合いがそれに感謝する事は無かった。
新たな人生を求めて、つくばに来られて一人生きている方でした。
(WindowsもMacintoshも使えてパソコンで写真編集の仕事をしたり、「海コン」と言う大きな海上輸送用コンテナのトレーラーの運転もされたとの事で大型バスの運転も難なくこなせる人です。)
そんな境遇をお聞きして「実は私も2度目の離婚を昨年4月にしたばかりです。」と伝えましあら「おめでとうございます!」と言うのです。そんな反応をしてくれる人は、初めてでした。驚きながらも、心から言っている事が分かりました。
それくらい彼に取っては重く、辛い結婚生活だったのだと私には分かりました。そして「つくばに来て良かった。ようやく一人になれた。これからは、例え孤独死しても自分のために生きたい。」と言います。それでも一人で部屋にいると虚しくなり、涙がこみ上げて来る。」と言うのです。
私には、その気持ちが分かりました。生きて来たところは違っても私と同じじゃないか。そう感じて運転席に座る彼の肩を思わず抱いてしまいました。
私の話しも心から受け止められる人でした。話が合うと言うより気持ちが合うのです。
「2度の離婚ですか。私の人生の大先輩に会えました。偶然なんかじゃありませんね。こちらに来て本当に良かった。」と言います。しかし、私の方も彼の考え方や姿勢に学びながら、深いところで力をもらっていると感じました。
先輩後輩とかより、苦難に耐えながら生きて来た同性の心の友だちに巡り合った。
偶然と言うよりも、引き寄せ合った様に思いました。
その人も笑顔を絶やさない方です。絶やさぬ笑顔の裏には、辛かった事や深い悲しみがある。お互いに分かり合える笑顔だった。「私は、息子を亡くして一生分泣いたから、泣くのは止めて笑う様にしています。」と言う言葉もぐーっと受け止めて「それは、とても辛い事です。」と返してくれました。彼もまた、どん底の様な経験を経ているから分かる。お互いに、どん底を経験しているからこそ分かり合える友だち。
あ~、若い頃の巡り合いとは違う様々な経験を重ねた後の「古希の巡り合い」と言うのがあるのですね。お互いに自分一人では無かったと、深く感じる瞬間であったと思います。
勝海舟風に言うと「知己を得る」と言う感じかも知れません。
どうもやっぱり「左様なら」とは言っておられない。やっぱり力を頂いた私がおります。有り難く、深く大切な友人がまた一人出来た新年「松の内」でございました。
未選択
2026/01/08 13:30
0
薄氷が割れたらそれで左様なら
どうもフラツキが酷い。自律神経ばかりでなく血圧が高い様です。喫煙も良くない様です。
ガンのリスクばかり強調されますが、高血圧から脳卒中の方が大変かとも思います。何しろ身体の制御が効かないまま、生きなければならないのですから。
参ったなと思いつつ「薄氷が割れたらそれで左様なら」なんて「句」が浮かんで来る呑気さであります。ずっとそんな人生でございました。今生きているのが、自分でも不思議なくらいです。
しかし、両親をちゃんと送る仕事が残っております。それに調子が悪かろうと、お世話になって来た人たちに失礼があってはならない。
なので、やはり薄氷も気を付けながら渡り続けるしかありません。
割れてしまったら左様ならは今までと変わらないのですが、年相応に凌がないといけないなと思います。
歯医者くらいしか掛かった事がありませんが、病院に行く必要を感じております。
今日7日で正月明け。私の無事を祈って下さる方が、七草をプレゼントしてくれました。
小粥を炊く時間がありませんので、お味噌汁に入れさせて頂きました。ほろ苦さが良い感じでした。
そんな中今日は、貸し切り部門の新年ミーティングでした。今日明日は大丈夫だが、さらに先を見た改革に入るとの事。その具体的柱が5S。整理・整頓・清掃・清潔・躾と言う古くからの運動を根付かせながら社風を築きたいとの事でした。受け身で考えるから抵抗がある訳ですが、私は今だからこそ大切な考え方だと思います。
日本人は、神さまでまとまるのではなく清掃する事で心を耕しまとまる民なのですから。心が荒廃すると片付けられなくなると言うのも真実だと思います。
とは言えミーティングが終わったのが12時半。夕方から再出勤なので、ちょっと辛いミーティングでもありました。
しかし、それでも動ずる事なく失礼の無い様にと自分を立て直しております。
同僚から鳩サブレを頂いたり、自分で突いたお餅を頂いたりしました。有難いです。
今日は大型バスで「見習い」の研修運転士がおります。その方が「辻川さんは、英国の紳士みたいだと思っておりました。」なんて言ってくれました。
そんなに立派な服は着ていませんので、印象を伝えてくれたのかも知れません。
この会社では新人であっても、別の世界を懸命に生き抜いて来た方ですのでやはり失礼が無い様にと接しております。
左様ならは、それならばと言う言葉なので本当は「失礼します。」が付くのですね。
失礼しない様に心掛けないといけません。
未選択
2026/01/07 14:27
0
前のページ
Home
次のページ
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
カテゴリー
未選択(1607)
最新記事
確かな足跡は人の中に残る。
(01/11)
あれは何だったのだろうか?
(01/10)
いつも笑顔ながら時に一喝もある。
(01/09)
古希の巡り合い
(01/08)
薄氷が割れたらそれで左様なら
(01/07)
RSS
RSS 0.91
RSS 1.0
RSS 2.0
リンク
管理画面
新しい記事を書く
P R
ページトップ