辻川慎一つくば便り
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塩と自分の再発見
また新しい1週間の始まりです。
月曜日の今日は、大型バス担当でございます。
明るい昼間は何とかなるとして、夜間ラッシュを無事に切り抜けられるのか自信はありません。とにかく心を静めながら、神経を集中するしか無いと思っております。自らお願いした68才の挑戦でございますので、やるしか無いのでございます。
さて、土日のお休みは夏物の片付けをしながら家の補修をして、友人に料理を振る舞ったりしておりました。
友人が絶賛してくれた、タラのフライとタルタルソースのサンドイッチ。
友人が帰った後に自分でも食べて見ましたら、タラのフライは何だか宝石の様な美味しさでした。初挑戦のタルタルソースがめちゃ合いました。
友人が「バスの運転士をやってる場合じゃないくらいの美味しさですよ!」って絶賛してくれましたが、自分でも信じられないミラクルな出来でございました。
友人が大切に味わってくれた意味が、自分でも分かりました。パクパク食べる様な料理ではありませんでした。
生のタラを切ってから、塩をして、ペーパータオルで水分を取る。その手間で別物になる。カラッと揚げられて、食感も味も引き締まる。自分で作りながら発見するのです。
タルタルソースも「どうして、こんなにきっちり味が決まるのでしょう!」と言って頂いたくらいの出来でした。
日曜日には、レンコンのきんぴらに挑戦。ゴボウのきんぴらが上出来だったのでやって見る事にしました。
レンコンだけでなくゴボウ、ニンジン、ミンチ肉も使うオリジナルきんぴらです。庭のまだ青い唐辛子もアクセントに使いました。
味見をしましたら、やっぱり凄く美味い!
一人で食べるのがもったいないので、再び友人をランチに誘いました。
こちらは私の夕食ですが、レンコンきんぴらだけだと寂しいかなとポテトサラダも作って食べて頂きました。
どちらも大絶賛して頂きました。ポテトサラダも2度目になりましたので、前回からさらに改良しました。切ったキュウリとタマネギに塩をしてから少し置いて洗い、水を切る。すると見事に食感が締まるのです。それから酢を入れ味にアクセントを付けて見ました。
いやぁ大成功なんですね。
めちゃくちゃ喜んで食べてくれました。
何だか分かって来ました。あれもこれもと背負いながら急ぎ過ぎて生きて来たから、自分は不器用なんだなんて思って来た事です。
(友人から頂いたナスは、早速ぬか漬けに致しました。ここでも塩は大切な役割を果たしております。)
ようやく70才を前にして、静かに落ち着いて生きる事の大切さを学んでおります。
私は、どの人にも秘められた心や力があるのだと思います。
心が縛られていると、秘められた力も解放されない。そう言う関係かなと思います。
バスの運転だけに限りませんが、一番大切なのは見る事なんですね。ところが実際には見ている様で見えていない事ばかり。心を傾けながら見ないと見えないからの様に思います。
塩の役割を理屈で語れても、美味しいものが作れる訳ではありませんね。
「地の塩たれ」なんて言葉もありました。心と言う塩が無いと人の世と言うのは、味気ないのだと思います。
また一つ、欲しかった道具を増やしました。
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2025/10/20 14:18
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秋の静かな休日
さわやかな風があり、穏やかな秋の休日を過ごしております。
とはいえ、暗いうちから掃除や洗濯をして昔なら朝飯抜きで動いておりましたが、身体にも栄養補給をしなければと朝ごはんも作って食べました。
それから、痛んで来たフロアに専用ニスを塗り、鉢植えの世話をし、庭や通路を掃き、ようやく一息ついたところです。
妻を亡くして、何もできない高齢者が途方にくれて、世話をしてくれるパートナーを求めて婚活するなんて事も出ておりました。
今や高齢者の「出会い系」がたくさんあるのですね。まあ、それもご時世なのかも知れません。世話をしてくれるパートナー探しも、やっぱりお金がある人しかできない事なんだな〜と思ったりします。
私の方は、60代2度の離婚ですっからかんになり、かなり凝りてもおりますので、やっぱり自分でやるしか無いんですね。でも、その自由を結構楽しんでおります。
それも元気でないと出来なくなりますので、自分の心や身体に聴くと言う事をなるべく大切にしようと思っております。
同僚の告別式の引物「はいなん茶」。せっかくなので故人を偲びながら飲んで見ました。
以前ガイドをやられていた方に淹れて頂いたお茶が、めちゃ美味しかったので淹れ方を教えて頂いた事がありました。
しかし、緑茶の淹れ方は、やはりまだ上手く無い事を自覚致しました。
ところで、こんなところで作られているのですね。
絶景のお茶畑で作られておりました。
花や風景の美しさは、関心を向ければ分かりますね。
ところで、人に取って本当に美しいと言う事は、自分の人生とどう取り組んで来たにあると言われている人がおります。ごまかしは、否応なく出てしまうのだとも言っておりました。
う〜ん確かにと思います。お金で見かけを良くしたり、若く見せたりはできるけど、本当に美しいのは、どんな境遇であれ投げ出す事なくひたむきに取り組んでいる人の姿にあるのですね。
バスの運転って、実は自分の嫌な心との向き合いなんです。自分と向き合いながら人と向き合う。本当に、人生修行を積んでいる感じが致します。
傲慢になったり、舐めたり、自分の感情任せだったりすると必ずしっぺ返しが来る怖い仕事なんです。
ごまかしても、結局自分に帰って来る。
だからやっぱり自分の心に問いかけながら。
そしていかなる事が起きても、それを幸いとする。反省はするけれども、引きずる事はしない。引きずれば、抜け出せなくなってより悪い結果を招く。
この6年間に私が経験して来た事そのものでございます。
とすると、醜さも美しさも自分の中にあり、人もまた同じなのです。
だから、何があっても、どんなに大変でも自分の人生にひたむきに取り組んでいる人が美しい。
それを見れる自分もまた、ひたむきに生き様とする。
本当の達人同士は、競争したり、張り合ったりしない。お互いを認められるからなんですね。
(夏の名残りのグリーンカーテンの影もなかなか良い感じがします。)
恨む事も、嘆く事もせず。自分の人生と取り組み続けるしか無い様です。
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2025/10/18 12:31
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人は命を吹き込み輝かせる。
工場の送迎だと20時半帰宅ですが、小学校の送迎だと17時半頃には帰宅できます。
なんと言ってもまとまった睡眠時間が取れるので、回復できるのが有難いと思います。
ちょっと気持ちにも余裕ができます。工場送迎が始まった頃は、私しか知らなかったので毎日工場の送迎でした。その時に比べると、負担は軽くなりました。
昨晩のおつまみ兼の夕食です。採れたて春菊を買ってお浸しにしましたら絶品でございました。生でも食べられますので茹で時間は熱湯で10秒ほど。香りが立って素晴らしい味わいでございました。それと作り置きしてあったモツ煮を解凍して温めたものでございます。
今朝は6時出勤なので、20時半にはお布団に入りました。
音楽を聞きながらと思いましたら、どうも成長したモンステラの葉が垂れているのかどうしても気にかかりました。
柔らかな専用コードで葉を立てて見ました。
あまり直線的に上げ過ぎたかな〜と思いながら、時間も無いのでこの程度にする事に。
料理を毎日自分でする様になり、植物も育てながら、人って色んなものに命を吹き込んで輝かせようとして来たのかも知れないな〜なんて思いました。
美術館の絵を思い出して、色んな素材に対して自分なりの輝かせ方をしていたよな〜なんて思った訳です。
やっている事の根本は同じ。人が生きているって、自分の命を吹き込んで対象を輝かせる事に喜びを見出すんじゃないか?って、そんな事を思いながら眠りに付きました。
欲張りな私は、焼酎をチビチビやりながら本も読みました。
ちょうど著者がドイツのハンブルクに行った時の風景や印象を残したところでした。
ハンブルクって、私も行った事があるのでその時の光景に重なりました。
そして本には出ていないのですが、ハンブルクで食べた食べ物も思い出しました。
あちらのニシンを使ったサンドイッチが、めちゃくちゃ美味しかった事を思い出したの
です。
あちらで頂いたドイツの食べ物は、目からウロコが取れた感じで全て美味しかったのですが、一際思い出深いのが「ヘリング」と言われるサンドイッチでした。小麦が全然違う美味しさで、生で漬けたニシンが殊の外合います。
ハンブルクの港を眺めながら頂いた、思い出の食べ物でございます。
そうだ!今度は魚のサンドイッチに挑戦して見ようか。
そんな事も思いながら、夢の中に入りました。
朝の乗務と清掃が終わり、同僚たちの話しを親しく聞いて帰宅。
庭を見ましたら、まだまだたくさん成っているピーマンに驚き、秋に咲きだした花を見つけると何ともほっといたします。
ホトトギスも咲きだしました。
まあ、これからどうなる事か知れませんが、自然も人もものも、それから仕事も少しずつしかできませんが輝かせられたら良いな〜なんて思ったりします。
では、週末金曜日の夜乗務に行って参ります。
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2025/10/17 14:45
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一人の公園ランチタイム
都市部の夜間ラッシュアワーに、一人で大型バス運転に向き合う事2日間、昨晩は緊張が解けないためかなかなか寝付けませんでした。
20時半帰宅。昼間のうちに作っておいた「きんぴらゴボウ」で、焼酎のお湯割り三杯を頂き21時半には休みます。それから3時に起床する毎日です。
初挑戦のきんぴらゴボウでしたが、とても美味しくできて自分でも驚きました。
3時に起きて朝食とお弁当作り。今日は、有難い事に小学校の送迎指定でしたので久しぶりに公園ランチにする事にしました。
水出汁昆布に使ったあとの昆布で作った佃煮。納豆に乗せてあるのは、庭で採れた青じその実の醤油漬けです。それから自家製ピーマンの炒めもの。自家製ミョウガ入りお味噌汁。どれも美味しいと思います。
雨上がりの公園。
日本の公園は、2人掛けが多いですね。行った事はありませんが、フランスでは1人掛けだと本で読んだ事があります。
一人で憩いながら、一人で考える事を大事にしている様です。
どうも2人掛けやみんなが前提だと、一人でいるのが悪い事の様に思ってしまいますね。
でも家族や人を大切にできる人って、実は一人で生活できる人らしいですね。
誰かが側にいてくれる有難みが分かるので、家族や人のために自分に何ができるのかを考えられる。
コミュニケーションって、自分を基準に考えて通じないとか無視されるとか悩んだり致しますが、相手への贈り物(プレゼント)と言うのが本質なんですね。言葉や態度のプレゼントと言う訳です。
孤独を噛み締めながら、生活しているとそんな事を考えたり致します。
同僚たちに笑顔であいさつもしますし、良く話しも聞きますが、話しているところに無理には入らずに、一人でタバコを吸いながら空を見上げている時もあります。
無理に「仲間でなければならない」なんて事は無い。正論をぶつけ合うなんてのも、実は自分の感情を強いているばかり。
本当に必要な事は、懸命に生きている相手の存在を受け入れる事。その心の間であり、余裕の様に思います。
雨に濡れ赤く色づいたハナミズキが綺麗でした。
労働組合でも、政治党派でもたくさんの人と付き合いました。そればかりでなく外国人からヤクザ、障害を背負いながら生きる人にも友人がおりました。
どの人にも、先入観を持たず人としての礼儀を大切にして向き合って来たと思います。
(アベリアの花が咲いておりました。)
そして、一人になった。自分で生活をしながら、全てを見つめ直しております。
記憶の中から、消えないで残っているものの中に新しいはじまりがあると思うからです。
死でさえも、新しいはじまりなんですから初める事に遅いは無い様に思います。ただ若者たちとは同じでは無い。彼らの若さも、自分の老いも受け入れながら、贈れるものを考える。
それが大事な様に思います。
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2025/10/16 11:39
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身を守る術(すべ)
大型バスの研修を5日間、20時間以上走って「私にも行ける」と思っていたのですが昼間空いている時間でございました。夜間のラッシュアワーを走るのは別物でございます。
暗くて見えないので、やはりとても神経を使うのですが、確認点も多く、疲れて来ると見落としが出ます。ただのラッキーでしかないと、終わってから反省し落ち込みます。
皆さん年下ですが「良くやれているな〜」と改めて感心する訳ですが、聞けばやはり細かいミスが出てしまう様です。やはり簡単な仕事では無い事を改めて自覚し直しております。
やはりダメなのかな〜と、気持ちが落ち込みながら行きつけのJA直売店に野菜を見に寄りました。
花売り場に菊が出始めたのを発見して嬉しくなり見て見ました。いやぁ、信じられないくらいに安い上、生きが良い。
鉢は変えましたが、400円。いくつかの種類の中から選びました。
小さな鉢は、120円。
信じられないかも知れませんが、これで落ち込んだ気持ちが晴れて来る私なんですね。
それから朝なのに一袋だけ残っていた洋ナシも珍しいので買いました。
調べたらフランスから来た幻の洋ナシとの事で、本当は高いフルーツらしいのですが600円でした。
つごう1020円で、落ち込んでいたのが、幸せな気持ちにならせて頂いた訳でございます。
心の不思議ですね。
まあ何よりも心が通い合える人と過ごせる時間と言うのが、一番心の栄養になりますね。
花を眺めておりましたら、天井からスーッと糸を出しながらおりて来ました。無防備な奴だな〜と思いましたが、一人暮らしの相棒かよって何だか可愛いく思えました。
袋蜘蛛と言う名で、野外性の蜘蛛との事なので、そっと外に出して上げました。
子どもたちの身体の健康には気遣いますが、心の健康の方はどうも置いてきぼりの様に思います。
「みんな仲良く!」「友だち100人できたかな?」なんて言われる一方で「自分の素で生きろ!」みたいな事も言われますね。
でも、長い経験上ですがみんなと心が通い合うなんて事は無理なんです。
自分の素で生きろなんて、感情をむき出しにしたら嫌がられるか、叩かれるか。そして孤独になるばかりです。
おとなしい人は、友だちができない。みんなと仲良くできないと自分を責めて、だんだんと心が病んで行く。
そんな人がたくさんいて苦しんでいますね。
そんな事よりも、自分の心を守るために一番大切なのは、礼儀。つまりあいさつなんですね。
だから、子どもたちに教える一番大切な事は、自分の気持ちや感情に素直になれなんて事ではなく「礼儀正しくしなさい。」と言う事です。
力の無い弱い立場の子どもたちに素直な心で、仲良くしなさいなんてのは間違いだと思います。
知らない人に素なんか晒したら、何をされるか分からないし通用なんかしない。それが現実です。
心が本当に通じ合える人って、ほとんどいません。通じ合えると誤解している人はたくさんおりますが。
だから通じ合えたと感じる一瞬が、とても大切なのだと思います。
礼儀を知らなければ、そんな一瞬もやっては来ない。
礼儀と言うのは、相手を尊重していると言う意思表示。俺を分かれと言うのは、自己顕示。そんなのは、本当は誰にも分からないし分かるはずがないのです。
特別支援学校の先生が、バスに乗る時に先ず教える事が「運転士さんに、お願いしますとあいさつしなさい。」でした。
それは何かと言えば、あいさつが身を守る事で一番大切な事だよって教えだったと私は思っています。
みんなができる訳ではありません。だからこそ、教える。
本当は、みんな限りある命を精一杯生きなければならない同士。孤独な存在であるからこそ、みんな仲間だと言う事は、あいさつを通してしか成り立たない。
私が労働組合の活動を始めた頃から、あいさつをする事が大切である事を学んで来ました。
自分ばかりにこだわる人は、あいさつができません。まあ、そう言う人は強いのでしょう。
私は強く無いので、助けが必要なので微笑みながら相手をちゃんと見てあいさつする様にして来ました。
なので、弱い子どもたちにも身を守る術として、その事を伝えていかないとって思います。
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2025/10/15 13:32
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