辻川慎一つくば便り

失われしものの記憶。

昨日は、小学校の送迎でした。週一回ペースで、4つのルートを走りますので、同じ添乗員さんと乗るのは月一回あるかどうか。

それでも、私の顔を見るとニコニコして話しかけて下さる添乗員さんが多いのが嬉しい。

昨日の添乗員さんもしばらくぶりで一緒になりました。

小学校では、運動会が終わったばかり。「今の運動会は寂しいね。半日で終わりだもの。」と話しかけてくれました。「そうですね。親がお昼を作って来て、地域のイベントでしたよね。」と私。「そうそう、俺の母なんか着物を着て来たよ。そんな時くらいしか着物を着れなかったんだね。」と70代の添乗員さんが言う。

そんな話しをしながら、私の母も授業参観に着物を着て来たのを思い出しました。綺麗な母でした。

「今は着物を着る人がいなくなったね。」「そうですね。」なんて話しながら「お母さんは、お元気なんですか?」と尋ねると「最近亡くなったばかりなんだよ。97まで生きてね。こっちは70越えてるのになんだかんだと心配して、うるさいから早く逝ってくれないかななんて思った時もあるけど、いなくなると寂しいね。運転士さんのご両親は?」なんて、そんな話しを致しました。

二人で会話しながら、お互いに親の思い出の記憶をよみがえらせながら、心も通い合った様に思います。

私の母も、私に対しては子どものままで心配ばかりして、一緒にいる時はあーしろ、こーしろとうるさいので同じなんですね。

それが彼女たちの人生だった。子どものイベントでわざわざ着物を着て行くと言うのも、特別の思いが込められていた様に思い直しました。

どんな気持ちだったのでしょう。



実家を訪ねた時に「私が死んだらこれを着せてね。」と母がそのために用意してあった着物を見せてくれました。母の願いですから、私は「分かった。大丈夫だよ。」と返事をしたばかりです。母は嬉しそうにしておりました。


そんな事を思い出して、夕方母に電話をしました。「父さんがボケて来て困ったよ。病院に連れて行って、薬局に行ったらお薬手帳を病院に忘れたと言うので私が取りに行ったのだけど、結局自分のポケットにあったと言うんだよ。歩くのが大変なのに困ったもんだよ。ごめんね愚痴って。」と話す。「全然大丈夫だよ。大変だったね。」と相づちを打ちながら聞くと、何やら嬉しそうでした。

以前の私なら「何やってるの〜。」みたいに言ってしまったかも知れません。

今は、状況を想像しながら母の気持ちを考えて、決して否定などしない様になりました。

大変な苦労をしながら、子どもを守り、今は高齢なのに父の世話をしている。そんな母に分かった様な口を聞いて、気持ちを否定してはいけない。気持ちを受け止められるのは、私しかいない。そう思うから。


(今日のランチは、オリジナル麻婆茄子&ピーマンにしました。改善点はありますが、スープは飲み干してしまうくらい美味しく出来ました。)


一人になって生活すると言うのは、自分の感覚を鋭敏にするのだと思います。

一人孤独を感じるって大切な事だと思います。結局誰しもが、死ぬ時は一人で旅立つしかない。その哀しみが、ひたひたと迫ってきます。

そうすると、他者の哀しみにも敏感になる様に思います。

結局、正義だの正しい事なんてのは無い。それを振り回せば、人の心を失うだけでなく、大切な記憶も失う。そして、自分も人も見失うだけだと思います。やるべき事や言うべき事より、やってはいけない事、言ってはいけない事を考える方が大切なのだと思います。

今朝は、人間関係のストレスで体調を崩されている元上司から「辻川さんは、良い顔してるな〜。」ってしみじみと言われました。苦しい時、辛い時に見えるものがあるのだと思います。

苦しい記憶、辛い記憶も忘れてはならない。時々思い出した方が、懐かしい記憶がよみがえり輝いて来る様に思います。

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