辻川慎一つくば便り
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男やもめのカルテット(四重奏)
朝の気温はマイナス5℃。運転日報を記入する指が冷たくなり痺れました。何だかへなちょこな字になるのが、悔しい感じが致します。しかし、夜明け前が一番寒い様に、春遠からじでございます。
(朝乗務が終わり、清掃、チェーン装着テストをしてから病院に行きました。血圧を下げるソフトな薬を処方して頂き、ふと見ると厳冬の中で寒緋桜が咲いており嬉しくなりました。)
昨日は、バイオリンを弾く同僚のミニコンサートをわが家で開催致しました。20代、40代、50代、そして私が60代。離婚を求めて別居中の同僚と離婚歴2回の私を仲良く分けて「バツイチ会」となりました。
みなさん全く別の世界を生きて来たのでございますが、引き寄せられる様に同じ会社でバス運転士になり出会ったのです。
出会ったばかりなのですが、話しが尽きない。話題もどんどん変わって行きました。共通するのは、仕事の話しと結婚生活の苦労話し。その土台が共通するだけで理解し合える。そんな感じでございました。
コンサートの方も、イタリア製だと言うバイオリンの音色がとても響きました。練習に時間が取れないと言うのがとても勿体ない感じがしました。
予定では無かったのですが、私もちょっと緊張しながらギターの弾き語りを2曲だけ聞いて頂きました。
もう一人の方も楽器を持っていて、アパート住まいなので消音しながらやっているとの事でした。
なので、一緒にやれたら良いねと言う話しにもなりました。
(お茶をしながらの会にしましたので、パウンドケーキを焼いておきました。食べ物も素材のハーモニーだと思います。)
そう別々の色や音色を持っている者が、心を合わせ、リズムを合わせハーモニーを生み出す。それが聴く人の心も打つ。音楽の世界の素晴らしさですね。
合ったと感じる瞬間って、得も言われね喜びがあります。
そう、私も40年近く前に仲間たちとバンドを組んで演歌から、ニューミュージック、ロックまでやっておりました。下手なバンドではありましたが、それ故に合ったと感じた瞬間の喜びも忘れられないのです。
なので、またやれたらどんなにステキだろうと思いました。
「ハーモニー」とは、バラバラなものが集まって、美しい、または機能的なまとまりを作る状態を指す言葉です。音楽が語源ですが、より広い意味で「調和」や「一体感」を表す際に使われる便利な言葉です。
とあります。そう、違う者同士が一体感を感じる事の素晴らしさなんですね。お互いに合わせ様としなければ、合う事は無い。合わせるためには、その努力をしなければならない。何度も練習をして、稀に素晴らしく合ったと感じる時の喜びって人間ならではの様に思います。
それは、何事にも共通する事の様に思います。
(お土産まで頂いてしまいました。何とドイツ製のオーガニックインスタントコーヒーまで頂きました。ドイツの思い出がよみがえります。)
私たちは単に人に合わせ様としている訳では無いと思います。心を合わせてハーモニーを奏でたいから、共鳴したいからなのだと思います。
合わせ様としない人同士には得られない喜びの世界がある。
私は、その様に思います。損得だの、利害だのばかり考えていたら心から合う訳が無い。
損得も、利害も無く会い共鳴している時点で、ソロから四重奏(カルテット)になり始めているな〜と感じた私でございました。
次回またやろうと言う約束をして、愉しく散開致しました。
https://youtu.be/NrgmdOz227I?si=XaV1VVbPjQqncA3n
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2026/01/13 12:47
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男やもめに花が咲く
新年速くも12日目、何やら風情が減じた感じがする「20歳を祝う会」が催される成人の日でございます。冬の寒さのピークが、1月中旬から2月にかけて。状況は違えども、冬の寒さに不平等はありませんね。負けずに笑顔で乗り切って行きたいと思います。
昨日は、小豆を煮て職場の同僚が練りに練ってよく伸びるお餅を頂きましたので「善哉」にして見ました。
善哉は、仏教用語の「善哉(よきかな)」から来ているめでたい食べ物との事です。
さて、一昨日のJRの後輩たちとの意義深く楽しい新年旗開きに続き、今日はバス運転士の同僚を招いて「ニューイヤーミニコンサート」の開催予定でございます。
何故かつくばに第2の人生を求めて、奇跡の様に出会った一人暮らしの男たちが集まります。
その一人の方がバイオリンを演奏するのでございます。「アパートでは音が出せない。」と言う事ですので、かつてはピアノ教師が所有していて二重窓になっているわが家でどうぞと誘っておりました。
その第1回めの「コンサート」になります。
そして、やはりギターを持っていると言う「離婚おめでとうございます。」と言ってくれた同僚も来てくれます。「孤独死覚悟」で、新天地をつくばに求めて一人暮らしをしている方です。
私が一番年配で「人生の大先輩」と言う事ですから、交流の場を提供せねばと思った次第でございます。
一昔であれば「男やもめに蛆がわく。女やもめに花が咲く。」と言われたものですが、時代はどんどん変わる。今は「心優しい男やもめに花が咲く」のだと思っております。
男は女性を守り、作った家族のために働き続ける。そう言う古い常識から解放されなければならない。まあ、そんな義務など関係ない男もたくさんおりますが、家族の常識も急速に崩壊しています。
なので、新しい関係性を築いて行かなければ「孤独死」を待つ事にしかならない様に思います。家族を維持している人たちも、孤独さは変わらないと言うか実は悲惨な日常を送っている人がたくさんおります。
年を取り、動けなくなればお荷物扱いされて「早く逝ってくれよ。」と思われている高齢者ばかりではないでしょうか?
それがまともな人間関係なのでしょうか?
私の時代との闘いは続いているのだと、虚しさに打ちのめされながら、日々の努力を重ねる事でようやく分かって参りました。
私がこれではいけないと筋トレやランニングを始めたのは、35才の時でした。売店に置かれて、全く運動をしなくなったら100メートルを走る事が辛くなりました。
こんなじゃ鉄道本体に戻って仲間たちと一緒に働けない。つまり、仲間たちのところに必ず戻ると言う信念で始めたのです。
実際に戻るまでは、それから17年もかかりましたが運動し続けました。それでも鉄道本体の仕事に戻り電車の交番検査をやり始めると、身体が悲鳴を上げました。動きが全然違うのでした。でも構え続けたからやり切れたのです。
本体に戻っても運動は続けました。それは、バス運転士になっても変わりません。次に向かって構える事が続いております。
それは、かつてない高齢化社会の時代の到来に対する構えであり、自分が闘い切るための構えなのです。
間もなく古希との事。後輩たちを懐広く包んで行くためには体力が必要であり、元気で機嫌良くなければ出来ない。
そのために目の前の課題から逃げずに、努力し
続ける事が必要だと分かって来ました。小さな事を一つ一つやり抜いて行く大切さですね。しかしそれは、大きな夢や幻想から覚めた今を生きる若者たちに通じる現在的生き方に通じている。
つまり、私たちは別々ではない。信頼できる先輩がいる事こそが希望である。それを学んで来た昨年であり、新年でございます。
今日も後輩たちを暖かく迎えたいと思っております。
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2026/01/12 09:54
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確かな足跡は人の中に残る。
昨日私は、時代を共に生き、共に困難を乗り越えて来たJR時代の仲間たちが守り続けている労働組合「動労水戸」の新年旗開きに参加して来ました。
JRの理不尽さに折れずに自分を貫き、去ってから8年の激変があり、しかし変わらず元気な後輩たちの近況話を静かに聞いておりました。
お酒が入り興が乗って来ましたら、先ずは木村委員長から現在の動きと彼の考え方を語ってくれました。自分たちがやって来た事が、今も確かに生きてさらに下の世代も頑張っている。そこに希望がある。俺たちは終わってはいない。
そう言うお話しでした。真摯で誠実で仲間思いを貫いて委員長を引き受けて来た木村委員長そのものが、私に取っても確かな希望である事を改めて感じました。
(「二次会」への誘いがありましたが、母が心配するので最終バスに間に合う様に19時には退席させて頂きました。JR勝田駅前にはイルミネーションがございました。)
他の仲間たち、特に勝田車両センターで最後の8年間を共に過ごした後輩たちが「辻さんがいた時は、夢の様に最高に楽しい日々だった。」と言ってくれました。私と一緒に車両センターで働くと言う事自体が夢の様だった。
仲間たちと25年間鉄道職場から隔離され「みんなのところに必ず戻る」と言う一念で闘い抜いた事の勝利として、それはありました。
つまりお互いの心からの宿願を成し遂げた事への喜びがありました。それぞれの苦労や悔しさがたくさんあったからこその喜びなんですね。
そんな事のために25年間も折れずに生きた仲間たちがいる事自体が奇跡の様に思います。
(最終バスに間に合うと、やはり見るのは運転席と運転士。やはり上手いな〜と感心しながらも「左折の速度が速い気がする」とか研修指導員みたいに見てしまう私がおります。)
運転士を目指していたのに20年近く売店などの関連事業をたらい回しされた仲間たち。鉄道職場に残っても、動労水戸組合員だと言うだけで最下位職に置かれた仲間たち。その仲間たちの思いを胸にして立ちぬいた私でございました。
そして、その差別の不当さが最高裁まで認定される事で、私自身の帰還も実現致しました。
それから8年間魔神の様になって闘い、みんながそれについてきてくれました。
小なりとは言え、外注化反対闘争、被ばく労働拒否闘争を職場から闘う事で所属組合が違う青年たちの心を確かに揺り動かしました。
その足跡と言うのは、何よりもそれを見て、感じた青年(後輩)たちの心に確かに残っている。
その事を木村委員長をはじめ仲間たちが、私に伝えてくれました。
何よりも我が後輩たちが、人として失礼でない事を誇りに思いました。
組合事務所は、国鉄時代からの古い建物ですが、和式トイレがピカピカに磨かれておりました。
木村委員長自らが、綺麗に磨いているのです。
こう言うリーダーが率いる労働組合は、終わらない。確かな足跡をその後輩たちに残すのです。
集まった大切な仲間たち一人一人をハグして、無事に帰らねばと気を付けながら帰りました。
仲間たちの思いを、私が台無しにしてはならないと自分に言い聞かせながらです。
古希の年は、やはり福に満ちたスタートでございます。
https://youtu.be/MegEm3hRXTI?si=JXajlyYgNCj9Rj1l
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2026/01/11 03:41
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あれは何だったのだろうか?
正月明けの仕事は、研修「指導」の日々で幕を明け、今日からまた有難い三連休でございます。
ベジタリアンではありませんが、朝食は刻み生春菊、自家製ぬか漬け、ほうれん草のお味噌汁に黒米ともち麦入りご飯に致しました。ぬか床が生き続けてくれて、美味しく感動的です。
サマハンティーも早速頂きました。身体がじ~んと温まり良い感じがします。
昨日の午後、子どもたちを送るために学校に着きましたら朝ケンカをしていた子どもたちが私の顔を見てにっこりしながらお辞儀しました。私も笑顔で返して「仲直りしたかい?」と尋ねたら「謝っても分からないから。」との答え。まあ、事情は良く分からないので「そうか。」と返しました。バス停で降ろして心配しながら見ていたら、何事も無かった様に会話している様子に安心して発車した次第です。どうも大人の様には引きずらないところも、生命力なのかな〜なんて思いました。
どうも大人の方が、あれやこれやと考えて引きずってしまいますね。終わりが近付いている事を知っているのに。それとも、誰しもに終わりがある事を見ない様にしているのか?
今日は、私が初代委員長を務めたJRの労働組合「動労水戸」の旗開きに参列致します。
私がJRを去ってから色々と揉めたりしておりましたが、後輩たちが踏ん張って旗と組合事務所を守り続けております。
少なからぬ人の心を揺り動かしながら、国鉄分割民営化以来40年間闘い抜いて来た労働組合です。
国鉄が付いているのは、懐古趣味ではなく国鉄時代に結成した労働組合だからです。動力車と言うのは、機関車の事で力強くみんなを牽引していく労働組合と言う意味を象徴しております。職場にある個々の不平不満でなく、みんなのために一つになって闘うと言う意味であり、個別の利害を考える人たちは去って行きました。
私は、仲間たちのために闘う労働組合運動を展開したいと考えて奮闘しておりました。仲間と言うのは、職場の仲間と言うだけでなく働く全ての人やいわれなき差別・迫害を受けている人も含みました。だから色んな人との関係もありました。その人たちとつながらないで、世の中を良い方向には変えられないと言う信念がありました。
ところが、それが組織間のつながりになるとそれぞれの組織の利害で成立する事になる。激しい時代の変化で、そう言うあり方を守ろうとする事が通用しなくなってしまった。なのに古いあり方を守ろうとするので「革新」と言うのが実は「保守」になっている。
そんなパラドックスの歴史を見て来たのです。
人そのものも同じです。革新的で立派な事を言う自分を守ろうとする人は、実は保守的なので現実に通用しない。
あれは何だったのかと言うのは、私に取って労働組合や政治党派、そして家族の事を含めての根本的問いなのでございます。
その上で、私の生き方や信念においては懸命に働く人、いわれなき差別や迫害の中で懸命に生きる人は仲間であると思う事にいささかの変わりもありません。
バスの運転士をしながら、虚しい気持ちと向き合い、自分の心に問いながらそれを貫いております。
自分だけ、自分たちだけしか見えないと保守的になり、時代には通用しなくなる。「燎原の火」にはならない。それだけは経験的に分かった事です。
子どもたちを叱りながら、後輩たちにアドバイスしながら、そして人としての信頼を受けながら「虚しい」なんて事を言ったら失礼になる。例え少しでも希望の灯火であるかも知れないのですから。
本当のどん底を経験している人たちに取ってのです。私などまだまだ人として甘いと思っております。なのでもう「虚しい」などとは決して言いません。
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2026/01/10 08:05
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いつも笑顔ながら時に一喝もある。
今日は、外国人の青年運転士の研修「指導」担当をしながら小学校のスクールバス担当でございます。指導とは言っても老眼で良く見えないのをサポートしてもらったりと、どうも助けてもらう方が多いので優秀な助士と一緒と言う感じが致します。
停留所の一つが近付いて来ると、どうも子どもたちが取っ組み合いをしておりました。添乗員さんも見て「本気でやっている。」と言うのでクラクションを鳴らす。しかし、バスに乗ってからも止まらないので「ケンカをやめろ!バスを降ろすぞ!」と私が大きな声で言いましたら、たちまち静まりました。
車内の安全の責任は運転士にあるのでございますが、一喝して収まるところが可愛いと思いました。(愛情のある)怖い人の存在と言うのは人の社会には大事なことなんだと、改めて思った次第でございます。
青年運転士もそれを見ておりましたので、別の指導になったのかも知れません。
会社の幹部からの彼への、愛情あるプレゼントの一つを私にとくれました。
インドで5000年以上の歴史を持つ「生命科学」を意味する伝統医療のアーユルヴェーダに基づくハーブティーでございました。
「良いのかい?こう言うの好きなんだよ。ありがとう!」と言って、幹部の彼への思いと一緒に有り難く頂きました。
朝乗務が終わり、運転したマイクロバスのオイルとフィルターの交換作業をしました。人気ものの彼のために、この日スクールバスで一緒の「長老」たちも助けに集まる。それぞれが手を出し、口を出して楽しく作業が行われました。私ももちろんいち早くつなぎに着替えて、青年と一緒に床下に潜り一緒に作業しました。私に経験と知恵はあっても、知識とパワーは青年にあります。寒くはありましたが、若者と高齢者で和気あいあいと愉しい仕事になりました。
古くて新しい、高齢者と若者の連帯とつながりがそこにはありました。外国人の青年の方も、そんな高齢者が好きである事をしっかりと感じた次第でございます。
昔「愛があれば年の差なんて」と言う歌もありましたね。古くてすみません。
(いやぁ〜、たくさんの生薬やハーブで作られている「サマハン」と言う飲みものでした。)
昨日研修指導した60才になる方に対する他の指導での指摘時頃を見せながら「辻川さんはどう思いますか?」と担当管理職に相談されて「私と同じなんですね。」と答えながら、どうすれば良いのか?何が課題なのかを考えました。
御本人から、以前は労働組合の会計担当までされていたと聞いていたので几帳面な人だとは感じて来ました。なので運転に対しても几帳面なのだよなと考えました。全ての作業を何度も確認しながら、手も気も抜かずにやる人なんですね。
そしてミスをしてしまうのが必ず終盤に来る事を思い返しました。
そうすると必要なのは、運転の合間に一息入れられる様にする事じゃないか?他の運転士さんたちも、緊張を緩める間を作る事を大切にしている事も思い出しました。
つまり彼に本当に必要なのも、意識的にインターバルを取る事ではないか?
そんな結論に行き着いて、今朝はそれを伝えに行きました。技術的な事は、前向きであれば慣れると共に解決して行くと思っております。同時に大切なのは、心と身体の維持の仕方であると言うのが私自身の経験なんです。
分かって頂けたかは分かりませんが、明るい顔をしながら「ありがとうございます。」と言ってくれました。
長老は、良く考えて、一息置きながら言葉を発信しなければならない。そう言う社会的立場にあるのだと思います。必要なら時には、愛情をもって一喝しながら。
つまらない人気取りではなく、本当に相手のためかを自分に問いながら自らも成長していけるのが長老なのかなと思う次第です。
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2026/01/09 11:41
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