辻川慎一つくば便り
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自分への特別扱いをやめる大変さ。
週末金曜日でございます。
土日を越えるといよいよ9月です。
明日土曜日は、社員運転士さんたちはミーティングがあって出勤日。フルタイムパートの私は対象外でお休みでございます。「辻川さんは出なくて良いんだ。その方が気楽ですね。」と8才下の運転士さんに言われました。
う〜ん、呼ばれないのも寂しい気がしますし、日給でボーナス無しなので当然かも知れないけれども一緒に働いているみなさんと違うと言うのもまた寂しい感じも致します。
良くも悪くも「別扱い」と言うのは、何となく嫌な感じが致します。
小学校の広いグランド。かつてはたくさんの子どもたちでにぎわったのだろうなと思います。空を一層広く感じます。
どうも子どもの頃から「特別な存在」たろうと努力して来た結果、「特別な存在」となりある意味では好き勝手が許される年月を長く過ごして来てしまいました。
結果、自分が不合理だとか理不尽だと思う事に抵抗して、自分が決める事が正しいかの様に勘違いする様になっていた様に思います。
今も私を特別な存在だと思ってくれている人もおりますが、自分で自分を特別な存在と思っているとその様に心を寄せてくれる人たちとも対等で無くなる訳です。
中小企業の現場でもまれながら、自分は特別でも何でも無い事を思い知れて来た事が実は一番有り難かった様に思います。
どんな経歴だろうとかつて何だったろうと、皆一人で死んで行く身である事は変わらないのです。
自分は特別だから、好き勝手させてもらうと言うのは子どもじみた考えでしかありませんね。
そもそも、そんな特別を求めて闘った訳ではなく人としてみんな平等じゃないか。差別は許さないと闘ったはずなのに、自分たちは特別なんだとなったら結局敗北でしかない事になってしまいます。
(庭に植えたミニバラ。 トゥルーブルーム・レッドキャプテンと言う名です。真の開花・赤い統率者。凄い名前ですが、一旦全部の花が散ったらまた咲いて来ました。)
平等を求めて闘って勝ったら自分たちの特別な地位や特権を守る。歴史的に何度も繰り返されて来た、人間の歴史でもあります。
特権に連なり、自分たちの食い扶持や地位を守る。
自民党が一番典型的だと思いますが、それが、限界に来ている。それを批判する人たちや政党もしっかり特別な人たちばかりだと思います。
島の動物と言うのは、巨大なものが小さくなり、小さな動物は大きくなる特性があるとありました。
巨大な動物と言うのは大陸で生き残るための進化な訳ですが、その先が無いので人の手にかからずとも絶滅するともあります。
巨大な思想と言うのも大陸的で、島国では実は庶民の力が物事を決めている。グローバリゼーションで、世界が島化しているのだから「島の規則」を見直す時代では?と、そんな提起がなされておりました。
生物学者の到達点ですが、散々色々やって来た私にはとても合点が行きます。
自分を尊重すると言う事は、特別扱いを求める中には無い。人との差を求める事ですから。自分と人を尊重できる人間になるためには、自分自身への特別扱いを止める事から。
その事無しに、差別への批判は批判にならなず、同じ事の繰り返しになる。
違うでしょうか?
目下自分の中でバトル中なのでございます。
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2025/08/29 11:51
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