時代を彩りながら、人々を深く励ました人たちがおりますね。
ガッツ石松さんが亡くなられたとの事。私が思い出すのは輪島功一さんなんですね。何故かと言うと、あいさつをされた事があるから。遠い昔に仲間たちとゴルフをしていて、落とし物を届けたら輪島さんのものだった。それに対する彼の礼儀と言うのが、忘れられないくらいに穏やかでちゃんとしたものでございました。それだけで、凄い人だと感じたのでした。
今はロシア領の樺太に生まれ、幼少期から大変な苦労をされて来たのに、それを嘆いたり、屈する事もなくボクシングの世界チャンピオンになり、その時代に生きた人々を励ますヒーローであった。

(まるで阿修羅の様な感じがする写真ですね。)
「無くした金は諦めてしまえばそれで済みます。しかし人間が意地というものを一度手放したら、一生手元には返ってこない。死ぬまで後悔することになるんです。」
「見た目や格好を気にすると人は臆病になる。体が決定的に壊れてもいない、まだ戦えるのに辞めるのは卑怯だと思う。だったらたとえ負けても闘うべきじゃないか。」
彼の生き方そのものの言葉があります。
袴田巌さんの無罪を信じて、冤罪を晴らすためにも尽力されて来られました。
私の母親くらいの世代ですが、厳しく生きながら、限り無いくらいの優しさを感じる人だと思います。
たった一度お見かけしただけで、忘れられない印象を残す人はいるのです。まあ、嫌な印象を残してしまう人もおりますが、それはそれで、そうはなりたくないと言う学びになります。

(逢善寺のもう一つの仁王像。仏様を守る金剛力士像なんですね。)
母親や輪島功一さんの世代からしますと、私などは苦労したとは言えその世代に守られたボンボンやお嬢ちゃんの世代だったかも知れません。
では、その世代として次の世代をどう励ます様な生き方が出来て来たのか?
そう考えるとどうも心許ない感じがしてしまいます。
精一杯やって来たつもりなのではありますが、あらかじめ勝ちを読んでやるって事に魂を震わせる様な感動は生まれませんよね。どうなるか分からないから、ストレスもあればワクワクもする訳です。
どうも小賢しい知恵ばかり付けて来て、何事も分かっているかの様に勘違いして、振る舞うクセがついている様に思い、反省します。
最後は心の置き方次第である事以外に、私は何も分かってはいない。