朝6時前に出勤すると、年下ながら私にバスの運転指導をしてくれた先輩がおりました。「◯◯さん。しばらく顔を見なかったですね〜。」と言うと「忙しいんだ。」と笑う。顔を合わせると、私をいじってくれる様になった超ベテラン運転士です。
最初の研修の時には「あんた、この仕事で飯を食う気があるのか?」と言われ、しばらくして再び研修を受けたら「何にも見てないよ!」と酷評された。今なら何を言われたのかが良く分かるけれど、その時は分かっていなかった。厳しい指摘を受けた事があって、今がある。だから、遅れ馳せながらバス運転士の同僚として見てもらえる事だけで嬉しい私がいる。
(バス車庫の裏側には田んぼが広がり、圏央道が見える。稲の穂より葉が高いのは「飼料用の稲だ。」と教えてもらった事があった。刈り取りも遅い様です。)
かなり痛い思いをして、私が成長した事は仕事を舐めなくなった事だと思う。自分のどこかに、物事や人を軽く見るところがあり、それが甘さとなって隙だらけだった。
それなりに厳しく生きて来たつもりだったけれど、まだまだ全然ダメだった。自己満足の世界でしか無かった。それに気が付かせてもらっただけでも、この道を選んで良かったと思う。
私は進化をやめない音楽家の様に、自分がやった事に満足する事なく何が課題だったかを考え、次はこうしようと考え、それを実践する。
これで良いと言う事が無いくらい、現実には色々ある。もったいないので、やり過ごさない。かなり欲張りなのかも知れません。
(まださほど大きくは無い樹に、今年はたくさんスダチの実が成りました。100個くらいは、採れました。お陰様で、ビタミンC摂取量凄いです。一番の風邪対策かも知れませんね。インフルエンザの予防接種、今年も希望しませんでした。)
そうそう。私が担当する工場送迎バスには、日本人も外国人も乗ります。昨日は、ず〜っと私の挨拶を無視して来た日本人の人が、ついにたまらず挨拶を返してくれました。今日は、大型バスでベトナム人実習生の送迎ですが、一人一人を笑顔で出迎えて目を見て挨拶しましたら、全員返してくれました。やった〜!とても気持ちの良い日々が続いています。
明日の小学校送迎バスも楽しみです。
物事も人も決して舐めてはいけない。舐めると言う事は、生きていると言う事をつまらなくするのだと思う。
「舐める」の由来は「無礼し(なめし)」からの派生だそうです。 平安時代頃から使われていて、礼を欠く・無礼・無作法を意味する形容詞「なめし(無礼し)」が動詞化し、「人を軽く見る」「侮る」「みくびる」という意味になったとされているんですね。
物事にも人にも礼節を忘れない事が「舐めない」と言う事になる訳だ。そう、他者に対してだけでなく、自分自身にも礼節を忘れない事、かなり大切じゃないかな。自分も舐めてはいけないからね。