辻川慎一つくば便り
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9・1にトイレを交換する。
今月で69歳。あと1年で70歳と言う訳だ。
銀行から「アプリローンが使えなくなる」なんて通知が来た。「アプリローンって何だ?」使った事も無いのだが、要するに70歳になるからとわざわざ知らせて来る事にムッと来る。体力や能力的な事だけでなく、社会的な制約で年齢と言う事を否応なく思い知らされる訳だ。
自動車免許更新に高齢者講習が義務付けられて、住むアパートを借りる事すら困難になると言う。一人暮らしの高齢者が増えているのだが、現実には追い詰められている様に思う。
薄氷が割れたり、塀から落ちたり、子どもの頃から危なっかしい人生だったけれど、どうも変わらないのかも知れない。変わったのは、動じなくなった心だけかも知れないと思う。動じても、何も変わらない事は学んで来た。
何とか自分で直し、だましながら使って来た古いトイレがついに手に負えなくなった。「クラシアン」にヘルプを頼んだら、青年が来てくれて「今作られていない古いタイプですし、こうなるとタンク、便器セットで交換する様です。」との事だった。値段を聞くと約120000円。「ウワァ効くな〜。」と内心思いつつ「お困りでしょうし、今から取りに行って取り付けに2時間掛かりますがやりますか?」と言う。既に19時近く。青年は21時まで作業をする事になる。
遅くまで申し訳ないと思いながら、思い切って交換をお願いした。
で、出来上がったのが写真のニュートイレットでございます。いやぁ、新車の匂いと言いますか、新品トイレの匂いってのもあるのですね。座り心地も良い。節水型だそうで、水の流れも柔らかい。痛い出費ながら、施工してくれた青年の給料分もありますし、これで良かったと思います。
(朝同僚が「ちょっとだけですけどお土産です。」とくれました。調べたら神戸のお菓子みたいです。若い頃に大学を出てから、関西で働いていた方なので関西の友人に会って来たのかな〜なんて嬉しく頂きました。)
トイレが無いと排出したものが捨てられないのですから、とても困ります。
しかし、トイレが無く使った後の「ゴミ」を捨てられないものがある。熱と放射能を、それこそ気が遠くなるくらい管理し続けなければならない原発の「ゴミ」が大量に作られ続けている。
土台、石油が無いと動かせない施設なので代替えエネルギーにはならないのだけれど、今の生活を続ける(?)ために必要だと稼働させている。良く考えるとおかしいのだが、その処分場候補地の一つが茨城県の常陸大宮市になったとのニュースがあった。何の因果か、わが家のトイレ交換の日でございました。
処分場を受け入れれば、金になる。過疎化対策になると町長は、積極的との事。
苦労もせずに、金をばら撒けば人は腐る。腐るだけでなく幸せから遠ざかって行く。一体どんな未来を考えているの?自分たちだけ栄えれば、後はどうでも良いの?
何かね。賛成反対の前に、これからの事を考えながら今を生きるって事が必要なんじゃないか?と思う。
核家族の時代なんてのもありましたね。それから、さらに個の時代になっている。さしあたり人と関わらずに、一人で生活する事に不自由が無くなっている。家族がいたって個々バラバラ。金があってもバラバラ。それを維持するために原発が必要で、ゴミ処分場には金が撒かれる。で、そのお金は電気代に加算される。
私たちには福島県の経験もあった。どうも幸せのサイクルとは思えないのだが、どうだろうか?
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2026/09/02 13:06
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9月になりました。
昨日まで8月だったのに、稲刈りが終わった田んぼがあり、コスモスの花まで咲き始めているのに驚く。
長い夏休みが終わり、恐らくはあんまり気乗りがしないだろう子どもたちを迎え、送る。今日は小学校のスクールバス担当でございます。
午後便が通常通りありますので「始業式やって終わりじゃないのですね?」とシルバー人材の添乗員さんに話しかけると「俺たちの頃は、直ぐ帰れたと思うんだけど、そうは行かないのかな〜。」と言う。
まあ、60年以上前の事なので、時代が違うとは思う。
今日は、休憩時間が短いのでお弁当です。たくさんのおかずを作って頂ける有難さ。かなり食べていると思うのですが、痩せる一方で20歳の体重になってしまいました。
「このままだと、20歳どころか、子どもになって消えてしまいそうだよ。」と笑いますが、どうも身長に対応するベストな体重はさらに2キロ減だと言うのであまり気にはしていない。
何でもそうだけど、身軽な方が良い年になって来たのだと思う。ジタバタせずに、そこは自然に任せよう。散々重荷を背負っていたのだから。
良い年になったJRの後輩が、泊まり勤務の明けに「道草」をして「烏山線」に乗って来たとLINEをくれた。国鉄分割民営化で、廃線にされた路線がたくさんありましたが良く残ったな〜と思う路線です。
「滝駅」には、こんな滝があって撮り鉄のスポットだとの事だ。
まあ、帰るところがあるから「寄り道」。帰るところが無いと「放浪」になるのだろうか?
子どもの頃は、放浪にも憧れながら寄り道をした様にも思う。違う世界があるんじゃないか?見てみたいって事かも知れない。
人が世界中に広がったのは、好奇心があるからとも言われる。
そう言えば、好奇心に満ちた子どもたちの目は輝いている。
私はと言うと、何だか驚く事が無くなってしまっている。好奇心に突き動かされて、ワクワクするなんて事がすっかり無くなっている。
まあ、その分人の事を余計に気にする事も無くなった。若い人ほど他の人のあれこれを気にするのだが「どうでも良いじゃないか?」「自分を生きれば良いだろう。」なんて思ってしまう。人は気にするもんじゃなく、自分として失礼なく向き合うもんじゃないの?
そんな風に思う私は、しっかりと高齢者なのだろうか?最近は年寄りの一人歩きも難しくなって来た様だ。昔は子どもが補導されたりしたけれど、放浪ってのが難しい時代になったのだろうか?
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2026/09/01 11:16
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ジタバタするのは似合わない。
病は気からと言います。だとすれば、病を必要としているのは、実は自分の心の中にあるとも言えます。何の関係も無さそうな痔でありますが、子どもの頃両親の事で不安だった事を思い出した。「お前は人一倍弱かった。」と母が言うのだが、どうもそこでは無かった様に思う。
ともあれ60年ぶりの手術(メンテナンス)から、間もなく1ヶ月になる。
せっかく保険に入っているので、問い合わせたら専用の「診断書」が必要だと言う。病院に依頼したら7700円掛かった。それで支払われる保険が一万円だと言うのだから、手間が掛かるだけで嫌になる。
そうこうしているうちに、トイレタンクがおかしくなった。水が止まらないのである。中古住宅なので、かなり古い型だ。自分で直せるか見ていたら、劣化したゴムボールで真っ黒になった上にオーバーフロー管がポキっと折れてしまった。お手上げ状態なので、専門業者に頼む事にした。
尻の次はトイレ。締まらない話しで、財布からも金が出て行くと言う訳だ。
何だか嫌になってしまうのだけど、自暴自棄になっても何にもならない。
苗を植えてから何年になるだろう?今年はスダチの実が成った。せっかくなので、讃岐うどんをゆでてぶっかけうどんにしてみた。
ビジュアルはイマイチながら、めっちゃ美味しくできた。採れたてのスダチを思い切り搾って頂く贅沢さ。うさが晴れるのでございます。友人も大絶賛でございました。
昔の私を知る人は、神社だの寺だのスイーツだのって一体どうなったんだと言うかも知れない。でもね、一心不乱にやり切っても結局人は簡単にひっくり返るのを見てからは、何百年も人々に支持されて来たものや自分が良いと感じるものに素直になった。
人に巻き込まれる事も、巻き込む事も嫌だな〜と思う。
かなり近い住宅地に「ラスク専門店」が出来ていた。
鉄道の本を貸してくれた青年同僚に、ちょっとした御礼を買いに行きました。
安くは無いけれど、確かに旨いと思う。当たりのお店を見つけました。
老後の資金は最低2000万円必要だ!って言われていた。老後っていくつからだい?来年は70歳だと言うのに、一体どうなっちゃうのかな〜?
でもね。自分に甘えず、なるべく人を巻き込まず、しかし、時代と社会を見つめながら身辺整理をしながら気持ち良く、潔く生きたいと思う。
ジタバタしても、格好悪いだけだからね。
私は、まだ現役のバス運転士なのであります。
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2026/08/31 13:01
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うたた寝の休日
読みたい本がたくさんあり、聴きたい音楽もあり、会いたい人もいて、行って見たいところもあるのだけれど月日と言うのは容赦なく過ぎて行きます。で、結局うたた寝をしながら過ぎて行く休日。すっかり爺さんだと思いながら、そんな自分も受け入れております。
欲張っても、大した事ができた訳でもありません。
災害が続き大変な思いをされている人々がいる中で、静かな音楽を流し、本を読み、木の葉を見ながらうたた寝をする。それだけで贅沢な休日だと思います。
何やら気温が下がり、秋めいております。8月最後の明日は、大型バスの運転でした。天候が悪いと言っては心配する母に「分かっていると思うけれど、天候が悪い時こそ頼りにされるのがバスなんだよ。」と言うと「それはそうだけど心配だ。」と言う。「70近いのに働き続けなければならないのは大変だ。」と言うので「必要とされて働ける事に感謝しているんだよ。働き続けたいから痔の手術をしたのだし。」と返す。
果たしてそれが、息子を案じ続ける母への応えとして正しいのだろうか?と思いもする。
関わった人は、たくさんいたろうけれどどんどんいなくなる。「元気なうちは訪ねあったりできるけれど、それがだんだんできなるなる。私にはお前しか無いんだ。」と母は言う。
ところで、特に母子関係で難しいと思う事は、母子であってもお互いに別の人格である事の認識では無いかと思う。
そこもまた、母に問うべき事ではなく私自身に問われている。容赦なく過ぎ行く日々の中で、問われ続けているのは常に私自身の人としての態度である。
うたた寝をしてから映画も観た。「俺にはお前しかいない。」と言う言葉が残りました。
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2026/08/30 09:08
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匂いの無い風景。
私には3人の小さな子たちがいた。仲間たちを守り、子たちを「守る」日々がありました。あれから35年の月日が経ちました。その頃住んでいた町、那珂湊を訪ねました。
今は観光客向けの市場としてたくさんの人が訪れているけれど、元妻の出身地でもあり苦い思い出になってしまってからは足が向かずにおりました。
しかし、今回は「牡蠣を食べた事が無い。」と言う友だちに食べさせたいと思い、訪ねる事にしました。何しろ、私の60年ぶりの手術を支え抜いてくれた人であります。
養殖だと500円。天然の岩牡蠣だと800円。人生初体験と言うのですから、迷わず天然ものを選びました。潮の香りが強烈で、強い食感に甘みがある。「ウワァ〜。これが牡蠣なんですね!」と感動しながら、食べてくれたので良かったと思う。
平日の休暇だから訪ねたのですが、駐車場に入るのに一苦労。かなりの混みように驚きました。
海産物が豊かに並び、新鮮で安い。見ているだけで楽しめます。
せっかく来たので、食事をする事に。たくさんの新鮮ネタ、アサリのみそ汁の海鮮丼とミックスフライを分け合いながら頂きました。食べ切るのが大変な量でしたが、美味しく頂きました。
過去は変えられないけれど、これからは変えられるし、自分の心から納得できる生き方をしないと。そんな事を思います。
混み合うお店を避けて、ちょっと外れに位置する市場の2階レストランから見える景色も良かった。
ずいぶんと綺麗になり、35年前とはずいぶん変わったと思う。
何が1番変わったかと言うと匂いがしないと言う事。漁船も、港も、市場も特有の匂いがしていたと思うのだけれど、それが無い。市場には独特の匂いがあり、行き交う人の活気もあった様に思うのだが観光化するって事は匂いをしなくするって事なのかな〜とも思う。
腐った匂いと言うのは危険の知らせだけれど、そうでない匂いを嗅ぎ分けて記憶ってのは豊かになる。
岩牡蠣の潮の香りの鮮烈さが、余計に引き立った訳です。海が育んだ命の香りと味を頂いたのでした。
人もまた、その様に他の命を頂きながら育って来た。腐った匂いがしては頂けませんが、魅力的な匂いってのはあるんじゃないか?匂いが全くしない人ってのは、一生懸命自分を消しているんじゃないかとも思ったりする。
嫌いな匂いもあれば、好きな匂いもある。
ぬか漬けが香らなければ美味くはない。干物でも何でも、色と香りで善し悪しを見分ける。
嫌だ〜って感じる事、ちゃんと掘り下げると大切な事がある。感じない事は、やっぱり自分を消す事になる様に思う。
だから、昔の事でなく今感じる事が大切なんだと思う。
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2026/08/29 06:48
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