辻川慎一つくば便り
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プーチンが仕掛けた戦争も、トランプの戦争も確たる勝者が無く国際世界の構造が一層不安定化しております。色んな疑問に便利に答えてくれるAIも、これから一体どうなって行くのかなんて事は分からないでしょう。
変動的で不確実、複雑で曖昧な現代は、「VUCAの時代」とも言い換えられ、ビジネスや社会の急速な変化を表しているとか。従来の常識や過去の経験が通用しなくなった社会状況の様でございます。
それまで前提として来た経験と常識が覆されて行くと言うのは、人に取っては大変な事です。国鉄分割民営化で、それまで信じて来た事が非常識とされ、そんな転換について行けない人から死んで行きました。
あえて言えば、そんな転換が容赦なくガンガン進んでいるのかも知れません。あまりに凄いので、訳が分からない。だから単純な攻撃的扇動に乗せらてしまうのかも知れない。この間の選挙を見ていると、そんな感じが致します。
恐るべきは、扇動された大衆であると言う歴史の教訓が忘れ去られている様に思う。
(本日のお弁当でございます。)
そんな時代を見つめながら、確かに生きる事って何かを考え中。
ホスピタリティと言う言葉があります。相手の立場に立ち、見返りを求めずに自発的な思いやりや心からのおもてなしを提供する事だと言う。実は不確実な時代と社会だからこそ、それが確実な信頼関係を生み出すと言う。
ホスピタリティとホスピタル(病院)と言うのは、同じ語源で中世のヨーロッパで、修道院などが旅人や病気・怪我をした人々に無償で宿を提供し、手厚く介抱したことに由来しているとの事です。
実は、金銭的な見返りは求めない思いやりやおもてなしの中にのみ確実性はあるって事なんですね。つまりつかみどころがない様な、心の世界に確実性はある。
日々バスを運転して、お客様たちと向き合いながら何より自分の心と向き合いながら何となく分かって来た事でもあります。問題は周りにあると言うよりは、自分の意識や心にある。自分自身の反省と振り返りの無い意識改革なんてのが振りかざされて来たから、インチキ臭い事になって来た訳だ。
心がこめられ、一生懸命であるものに人は打たれる。そこに確かな感動が生まれる。生きる喜びがある。そこで本物が問われているから、まだまだだと日々コツコツと精進を重ねる。
8月の電気代の請求が来ました。何と4531円でございました。エアコンで暖を取った作冬1月は、15000円でしたので三分の一になりました。庭木が成長して木陰の部屋を実現して、エアコンは一切使わず、さらにマメにスイッチを切る様にして来た結果でございます。
庭木の手入れは大変ですが、安易に原発に依存せず「温暖化」も他人事にしないと言う自分への振り返りを致しました。
大した事は無いのかも知れませんが、こんなところにも確かさを感じる事はできますね。変えるのは、先ず自分の意識からなのだと思います。
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2026/09/16 11:00
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古希の巡り合い。
「辻川さんバツ一だっけ?」と高齢の小学校のスクールバスの添乗員さんが聞くので「バツ二ですよ。」と返すと「良いな〜。一度で良いから自由になってみたいな〜。ず〜っと干渉されて来たから憧れなんだよ。」と言う。「同情されるかと思ったら、羨ましがられるとは思いませんでした。」と笑うと「自営業だったと言うのもあるかも知れないけれど、全てを妻に干渉される事から解放されたいって思い続けているんだ。」と言う。「それは何だか分かる気がします。私も結婚は懲り懲りですからね。」なんて話しをしながら、昨日も無事に仕事を終えました。
(田舎料理「家和楽」で頂いた酢味噌で芋田楽を作って頂きました。家和楽でしか出来ない味だと思います。美味しい!)
今朝は2時半に目覚めました。いつも通りに体操で身体をほぐし運動をする。朝ご飯を食べる。トイレに行く。風呂に入る。植物に水をやる。で、出勤まで一時間あるので「ケルン・コンサート」を流しながら安楽椅子でうたた寝をする。
誰にも気兼ねなく、迷惑をかける事もなく、こんな時間が過ごせるって幸せな事なのだと改めて思う。
(こんな納豆も頂きました。なかなか美味しい。)
そして、今日は朝乗務の後バス車内の非常スイッチ体験訓練がありました。
操作や解除の説明を聞いてから実際に運転して体験して見る。最初は外国人の青年。他の人が見ているのでちょっと緊張しているのが分かったので、軽い冗談を言って場を和ませる。
彼が終わると今年入った新人さんに代わった。
青年は私の脇に座って、ぴったりと肩を寄せて来る。何気にそこに、深い信頼を感じて「人として裏切る事があってはならない。」と内心思う。
新人さんとは言え前職のプライドがあるが故に無理をする。車庫内なのに無用に速度が高く、切り返さないとバスが回れなくなったりする。
次に私が代わる。大して上手くも無い私は、車庫内の状況を見て無理なくゆったり旋回し、非常スイッチテストの時だけ速度を上げる。
(電車とは違い)最後はガックンと止まるのだが「シートベルトをしていれば、大した衝撃じゃないね。」と感想を述べる。私の関心はそこだったから。
と言う訳で、「先輩運転士」としての見栄からも自由な私がおりました。技量ならば直ぐに追い越される事と心の置き方こそが何より大切である事を修練して分かって来たからなのだと思います。
つまり、お金や健康等色んな制約はあるけれど、心は自由になって来たな〜と思う。
狭い見方で、自分も人も見なくなって来た。そんな事よりも、人を大切にすればちゃんと心が返って来る事が見える様になって来た。
裏切らない責任ってのは、相手を思う心が問われているって事だと思う。所詮そんなもんだよって思い思われている事をぶっ壊す。
僕の古希からの挑戦だ。
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2026/09/15 11:11
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愛しき日々。愛しき人々。
2日間の休みが終わり、また1週間の始まりです。
土曜日は、告別式参列のため常陸大宮市を往復。昨日は、体調不良にガン騒ぎがあり、痔の手術までやってろくに手入れしていなかった庭仕事をやりました。勢い良く成長した植木たちの剪定やら植替やらをしておりましたら、4時間かかり、ゴミ捨て用大袋6枚がいっぱいになりました。
何が大変かと言えば切る事よりも捨てる事。腰が痛くなりましたので、一旦終わりにした次第です。
来週の連休に、バス会社の同僚たちが訪ねて来ますので出迎えの準備でもあります。
今日は久しぶりの晴れ。一転して30℃を越えて汗ばむ陽気になりました。
珍しく、月曜日にスクールバス担当でしたが、暑いので一時帰宅して休んでいます。
良く考えて余計な事はやらずに、先ずは心も身体もちゃんと休める事にしております。
様々な困難を越えて、せっかくバスの運転士に復帰出来たのに体調を崩せば出来なくなってしまう。今が一番充実して、静かに穏やかな時を過ごせている。それを大切にしたいと思っております。
去って行く人もいれば、私に会うのを楽しみにしてくれたり近付いてくれる人もいる。
元気な人がいるのではなく「元気を出す人がいる」と言う事らしい。笑顔を絶やさず、人を良くみながら気遣う。相手にマイナスな事は言わない。良い気を出す人が元気を出す人なのだと思います。
(朝5時から、庭仕事に取り掛かる前に栗と小豆を煮あげました。友人が大好きだと言う、小生作の美味しい餡子が出来ました。)
小学校のスクールバスの添乗員さんも、私と一緒なのを楽しみにしてくれる人たちがおります。私よりも5つ6つ上の人たちですが、回送の時には楽しく話しを聞きます。ちょっとした愚痴や不満、体調のお話しなどです。「色々あるけど、お迎えが来るのだけは平等だね。」「そうですね。いつ来るのかは誰にも分からないですね。でも痛い痛いなんて言いながら長生きしたくないですね〜。」と言うと「そうそう、元気でないとつまんないね〜。」なんて話しをしながら笑い合います。どんな苦労をなさって来たのかは、既に聞いておりますので笑い合います。
早かれ遅かれ、お迎えが来る同士なので仲良しと言う訳なのでございます。
強欲な人たちは仲良しにはなれない。常に人と比べて満足する事はなく、疑い深くなるのだと思います。
死ぬ時も、場所も別々なんだけど私たちは仲間だ。とても大切な共通点なのだと思います。一旦お迎えが来そうになった私は、そう思うから一層愛惜く感じるのかも知れません。
(常陸大宮から常陸大子にがけては、リンゴの産地でもあります。市場にはあまり出回らないので、買って来ました。爽やかな酸味のリンゴで、好みなのでございます。)
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2026/09/14 11:51
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常陸大宮に心の風景を見る。
「平成の大合併」での名称変更がどうもしっくり来ない昭和生まれの私でございます。
常陸大宮市と言うよりは、水郡線山方宿駅がある山方町になじみがあります。
昔国鉄時代に、この町出身の強烈な先輩がいて「新宿、原宿、山方宿と言うのが日本の三大宿である!」と労働組合の集会で話していた。山方宿の名前を強烈に刷り込まれた。
明治時代に横瀬夜雨の妻が、山方町から嫁いだ事を最近知って驚いたばかりです。
告別式が13時からなので、折に触れては寄った田舎料理「家和楽」と言う古いお店に行きました。10年ぶりくらいになるだろうか?
11時の開店時間より早く着いたので、昔もよく見た庭園を見る事にした。しかし、何やら荒れている。手がまわらなくなったのか、終わりかけている様で心配になる。
しかし、庭園を抜けて田んぼに降りる階段があった。そこで見たのがこちらです。
大きな田んぼではありませんが、何と「おだ掛け」をして稲を干しておりました。ちょ〜久しぶりに見た光景です。手間が掛かるし、大変何だけれどお米が一層美味しくなるとの事。何より、これが見れただけでも心が和みました。
店内に入ると微妙に配置が変わっておりましたが、よく座った天然木のテーブルはそのままでした。
私のお目当ては、先ず
自家製味噌仕立ての「けんちん蕎麦」。もちろん蕎麦も自家製で、とても素朴で美味しい!このお店でしか食べられない。
そして、
絶品の「鮎の塩焼き」でございます。
綺麗で大きな鮎に塩加減絶妙!焼き加減も絶妙!皮の食感が凄いのに加え身がふっくら。良い香りがして唸るほど美味しい!
この味だ〜。来て良かった!と思う。
職人技、健在でございました。
私の方は覚えているお上さんに「久しぶりに来ましたが、やはり凄く美味しいです!」と伝えると喜んで下さった。
お会計の時に「水郡線工事の写真や古い写真が無くなってしまいましたね?」と尋ねると、久慈川の洪水があって床上まで来てしまったのですよ。それからコロナがあって換気のために取ってしまったのですよ。」と言う。
そう。この10年間、私も色々な激動があったけれどこちらも大変だったのだ。入り口を開けると囲炉裏端に腰掛けていたおばあちゃんもいなくなっていた。「大変でしたね。」と言うと「時間が掛かってすみませんでした。」とお店で販売している自家製酢味噌を下さった。何だか心が通じました。喜んで頂きました。
名産のこんにゃくに掛けられている、この手づくり酢味噌でございます。
ふと見ると昔懐かしい「サボ」が掛かっている。お上さんの許可を頂いて撮って参りました。
さて、肝心の告別式でございます。
たくさんの仲間たちが参列して、再会できるだけで楽しい。昔と違うのはお互いの健康と無事を気遣う事。そうして見えるのも仲間たちの心の風景だと思う。
もう退職して9年経つのに、JRの役職にある人まであいさつしてくれる事にも驚いた。
会社にしろ労働組合にしろ、人が作る組織と言うのは大体30年が寿命と言われている。私が「主導」した時代もまた30年ほどで限界が来た。ところが、動労水戸と言う労働組合は今年結成40周年を迎える。それは、新しく根本から立て直したリーダーと仲間たちがいたから。
一人一人の姿を見ながら、この仲間たちが一緒に生きてくれたから私の今があると思う。一人一人が愛おしくなる。
告別式が終わり、式場の外で別れ難く話していると記念写真を撮ろうと言う「お~い、写真撮ろうって。次には誰か消えてるかも知れないから撮ろうぜ!」と笑顔で呼び寄せる私。
「進行性スキルス性胃ガン」と言われ、みんなより先に消える事を覚悟した私の自然な言葉でした。
向上し続ける事は諦めはしないけれど、終わりはある。人の終わりがあるところに心もある。
往復4時間の旅になりましたが、とても良1日でございました。
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2026/09/13 11:56
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簡単で失礼します。
ヨーロッパでは干ばつで農産物に大変な被害が出ているとの事。こちらは止まない雨ながら、干ばつよりはマシかなと思ってしまいます。
いずれにしても農産物自給率がめちゃ低い日本、原発を無理くり動かして最終処分場探しをするよりも自分たちや子どもたちが食べるものについて真剣に考えないと大変な事にならないかな?原油も含めて世界的に前提が崩れている様に思います。
(大鈴大豆と言う品種で作られた納豆。とても豊かな味と香りがします。)
昨晩は、22時帰宅。軽く飲んで23時にはバッタリ寝てしまいました。
今日は、JRの後輩で私を支え動労水戸と言う労働組合を守り抜いて来た方のお母様の葬儀があります。
参列するために、突然有名になってしまった常陸大宮市に行って参ります。
と言う訳で5時には起床して、いつも土曜日にやる事をやるのにちょっと忙しい私です。
と言う訳で、簡単ながら本日はこれで失礼致します。
行って参ります。
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2026/09/12 08:03
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