辻川慎一つくば便り
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出会いに助けられながら
みなさま、お元気ですか?
かなり元気を取り戻して、当たり前に疲れ切る様になった私。昨日は、鍼灸整体医にかかる日でありましたので、いつもの寄り道をしながら温泉にもゆったりと入って来ました。
先ずは、すっかりお気に入りになった江戸崎のスイーツ巡りへ。
売り切れる前に「甘太郎」のお店に。
みなさん10個、20個単位で買われるので直ぐに無くなってしまいます。
先日ちんどん屋さんの鐘と太鼓を見せてくれた観光案内所の「遊笑館」の方と頂こうと、4個頼みましたら黒餡は残り3つであとは白餡との事でしたので1つは白餡にしました。
遊笑館に行き、お二人の方に甘太郎を勧め、お茶を淹れて頂きしばし江戸崎の甘味談義で盛り上がりました。
私が白餡を頂く事にしたのですが「うーん。何だかこちらの方が美味いぞ!」と思う。人気があるのは黒餡だけど、白餡の方が美味いんじゃないか?一緒の友人に半分分けて、私も黒餡の甘太郎を食べて見たら「やっぱりだ」と思う。餡好きの友人も同じ感想でした。
食べて見ないと分からないし、周りの評価よりもやっぱり自分の感じ方が大切だよな〜と思う。
それにつけても、美味しいスイーツで舌が肥えているな〜と毎回感心する江戸崎のレディたちの話しは楽しい。
そして、和菓子の「東郷菓子舗」も「江戸崎まんじゅう」の「青木菓子店」もとても感じが良い。東郷菓子舗の方は、顔を覚えて下さっておりました。
良いもの、美味しいものを提供しながら、一人一人のお客様をしっかり記憶しながら感謝を忘れない。長く愛されている秘訣は、昔から変わらない様に思いました。
私も学ば無ければなりません。
リバーサイドを愉しく散策して、お風呂に向かいました。
JR成田線、我孫子支線の下総松崎駅付近にある「大和の湯」でございます。
踏切を2回も渡り行ったり来たり。狭い道の奥にある隠れ家みたいなんだけど妙に立派な建物。謎な温泉でした。
昭和の末期に田園地帯で温泉を掘り当て、平屋で開業したらたくさんの人が来たために平成になって改装したとの事でした。
黒湯の温泉で、ゆったりと温まります。目前には田園地帯と鉄道の線路。奥の方には、洪水があった印旛沼も見える。
混まなければ、休憩スペースも静かでゆったり致します。不思議で落ち着く空間でございました。
すっかり身体を清め、温めてから鍼灸整体療術を受けに行きました。紹介してくれたバス運転士の同僚が「神の手だ」と言う先生とも、すっかりと意気投合。江戸崎の2つの和菓子屋さんの美味しいスイーツを1つずつお土産に致しました。「今度、私も行ってみたい。」と喜んで頂きました。
彼と出会い、施術を受けてから劇的に体調が良くなりましたので、本当に心ばかりのお土産でした。
さて、明日からまた乗務の日々が始まります。
出会いに助けられながら、何とかやれていると言うのは本当は昔からそうだったと改めて思います。
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2026/11/08 10:13
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休みなれど。
朝出勤は同じく早いけれど、夕方には終わるスクールバス専属の運転士さんたちは、終了が夜9時近くになる工場送迎バスは「絶対に嫌だ」なんて言います。ラッシュアワーだし、暗いし、天候が悪いと視界が悪くて大変な上に、夜遅くてまとまった睡眠時間が取れない。なので、その気持ちも分かります。
昨日は、その工場送迎バス運転の連続3日目。やり切れば休みだとやり切りましたが、やはりめっちゃ疲れておりました。
貸切バスの年下のベテラン運転士に「3日連続か〜。元気だな〜。」なんて言われ「もう若くは無いんですけど、しょうがないですね。」なんて会話もしました。
(夕方出庫前。運転席からの眺めです。)
神経だけを異様に使うので、身体がバリバリに固まる。なので、待機時間があると意識的に運転席を離れてストレッチをします。
それで何とかやり切るのですが、終わって帰宅するとどーっと疲れが襲い掛かります。
緊張を解くのに、焼酎のお湯割りを数杯飲むと気を失う様にダウンします。夜11時。
それでも重い身体と心に相談しながら、5時には起きて運動を始める。ちゃんと発酵食品を揃えた朝食を頂く。土曜日なのでシーツ類も洗濯しながら、掃除機を掛けて、雑巾がけもする。
自分を甘やかさない様に。甘えない様に。
今日は、鍼灸整体医に行く日でございます。
皆さまも、充実した1日になります様に。
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2026/11/07 09:26
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当たり前なんて事は無いよね。
今日は抜ける様な青空が見えて、とても気持ちが良い週末金曜日になりました。
陽射しが明るいだけで、紅葉する木々が素晴らしく見えるます。その中でバスを走らせる気持ちの良さが、朝の乗務の醍醐味です。
今日の工場送迎バスの相棒は、私が研修指導した事のあるスリランカの青年。
とても目が行き届き、一生懸命なので今は私の方が助けてもらっている状態です。
難儀な車庫入れを代わってくれたり、自分の方のバス清掃が終わると助けに来たりしてくれる。
もちろん私の方が先輩だし、ベテランなんだけど、つまらないプライドよりも彼の気持ちとこれからを大事に思うので、心からありがとうを伝えます。
だからかな。私の顔を見ると気持ちの良い笑顔を見せてくれます。
今日のお昼寝休憩の目覚めは、スリランカの紅茶「ブラックティー」の「アルグレイ」にして見ました。「魂の癒やし」効果がある様です。そう感じれば、癒される。
当たり前の事なんてないよね?って誰かが、私のためにやってくれる事に対して思う事なんだけど、そればかりじゃないよな〜って思う事がある。
過日、30年以上の付き合いがある会社の代表取締役と久しぶりにランチを一緒にした際に「マイナカードを作って無いんだよね。」と言ったら「あ〜、俺も作ってないよ。」と言った。
自分の個人情報の全てを国に明らかにするリスクと危険について、資産を持っている人の方が当たり前に認識しているんだね。
さて、言われるがままにマイナカードやマイナ保険証を作って便利だと思っている方たちと、当たり前が違う。と言うか損得を一つ一つ考えながらやっている。
まあ、私の場合はさしたるお金も資産も無く、不労所得もありませんので丸裸にされても困る事も無いのですが「当たり前なんて事は何も無いよ。」と言う見方と生き方をして来ただけでございます。
国鉄分割民営化以来と言うか、たぶん子どもの頃から自分の感じ方や見方が強くあったのかも知れません。父親が「人を見抜いている感じがして怖い子どもだった。」と言いますし。まあ、大人になると共に目が歪んで来て失敗ばかりの人生ではありましたが、また原点に戻ります。
(手入れの仕方が分からず、乱雑なのですが庭の菊の花が満開で良い香りを放っております。菊の香りには、精神の鎮静化やリフレッシュ、集中力の向上などの効能があるとされていますが、確かに気持ちが落ち着きます。)
調子が悪くなったら医者頼みと言うのも、当たり前じゃないって事も学んだ今年前半。逆に意を決して受けた痔の手術は成功したけれど、予後の不調を治して行くのは結局自分なんだと言う事も分かって来た。
つまり、任せっぱなしで状態が良くなる訳ではないって事ですね。
お金を払えば、誰かがやってくれる。何とかしてくれる。だから、お金が必要?自分の食べ物にも、生活スタイルにも気を付けずに病気まみれって贅沢だよな〜って思う。嘆いていれば良いし、それに共鳴してくれるのが当たり前。「優しい」言葉にスッテンコロリン、金儲けのカモにされて薬漬けの生涯を終えて行く。
そんな当たり前は嫌だな〜と、一人思いながら生きる私なのでございます。
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2026/11/06 12:55
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心のコンディション。
残業対応で帰宅が遅くなる工場送迎バスは、2日連続続くとかなり効きます。今週は明日まで、3日連続と言う事になりました。貸切バスがフル稼働している上、体調を崩した運転士もいて大変な状況になっています。
こんな時には、自分も体調を崩さない事やトラブルが起きない様に注意しなければなりません。
今日はかなり強い雨が降る朝でした。暗いと視界がとても悪いので、注意しなから出勤。ハンディライトで照らしながら車両点検。とてもコンディションが悪かった。
それでも朝の送迎を無事に終えて、小降りになって来たので汚れたバスを洗車・清掃しているうちに、何だか良く動ける自分がいて気持ちが良かった。
周りのコンディションが悪くても、自分のコンディションは良い感じがしたのです。
何なのでしょうね?
(御岩山で見た石碑。「霊神碑」と言って、厳しい修行を積んで亡くなった修験道者の霊魂を祀っているとの事です。)
「私と言うのは、単独では成立しない。人はコミュニケーションによって私を自覚する。」なんて事を読んで「なるほど〜」と思いました。
人と人の間はもちろんだけれど、人は色んなものを見て、その声を聴き、語りかける事もできる。
実は、その事で「私」と言う主体が成立している。
だから、良く見れない者、聴けない者、語りかけられない者には確固たる「私」は成立しないと言う訳です。
たくさんの人たちが山に登っておりました。
途上で変わったスタイルをした女性の一団にも遭いました。
このスタイルでございます。「御嶽信仰」の女性修験道者だった様です。今でもおられる事を知りました。
一体何を見て、何を聴いて、何を語りかけているのかは分かりませんが、厳しく自分の道を見つけているのかも知れません。
私の方は、荒い息とガクガクする足で何とか踏み外さずに登る事に精一杯でしたので、険しい道で自分に問いながら。
でも、それだけだとやっぱり自分は見えない。誰かが「あなたは凄いよ。」とか「ステキだよ。」とか言ってくれると「え〜っ?そうなんだ。」と思う。ダメなところだって、見てもらえるのは有難い。
そうして、確かな私になって行く訳だ。
相手や対象に何かを求めるのではなく、お互いの存在を認め合い、通じ合う事で相手は相手になり、自分は自分になる。
どうも今日は、何より心のコンディションが良い様です。
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2026/11/05 12:21
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自分を生きる。
残念ながら参加できませんでしたが、今日はJRの後輩たちのゴルフコンペでございます。曇りでちょっと肌寒い感じですか、雨が降り出す前には終わりそうなので良かったと思っています。
今年前半に体調を崩した事で、いつまでも仲間たちと楽しい時間を過ごせる訳ではないとしみじみ思いました。なので、難しいとは思いながら有給休暇の打診をしたのですが「フル稼働の日で難しい。比較的に月曜日なら何とかなるのですが。」との事でした。
JRにいた頃は、労働組合の代表として「当然の権利だ。」と有給休暇を使い切っていた私でした。日本の労働者の99%とは違うところにいた事を、思い知って来た年月でございます。
悔しまぎれではなく、厳しい道を選択し、どん底に落ちながらも諦めずに来れた事に感謝しております。
(バッグもかなりくたびれておりますが、10年以上履いていたゴルフシューズがボロボロでしたので、新調して構えておりました。)
それでも、JR時代の習慣が抜けずに図に乗ると傲慢な気持ちが顔を出す。「偉かった人」と言うのは、自分では気が付かないけれどなかなか人と合わせる事ができない。通用しない。すると居られなくなる。つまり、自分が招いている事態だと言う事が分からないのですね。
最近の私は、「最初から走り過ぎると居られなくなります。焦らずじっくり行きましょう。」とアドバイスしたりします。
直ぐに分かった気になるのも、私の悪い習慣でしたので。ほとんどは勝手な思い込みでしか無かったと思う。ついて来てくれる仲間たちがいたから、剛腕でやり抜けただけだった。
時代も変わり、その延長では行かないと言う事だった。
一度成功したからと言って、それがいつまでも有効な訳ではないと言う厳しい現実は、むしろ企業の経営責任者が突きつけられて来た事であった。
なので悲嘆にくれる必要も無い。
当たり前の事なのだから。
(食事に気を付け、運動を欠かさず、毎日お灸もしております。こちらは、腸のツボ。鍼灸整体医が教えてくれました。自分の身体が動いてくれるのも当たり前の事ではないと、気付きました。)
どんなに頑張っても、人は最後に全てを失う。死んでしまうのですから。
なので、本当は失った事や無い事を嘆く必要は無い。
むしろ十分ある事に感謝して、今を大切にして自分を生きる。
それ以外には、実は無いのだと思う。
しっかりと、静かに、しかも強固に、自分を生きよう。
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2026/11/04 12:23
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