辻川慎一つくば便り
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二宮尊徳像に思う。
まだ今週の仕事の折り返しですが、何やら疲れております。ひょっとすると、6年ぶりくらいになる山歩きハイキングの影響かも知れません。年を取ると、何日かしてから疲れが出ると聞いた事がありました。
疲れていると、何だかポジティブに考えられなくなり仕事が長く感じたりします。
同じ仕事のはずなのに、体調や気分次第で気持ち良くやれたり、重くなったりする。
自分に負けないってのは、辛い時や重い時に問われる様に思います。崩れてしまうのか、立て直せるのかが問われる時ですね。
日々乗務をしておりますと、そんな局面が必ずあります。結果として、いつも変わらない様に見えているだけなんですね。
(今日は、小学校の送迎バス担当でお弁当でございます。塩麹やリンゴ酢が使われ、ぬか漬けをトッピングした「腸活発酵弁当」でございます。)
自分で料理する事を再開して、改めて思って来た事ですが同じレシピや材料で作っても人によって違う事の不思議。自分で作ったとしても、作る度に微妙に違う。
もし全く同じ味がするとすれば、それは出来合いのものであり、自分の料理とは言えないと思う。
素材や調味料はとても大切な決め手だと思うけれど、最後に決めるのはその時の自分の気持ちであり意識なのだと思う。
誰かのために良いもの、美味しいものを作り提供しようと言う意識が状況や結果の決め手になる。
そう、仕事でも料理でも、何事でも自分の意識の置き方次第なのだと思う様になって来た。
そして、その意識を言葉として表現する事で場が変わり状況が変わる。
それが見えて来ると、今生み出している結果と言うものが、今の自分が生み出しているものに他ならないと思える。
ややっこしいだろうか?現状や結果を良くしたいと思うなら、姿勢や意識そして発する言葉を変えなければならないと言う事です。
不満や妬みの言葉で自分を支配すれば、その様な状況と結果を引き寄せる。微笑んで感謝の言葉を発すれば、その様な場と結果を生み出せる。
どちらを気持ち良いと感じるのか?
そう言う選択の様に思います。
疲れや辛さを感じる自分に向き合い、どうしたら快くに転換できるのか?
努力って、何より自分が気持ち良くなるためにあると思う。
私が子どもの頃に、学校によくあった「二宮尊徳」像。
働きながら学ぶ事が愉しかったから、やめられなかった人だったんじゃないかな。
今は「歩きスマホ」みたいで危険だと言われて少なくなっている様です。車や自転車も危ないし「歩き読書」する人はいないと思いますし、子どもたちに関心は持たれていないでしょうね。
自分の感覚や好き、気持ち良いと感じる事を大切にして生きようよ!って言う意味の「像」だよって話したら、ちょっと変わるかも知れません。
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2026/10/07 11:50
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初冬の花
寒暖差が激しい様に感じます。なかなか難しい季節ですね。
ハイキングで見かけた「茶の花」です。10月から11月に咲き、初冬の季語になっているそうです。花に養分が取られて味が落ちない様に、花は摘まれるので珍しい感じがするのですね。放置されたお茶の木だから、見られたのだと思います。可愛い花をしておりました。
昨夕、夜乗務の点呼に行きましたら封筒を頂きました。中を見ましたら、こちらが入っておりました。
セーフティドライバーカードでした。
良く知りませんでしたが、20年以上無事故無違反だと「スーパーゴールドカード」になるそうです。
裏を見ますと、
27年間とありますので、違反をしたのは42才の時。一体何で検挙されたのか全く思い出せないのです。速度違反で無い事だけは分かります。
品行方正とは全く言えず、強く豪快な役割を演じ、仲間たちの先頭に立っておりました。検挙されたのも、その程度の事って感じで気にもしていなかったのだと思います。
むしろ、それから今日まで27年間無事故無違反だった事の方が奇跡だよな〜って思います。
まあ、こうやって生きている事自体が奇跡的ではあります。
対立する政治党派から殺害予告を受けながら負けずに主張を貫き、JRの理不尽な扱いと闘い勝ち抜いた。そしたら今度は、自分が先頭に立って来たはずの党派から手のひら返しをされて責められた。理不尽と言うのは「国家」や「資本」だけでは無い事を、生身で学んで来た人生でもありました。
そして、時は過ぎ時代は容赦なく変わって行く。近頃有名人の訃報も多い。私も容赦なく近付いていると言う訳だ。
死を恐怖しながら、それを見据えずにいる人も多くは無いだろうか?
胃が極度に硬くなり、変形している状態を見て「スキルス性胃ガン」を確信した医師がおかしいとは思っていない。ギリギリのところで留まっていてくれたのだと思っている。
思い返して見れば、全てギリギリの人生だったし、今もそれは続いている。
私が今までと違うのは、「俺が」「俺が」と言う我執からも自由になって来た事かな。我執は人を腐らせる。腐敗ではなく発酵させるのが自然の奥深い知恵だったし、生きる事そのものだった。発酵の裏返しは無私。私有財産制の発展と共に、人は財産や富に従属し、それを相続する個人(私)が異様に強調されて来たのじゃないだろうか?
人の生死は、財産や金で測られる。どの様に生きたのか?は、ほとんどどうでも良いし、旅立つ人自体が自分を金で測る。
そんなところに、本当に生きる喜びがあるんだろうか?
私は、自分自身に問い続けている。
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2026/10/06 12:17
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道を究め続けたい。
また1週間の始まりです。みなさまはお元気でしょうか?
私の方は、万全とは行きませんが今年前半の調子の悪さを思えばかなり良い感じがしております。痔の手術から2カ月が経ち、そちらの方もようやく安定して来た様です。
バスの運転も体調も、これで大丈夫!なんて事は無い。整えながら向上を図る事で、何とか生きていると言う事かと思います。
今年のスダチは、豊作でした。既に50個ほど収穫したのに、まだあります。
スダチのマーマレードも美味しいですが、柿やリンゴに搾って掛けますと美味しくなる不思議。
かなり酸っぱくなるのですが、美味しく感じる私です。酸っぱいのが苦手だと思って来たのですが、思い込みだった様です。
昨晩は、体調が崩れてバスの運転が出来なくなり9月いっぱいで退職された方から電話がありました。私より4つ下のベテラン運転士です。
昭和の気風を残して、一本気な人です。激しくぶつかるのをなだめたりする事も何度かありました。私には良くして頂いた方です。
昨年末から次々と襲い掛かる体調不良と向き合いながら、何とか乗り越えてバスの運転士を続けられている事が当たり前の事ではないのだと改めて思った次第です。
また一人、思い出がある人が職場を去って行く。寂しく感じると共に、元気でなければ私も去らざるを得なくなる。
そこはシビアに見据えてタバコも止め、食事に気を付け、運動を続け、鍼灸整体院にも通っている訳です。
それでも予期せぬ事態は起こり得る。それでもジタバタせずに対処する構えを無くさない。
道路を走りながら、「バス運転士道」の修行をしている感じがします。
手術以降、腸の調子が良くありません。腸内細菌による発酵・吸収が上手く行ってない。まあ、腸の出口をかなり切除しましたので打撃があったのだと思います。
なので、なるべく発酵食品と腸内善玉菌を助ける食事を摂る様にしております。
今日は、発酵調味料であるオーガニックリンゴ酢を使い酢レンコン炒めを作りました。
それに豆乳製ヨーグルトにスダチマーマレードを混ぜて頂く。こちらも最近のお気に入りです。
発酵食品を摂っておりますと、だんだんと変わって行くのが分かります。
別に健康オタクと言う訳でなく、美味しく、気持ち良く、機嫌良く仕事を続けたい。休日にも楽しく、やりたい事をしたい。いずれも元気でないと出来なくなる。
そこを甘く見ない。どん底を経験しながら、ようやくバス運転士ですと言える様になった私の心の到達点なのであります。
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2026/10/05 12:06
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秋晴れだ!出かけよう。
一見変わらない様に見えて、実は様々に対応する事で平穏無事が成立している。バス運転士の過る1週間も、色んな事がありました。
かなり疲れていたのですが、私の昨晩の最終便に乗客がいないと言う幸運があり、工場からそのまま回送で帰庫が40分も早くなりました。色々と対処したご褒美かな〜って、正直有難いと思った次第です。
帰宅して、早速頂きました。無農薬はもちろん、自然の菌で発酵させてできたお酒。全く違う感じがします。翌朝の便も良い香りを放つのです。身体が喜ぶお酒で、疲れを癒やしました。
今日は秋晴れの様です。休日に秋晴れも、ご褒美の様に思います。
せっかくなので朝からおにぎりを握って、良い景色を見に行きたいと思います。
おにぎりのお供は、ぬか漬けです。
昨年5月から始めましたので、1年と4カ月働いてくれている糠床です。
かき混ぜかき混ぜ、糠と塩を足すことで、発酵し続けてくれました。
こちらの菌にも感謝ですね。
「感謝にまさる能力無し」だそうです。
「それでは発車致します。安全のためにシートベルトの装着をお願いします。」
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2026/10/03 08:13
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今の自分以上のものはできない。
週末金曜日になりました。バス会社の方は、繁忙期に入りフル稼働状態です。私の方は、工場送迎バスの増車ルート担当です。様々な事情で運転士が次々と辞めて行く中での繁忙期なので、運転士だけでなく管理部門の人たちまで総力で対応しております。
「戦力」になるまで、かなりの養成期間と人力と費用が掛かるのですが、辞めて行く人もかなりおります。せっかくの出会いなので、大事にして来たつもりなのでとても残念に思います。
これが、バス業界の現実なのかも知れません。
(こちらでは、秋を彩るオレンジ色の花。「マルバルコウソウ」です。)
苦節7年超えでようやく自分らしいバス運転がつかめて来た私の方は、69才にしていよいよこれからだって感じなのですが、そこまでせずとも暮らして行けるって事なんでしょうか?
まあ、どう生きて行くのかと言う問題と関わっている事だとは思います。
持続可能な社会と企業のためにと言う事で、企業の社会的責任(CSR)って事が言われる。結局、人と世間にそっぽを向かれて持続なんてできないでしょう?って事なんだと思う。
ところが自転車操業の様に、利潤を上げる事に必死な企業だとうたい文句にしかならない面がある。要するに、上からの決定や規則として強いられる構造になるので何やら良く分からない。
良い人材を集めて、定着させようと言う目的ながら、楽しくも何とも無い展開になるので、しょうがないから従っている人ばかりになる。嫌な人は辞める。
そんな構造の様に思ったりする。
人はみんな、尊重されたいと思っている。能力があり役立ちたいと思っている。
だからちゃんと尊重されていると感じたら嬉しいし、能力が認められたら積極的に役立とうとする。
だけど他人の事は、その様に認めたがらないし、認めたく無い。競争相手だから?他者の繁栄は自分の没落だから?
でもそれだと、自分の事を認めて受け入れる事にはならないよね。だってあくまで、他者との比較の自分であり、基準も分からないものだから不安や妬みやグチばかりになる。あげくに奪ったら勝ちなんて事にもなる訳だ。
人には役割があり、その仕事には使命がある。お金のためを超えたところに文化文明があった様に思う。
その中で「今の自分以上のものはできない。」って考え方が大切なんですね。自分がやった事の結果は、今の自分の反映である。だから、まだまだだなーって自分の向上を図る。そうして今の自分を超えて行く。
そう言う考え方や立場に立つと、他の人も見えて来る。他の人が認めるくらいになる人が、他の人を尊重するから奮い立つ。
そう言う構造なんだな〜と思う。
自分をしっかり作りながら、人も作られる。つまり、その心と心なのだと思う。
外国人の青年が、仕事上の接客のあり方の問題について「辻川さんならこう対応する。」と言ってくれた。その真剣な眼差しを私も真剣に見ながら話す。とても良く見て、良く考えて素早く行動する青年だ。
その心を裏切ると言う事は、私が現状に甘んじると言う事だと思うのだ。
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2026/10/02 11:20
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