辻川慎一つくば便り
Home
60代最後のBirthday
60代最後の誕生日は、大雨予報でスクールバス等が運休になる中で工場送迎の大型バス担当でございます。「遅れても良いから、気を付けて行って下さい。」と上司の見送りを受けながら出庫しましたが何事も無く朝の乗務を終えました。
工場の送迎バスの方は、悪天候の方がニーズが高まりますので、無事に終わるとホッとします。
(誕生日前夜祭との事で、美味しいケーキのプレゼントを頂きました。)
休憩時間に入り一時帰宅して、いつもの様にキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」を流しながら安楽椅子で仮眠します。静かで、落ち着いた時間が流れるのは誕生日でも同じです。
それが私に似合っている様に思いますし、きっとこれからもそうだと思います。
土曜日に、常陸国「御岩神社」を訪ねた帰路に「道の駅ひたちおおた」に寄りましたら、路上で売っておりました。外国人だったのでどこから来たのか聞きましたら「ネパール」との事でした。「洪水大変でしたね。」と言ったら「はい」と言う。エスニックなデザインも好きなので、試着してみたら「似合う」と言われて買ってしまいました。まあこれも何かの縁だと、自分へのプレゼントに致しました。5000円と言うので、高い感じもしたのですが相応な値段の様です。綿100%ながら結構暖かい感じがするのですが「洗濯する時には色落ちするので、別に洗って下さい。」と言われ、日本でも昔の服は色落ちしたよな〜なんて懐かしくもなりました。
白いものと柄ものを一緒に洗濯している私ですが「分けて洗う」方が常識なのかも知れません。そんな事も、思い出させてもらいました。
ケーキと一緒に濃厚プリンも頂きました。「つくばスイーツ」と言うお店で、添加物を使わないのでとても優しい味が致します。
お酒とつまみで生きて来た様な狭い人間でございましたが、ようやく巾広くなって来た感じが致します。
いつまで生きられるかも、どうなる事かも分からない。かと言って無用に焦っても仕方が無い。なるべくしっかりと丁寧に生きて、ちゃんと味わう事って、それ自体が後輩たちが生きる力にもなるんじゃないか?
そんな事を思う様になりました。範とすべきと言うか、範にしたい人ってのがなかなか見えなくなってしまったと言う事が辛い事なのかも知れません。
未選択
2026/09/07 11:23
0
天まで届け。
明日は69回めの誕生日。今日は、術後1ヶ月。昨日は友人を誘い、行って見たいと思っていたところに行って見ました。
その脇を何度か通りながら、全く興味が無かった場所。日立市の山中にある「御岩神社」でございます。
宇宙空間から光の柱が見えるとも言われるパワースポットで、その歴史は縄文時代にまでさかのぼると言うのです。
小学生時代の大半を日立市で過ごしたのですが、全く知りませんでした。父が鉱夫でしたし、日立市の銅山跡には惹かれた事があります。
境内に入りますと、あちこちから水が湧き出していて、清水に洗われております。
いくつかの神社やお寺を見て来ましたが、それぞれに違う趣があります。
苔生す境内にすっくと立つ杉等の木々に包まれた静かで落ち着いた空気感が凄いと思います。
あちこちにたくさんの神様や仏様がいる。神様がいっぱいいるのは、島根県だけでは無かった様です。
ここは神仏混淆の歴史ある地でもありました。
池にはお不動さんがありました。
こちらが本殿かと思いましたら、その裏に新たしく建築中でした。
現代の宮大工さんの仕事が見えたのも幸運でした。
本殿脇には、さらに御岩山山頂近くにある「かびれ神社」への参道がありました。
何だか「千と千尋みたいな、神隠しに遭いそうな雰囲気だね。」と話す。
また来れたら是非登って見たいと思う。
仏様も拝んで来ました。
それから無縁様もありましたので、お賽銭をあげて拝みました。今は、縁があっても無縁様見たいだよな〜なんて思うし、やっぱり息子の事を思います。
苔生す杉の木に触れながら見上げると「天まで届けって感じだね。」と友人が言う。その通りだと思う。
「ここの空気は、力をもらうだけでなく霊から清められる感じがして生き返る。」とさらに言う。
朝まで降っていた雨が止み、青空が見えて来た。何だか呼び寄せられた感じもして、幸せな気持ちになりました。
ちなみに私は神頼みではなく、誓いを立てながら努力するタイプですので神仏は問わない。でも、仏様に柏手は打たない。礼儀や流儀と言うのはあると思うし、失礼だとせっかくの幸運も逃げてしまうと思うから。
色んな試練が次々とやって来ましたが、どうやら全て良い方向に転じて参りました。
新しい出発にふさわしい地を訪ねる事が出来た様に思います。
今日は、また雨が降り大分気温が下がって来ました。体調を崩さない様に、お互いに気を付けたいですね。
未選択
2026/09/06 09:37
0
記念日。
雨の週末金曜渋滞を無事に終えて、休日の土曜日を迎えております。雨が降ると光が乱反射して目が眩み道が見えなくなる。速度を下げながら最後は勘頼みにもなります。しかし、以前ほど辛く無くなったのは、大脳皮質ではなく小脳の働きで「身体で覚えた」と言う事なのかも知れません。まだまだ、進化出来そうな感じがあります。
休日ながら4時には目覚めて、体操と運動。洗濯機を回しながら掃除機とモップ掛けをする。それから有り難く朝食を頂く。私の休日の朝です。
明日は9月6日。痔の手術から1ヶ月目の記念日です。辛い日々もありましたが、痛みから解放された感じがします。
悪くなる一方だと、きっと気持ちも塞いでしまう様に思いますが、良くなっている感じがすると言うのは幸せな感じがします。
進行性スキルス性胃ガンの疑いからは4カ月経ちますので、やはり極度のストレスから来た自律神経の乱れが原因だったのだと思います。そのままだと本当にガンになっていた。
身体の痛みも、心の痛みも、自分へのメッセージ。大切に受け止めながら、ちゃんと癒やして行く事ですね。
全面的な不調から解放して頂いた鍼灸整体院には「自分から治そうと思わない人には効きません」と言う張り紙がしてあります。他人頼みで、自分からは何もしない人に効果は無い。当たり前の事だと思いますが、結構まかり通って無いかなと思う。
人に誠実に、真剣に向き合う者同士と言うのが、本当の人の出会いの様に思います。私たちの先人は、それをとても大切にして来ました。だから、色々あっても良い人生を歩んだ様に思います。
まあ、ここでも先ずは自分がちゃんとしている事が前提条件になる。類は友を呼ぶのですから。自分次第なのだと思います。
そして、9月7日は私が両親の子として生まれ、私の両親が私の親になった記念日でございます。
便の始末が難しくなった父の世話をする母が「汚いから気を付けろ」と言うので「大変だよね。でも父さんが汚いなんて全然思ってないよ。」と言う。
幼い頃、父に背負われて眠った記憶が故郷だった富山の風景と共にある。もちろん母には、それ以上の思い出がある。
みんな一人で生きられるみたいになって、大切な事を忘れている。
親に大切にされた記憶をちゃんと思い起こせば、自分を粗末にする事などできない。
親との関係が、人との関係の原点の様に思います。
未選択
2026/09/05 08:28
0
大人になっても奇跡は起こるよ。
週末金曜日になりました。いつもならさきに目覚めるのに、午前3時の目覚ましで起こされる。身体も重い感じがする。
でもだからこそだけど、寝具を整えて深呼吸をして軽めの体操をして心身を整える。
するとだんだん気持ちも引き締まって来る。
まだ薄暗がりの車庫に着くと、有難い鍼灸整体医を紹介してくれた年下の先輩運転士が「辻川さん真っ直ぐ立てる様になったね。良かった!」と言ってくれたので「凄い鍼灸整体医を紹介して頂いたお陰です。」と言うと「奇跡の腕前だからね。」と言う。「気も使いながら研究熱心な人でもありますね。」と言うと「どんな仕事でも、どの様にやっているのかを見ている人は見ている。我々も同じだと思う。」そんな話しをして下さいました。プロの心掛けだと思います。
カーテンを開くと木漏れ日が見える家。お陰で、エアコンを使わずに節電ができました。電気を始めエネルギーを大量に使う事を前提とした社会に変える事で、失われた事がたくさんある。
私が子どもの頃見て、感じて来た自然や風景とは変わってしまった。
何が起きて、どの様に変わって来たのか?
一つ一つが重い歴史の事実をもう一度見直す感じがする本でした。
ともあれ、私に関わって起きる事には全て意味があると思う様になって来た。それは、意味を持たせるかどうかの全ては自分次第であると言う事でもある。
私が好きな歌詞の歌がある。
松任谷由実さんの「優しさに包まれたなら」と言う歌だ。
「小さい頃は 神様がいて 不思議に夢をかなえてくれた 優しい気持ちで めざめた朝は 大人になっても 奇跡は起こるわ カーテンを開いて 静かな木漏れ日の 優しさに包まれたなら 全ての事はメッセージ」
大人になっても奇跡は起こると言うか、最近の私は小さな奇跡に満ちている。
(1989年の「魔女の宅急便」のテーマソングだったのですね。国鉄分割民営化直後で、ゆっくり見る余裕はありませんでした。)
私が相手に取っての小さな奇跡になると、相手もまた小さな奇跡をもたらしてくれる。
殺伐として、嫌な感じがする世の中だから奇跡に心が動く。
別に特別の事じゃない。相手がどうされたら嬉しくて、どうされたら嫌か?を考えて言動する。
直ぐにやろうとせずに、自分でよく考えて見る。それを毎日続けていると、小さな奇跡が起こる。
それが分かるかどうかも、自分次第と言う訳だ。
https://youtu.be/N-uCT3jGEMs?si=e3PMs8cGrmx4EQTH
未選択
2026/09/04 11:22
0
涼やかな風に舞う葉。
ずいぶんと暗くなるのが早くなって来ました。真っ暗な中で大型バスを運転しておりますと「一体いくつまでやれるのだろうか?」なんて思います。東京とは違い、対向車のLEDライトの眩しさを除けば地方都市の夜は明るさ控え目でございます。原発が必要だと言うのは、東京などの大都市のため。田舎は、人と食料の供給地でありエネルギーの供給地であり、ゴミ捨て場であると言う構造があると思うのは私だけなのだろうか?
9月から、センターラインの無い生活道路の最高速度が30キロになった。人家の多い都市部なら当然の事だと思うけれど、人がいない農村の田園地帯の道も同じなのだろうかと考えてしまう。速度規制に反対な訳ではなく、前提条件が違うと思うのだ。
危険は無いと言いながら、原発も核燃料最終処分場も東京には作らない。東京に住む人たちは、見たくないものを見ないで都市生活を送り、たまに観光やアウトドアで田舎や里山を満喫する。
みんながみんなと言う訳では無いけれど「東京が良い。」「東京が魅力的で楽しい。」って言う選択には、そんな構造が秘められている様に思う。
(車庫の周りに群生しているたくさんのピンクの花を見つけた。ツルボと言う名前らしい。もしかして「吊る穂」と書くのだろうか?珍しくないみたいだけど、始めて気がついた秋の花です。)
今日は、今週2度目の小学校の送迎バス担当です。少子化で廃校に伴う統合された小学校の児童数も減っております。子どもたちがいなくなれば、私たちを含めて子どもたちに関わる仕事をしている人の仕事も無くなって行く。
育った子どもたち自身が、仕事を求めて都市部に行くので田舎は高齢者ばかりになる。比較的東京に近い茨城でこうなのですから、東北や北海道はどうなんだろうって考えてしまいます。
そうそう、トイレ交換をしてくれた若者はかなり良い仕事をして行ってくれました。自分の仕事に誇りを持って良い仕事をしている青年を見ると、何やら応援したくなります。
ましてトイレや水回りの仕事。必要不可欠だけれどあまりやりたがらない仕事かも知れません。
何だか生活するのに、必要不可欠な仕事は軽く見られて楽に金を儲けられるのが勝ちみたいな風潮がある。で、詐欺で人をだましたり、トクリュウ強盗殺人をする若者たちもいる。
闇権力を作ってカツアゲをして来た県議会もあった。
何だか人としての根本がおかしくはないか?この大人たちは若者たちに「ちゃんと働いて、良い仕事をしなさい。」なんて言えるのだろうか?全く説得力が無い。
どの時代にも、自分の事しか考えていないのに限って時流に乗り、人に乗り、もっともらしい事を言ってたくさんの人を踏み台にして来た。
懸命に、誠実に生き様とする人たちを低く見て来た。その結果が敗戦であると思う。
そこがちゃんと据えられていないから「戦争について私自身が反省する事はない」なんて事を首相が平然と言う訳だ。人としての誠実さが欠けていないと日本の政治家としては、成功しない様です。靖国の「英霊」以外の死は無関係なのだろう。
果たして、そんな構造がいつまで続けられるのだろうか?
公園ランチをしていましたら、涼やかな風に桜の葉が次々と舞っておりました。
今年は秋の到来が早い様です。
未選択
2026/09/03 11:06
0
前のページ
Home
次のページ
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
カテゴリー
未選択(1838)
最新記事
60代最後のBirthday
(09/07)
天まで届け。
(09/06)
記念日。
(09/05)
大人になっても奇跡は起こるよ。
(09/04)
涼やかな風に舞う葉。
(09/03)
RSS
RSS 0.91
RSS 1.0
RSS 2.0
リンク
管理画面
新しい記事を書く
P R
ページトップ