今週も水曜日の中日を迎えました。人生3度目の禁煙で、タバコ場での談笑が少なくなった分本の世界に入り込む時間が増えた様に思います。
単に入り込むと言うよりは、考えながら読むのが好きなので引きずってミスをしない様に気を付けなければなりません。
まあ、そこはベテランらしく切り替えができる様になって来た様に思います。

(マニュアルのバスを操作する私の左手です。もちろん動いてはおりませんが、運転士らしい手をしていますでしょうか?)
昨晩読み出した「疲労とは何か」(全てはウィルスが知っている)と言う本は、一気に読めてしまいました。かなり説得力があり面白くて、大胆な推論までしております。
例えば疲労で弱った人が発症するヘルペス。普段は沈黙している弱いウィルスなんですね。「HHV−6」と呼ぶとの事ですが、このウィルスに感染している事で私たちにはSITH−1と言う遺伝子が組み込まれた。この遺伝子と言うのが不安を亢進させ、うつ病などの原因にもなるのだけれど、実はその事でホモ・サピエンスが生き抜いて来た。と言う推論をしているのですね。ネアンデルタール人が絶滅してどうしてホモ・サピエンスが繁栄して来たのか?それは、不安の亢進にあると言うのでございます。
不安と恐怖によって人は他者を大量に殺害もすれば、自らを死に追いやる事もある。その解けない問題を、ヘルペスウィルスから解明しようと言うのですから引き込まれてしまう訳です。

(綺麗で貴重な15年ものの梅干しを頂きました。漬けた人の人柄を頂いている感じがします。)
不安や恐れと言うのは、日常的にもあります。そんなものは無いって人は、疲れを知らない人同様に危うい訳です。
私たちは、むしろそれを素直に率直に感じて受け止めた方が良いのだと思います。疲労も、不安や恐れも人としての遺伝子があり、宿命なのですから。
不安の裏返しで、自分の都合や事情に合わない事は自己防衛して否定し認めないって傾向ありますよね。
でも不安や恐れを感じる事が人を人足らしめて来たのですから、違い、対立、恐怖、不安って否定すべき事って言う発想からして違うのかも知れません。ちゃんと認めて、その中から新しい発見ができる事が大切なんじゃないか?
どうも違いや対立の中に安住しがちだけと、ホモ・サピエンス同士だと殺し合いになりかねない遺伝子がある事をちゃんと見なければな〜なんて思います。
相手を認めず否認するところから始まるから、出口も希望も見えなくなる。
簡単な事では無いかも知れませんが、でも日々に良くあるところから変えられるよな〜。違いをしっかり見て、受け入れて、違う世界が展開して行く。そこに躍動や希望がある。
なんて思ったりする私でございます。