辻川慎一つくば便り
Home
帰るところ
昨晩は、大型バスで約3時間走りっぱなし状態でございました。3便あって、渋滞ながら1番目は快調であったのですが、2便目になってガクンと疲れが出てしまいました。ミスが続いて「どうなっちゃうのだろう」と思うほどボロボロでした。胃ばかりか背中まで痛み出し、3便目も「ゆっくり行くしか無い」と必死の思いでございました。
「もう、大型バスで夜のラッシュを走るなんて無理な年なのかも知れない。しかし、まだ払わなくなればならないお金もあるし。」と暗たんたる気持ちになりながら、何とか帰庫致しました。
「縁石にタイヤを当てたかも知れない。木の枝にも当たったかも知れない。」と心配していたのですが、確認して見ましたが何とも無く、胸を撫で降ろしました。
フラフラで倒れそうになりながら、帰宅しました。
時間は21時近く。翌朝は3時起き。胃が痛むので消化に良い野菜類のおかずを有り難く頂き、焼酎のお湯割りをジャスト3杯。これだと3時に起きても、血中アルコールはゼロでございます。栄養を補給し緊張を解くための食事とアルコールを頂き、22時前には就寝する。
平日は、その様な日課です。早く帰れる小学校の送迎バスの日が、とても有り難く思います。
この様な生活をしておりますと「帰るところがある。」事の有難さを感じます。
「家族」を次々と失い、一人になっても帰るところがある。安らげる場所があると言うのは大切なんですね。
箸置きが何故大切かというと、箸が帰る場所をちゃんと作って置くためだそうです。箸が無事に戻り、帰る場所が箸置きであって単なる飾りでは無い。少し休ませて、また働いてもらう役割もある。お椀や皿に乗せたままにしない。
格好付けだったり、飾りでは無いのですね。食べ物を摂取して生きている。その食べ物に感謝すると共に、口まで届けるために働いてくれた事への感謝が込められている訳です。
日本人独特の風習かも知れません。そこには帰る場所がある事の大切さも込められている様に思います。
何も残らなかったけれど、疲れ切っでも帰る家が残った。と言うか、私の親の援助で残せたので、帰る場所がある事の大切さと言うのは親の教えでもあります。
なので、誰よりもまず親に感謝しなければなりません。
多少なりとも人の拠り所になって来た私ですが、私自身がヨレヨレでは拠り所たり得ませんね。
誰しもが、自分自身を立て直す場が必要なのだと思います。帰れる場を失えば、立て直せ無くなる。帰る場を大切にできない人は、自分を失って行く。
そう言う関係にある様に思います。人が、帰るのをちゃんと見送ると言う事も、同じ関係にある。特に永遠に帰る時には。
さて、今日も昨晩に続いて大型バスを3時間運転し続ける仕事です。昨晩の状態を思いますと、大丈夫かな?とも思います。しかし、やり抜くしかありません。私に任されて、引き受けた関係にある仕事です。
自分を甘やかすと、人はその状態に安住してしまい、動け無くなる。安住と言うのは、死んだ状態だけなのかも知れません。
生きる事を大切にするための拠り所が、家なのかも知れません。家を奪われる事は、生きる事の破壊でもある。
戦争や災害の悲惨さを、そう言うところから考えながら、箸置きの習慣を見直す事も大切である様に思います。心無く格好だけの事は無意味ですから。
https://youtu.be/3U9opp9FYsE?si=TUMntOknTrVtC4mu
未選択
2026/03/06 13:12
0
名人に学ぶIKIGAI-心の持ち方
今秋は、大型ウィークとなりました。一昨日に続いて今日も明日も大型バスの担当でございました。慣れて来たとは言え、気の使い方が格段に違うので結構疲れます。
今日は、朝乗務のあと工場送迎に使う「新車」の中型バスの試乗も指示されました。同乗は、一つ年上のチョーベテラン運転士でございます。
オートマで、マニュアル車とは違う特性があり、運転できるだけでなくスムーズに操縦するのには慣れが必要なのです。
普通に加速すると変速の際にガクン、ガクンと小さな衝撃が発生します。ブレーキの掛かり方もかなり違います。
多少慣れたかと思いましたが、最後にベテランの方に運転を見せて頂きましたら「別物」なんですね。まるで観光バスに乗っているかの様な安定感。眠くなる心地良さ。
私とは全然違う事を実感させて頂きました。要するに、全くまだまだなのです。
安全に運転できると言うレベルの上がある事を、実際に学ばさせて頂きました。
年を言い訳にせず、自己満足もせず、さらに向上に務めなければなりません。新たな目標がある事を、知らしめて頂きました。
(分球して植えておいたヒヤシンスが、庭のあちこちで開花し始めました。やはり、来年を考えてもっと整然と植え直さなければと思います。)
私は、人の良さと詰めの甘さが同居して肝心なところで手痛い失敗を繰り返して来た人生の様に思います。
そこを超えなければ、やり抜いたと言う実感が持てない。
それは、生きている喜びの実感が持てないで来た事と同じではないのか?
そんな風に思いはじめました。
「IKIGAI」(生きがい)と言うのは、そのまま外国でも使われる日本語だそうであります。「もったいない」と言う言葉も。
ところで例え小さな事でも、安易に得られたものや事に生きがいと言うのは生まれないのだと思います。
何故なら自分の心が感じるものだから。自分の心の置き方で決まるものだから。
体力も、気力も、視力も、聴力も衰え。腰も尻も、胃まで痛み、フラフラする。困難を先に上げればいくらでも出て来るのですが、やるからにはしっかりとやり抜く。
結果がどうあれ、とことんやり抜く。誰かの評価の問題でなく、自分の心の問題として、それはある。
人の評価に振り回されているうちは、心が自由になる事も、本当に生きがいを感じる事も無いのではないか?
そんな事を思います。評価なんてものを超えられたら、人と心から結びつく事だけが残る。
きっと、そうなんだよ。
無名の名人の運転からも感じた事でありました。生きがいが、豊かにある人でもあります。
未選択
2026/03/05 12:49
0
死者たちに生かされている。
15年目の「3・11」が近付いています。私の方は小学校のスクールバス担当でございます。(搾取は、日にちを間違えてしまいました。お詫び致します。)
息子を亡くしてから13年目の私ですが、未だにその打撃が残り忘れる事がありませんので、大震災と原発事故で亡くなられた人への遺族の悲しみや打撃が消える事は無いと思っております。
忘れられるはずが無いばかりか、亡くなっても心の中に消える事なくいるのですから。
昨日研修「指導」で一緒だった人が、「無くなっても磁場として残っている事は、量子力学でも証明されているんです。腕を切断して無くなった人が、かゆみや冷たさを感じたりするのには理由があるのです。」と言うお話しをしてくれました。
見えなくてもあるのは、放射線だけでは無いのです。
人が死んで、肉体が無くなったら存在しなくなるとすれば、人が人である意味も存在しなくなるくらいの問題じゃないかな?と思います。
戦争の問題も、原爆や原発の問題も、人の死に関わる歴史的問題が自分に関係無いとすれば、自分の人としての存在もまた希薄になり、意味を失う。その様な問題ではないかと思います。
(命の瀬戸際で、全てを捨てて「本来無一物」に立った時に見えるものがある。所有できるものなど無く、所有にこだわるほど生を失う。)
古希の年を迎え、何やら全面的に調子が悪い。50代、60代とは全然違うと言う事を否応なく感じております。
仲間たちに「余命半年前って感じに調子が悪いんだ。」と言ったら「でも血色がとても良くて若く見えます。」と言われました。
何とも不思議な状態でもあります。かつては激しく高揚した心が、躍る事もすっかり無くなりました。
自分の不調な状態や躍らぬ心を、薬や安易な娯楽でごまかす事なく向き合う。不調であってもまだ動けている。バスも運転しているし、友人たちと会う事も出来ている。それだけではなく、今までと違うレベルで深く関われている。
なので不幸では無い。仲間たちは「辻川さん、自由になったね。」とも言う。失う事は、人として、所有の束縛から自由になって行く事なのかも知れません。そうして大事なものが見えてくる。死者たちに生かされ、またそれを尊ぶ人に生かされている事。
不調も大切な啓示なのかも知れません。
何故か、周りの人たちから大切に思われている事を感じ、有り難く思い、図に乗る事も無く、感謝を忘れず、恩をお返ししながら、決して分からぬ余命を生きなければなりませんね。お迎えが来るまで。
未選択
2026/03/04 11:30
0
藪の中の鳩
3月3日、ひな祭りの今日は雨降りでちょっと寒い日になりました。
今日は研修「指導」でハンドルは握らず、まだ火曜日と言うのに疲れている私がおります。
昨晩は5時間睡眠なのに「何だか眠れない」とお昼寝に入ったのですが、気がつくと薄明るいので「やっちまった!遅刻した〜。」と飛び起きました。朝の出勤と勘違いしてしまいました。時計を見てから、2時間も眠った事が分かりました。
あ〜、びっくりした。
胸を撫で降ろして、同僚の娘さんがチョイスしてくれたプリンを頂きました。
とても美味しいプリンでした。千葉県野田市にある「プリン工房フラン」製のプリンで、添加物無しでございました。
「道の駅さかい」の袋に入っておりましたので、そちらで買って来てくれたのですね。
甘党では無い私にも美味しいと感じるプリンでございます。
贈ってくれた方のセンスと心を感じながら、有り難く頂きました。
道の駅さかい。私も3度ほど寄った事はあるのですが、美味しいプリンが売られていた事は知りませんでした。
人と心でつながっていくと、色んな事を知る事ができます。
今日の研修「指導」を担当させて頂いた方からも、教えると言うより学ぶ事の方が多く、有難い出会いをさせて頂いております。
そう外国人の青年運転士からもです。彼が色んな人を見ながら、運転をしながら感じている事を聞くだけで学びになります。
今朝も私に初めてやる事について聞いて来てくれましたが、彼自身が色んな人の話しを聞きながら自分の判断をしっかり持っている事を、私はいつも頼もしく感じがます。そして、それを肯定致します。
失敗からちゃんと学べる人が向上するし、信頼される人になるのですから。
昨晩も、私のちょっとした失敗談をしましたら「実は私もやりました。別の人に気を取られると失敗するのですね。」なんて、お互いに笑い合いました。「そう、ベテランでも一瞬の油断でぶつけたりする。バス運転士と言うのは厳しい仕事なんだよ。」と、そんな話しを致しました。彼はそれを簡単に返さず、ぐーっと胸に刻み込む様に考える。そんな青年です。
その姿勢から、68才の私も学ぶのです。
(いわきに向かう時、駅の枯れ藪の中に鳩を見つけました。帰って来た時にもおりました。私に、何か伝えたかったのでしょうか?)
昨日は、土日を挟んで3日連続の大型バス運転。何やら中型バスを操縦する様な感覚で運転できる自分がおりました。
不安を越えて、落ち着いて状況に対処しながら冷静に運転する自分がおりました。
不思議な事ですが、丹田呼吸法で深呼吸をしながら運転しておりましたら胃の痛みがだんだんと消えて行きました。
あ~、大型バス運転の不安やプレッシャーのストレスで胃が痛んでいたのかも知れない、と分かりました。
思い返しますと、新しい仕事に挑戦した時には、必ず背中や腰が痛んだりしました。
不安で慣れない事に挑戦しているからこそ、身体も痛む。それを何とかなだめながらやり切って行くと別の境地が現れる。
そんな事の繰り返しだったのですね。
また少し乗り越えて、別の世界と境地が見え始めた。楽になんか行かないから、魂に刻み込まれて行くのかも知れません。藪の中の鳩にだって魂はあるのだと思う。
未選択
2026/03/03 14:18
0
丹田呼吸法
3月初めの乗務は、先週末に続いて大型バス2号車でございます。1号車は、外国人青年です。
発車前に、みそきん君のバス担当の介助人さんから「入試の問題が簡単だった。」との伝言を頂きました。「そうですか。彼は賢いから。」とお返しすると、介助人さんも「そうなんだよ。」と同意して笑い合いました。
運転席に着いて、発車前に漏れが無いかと再確認しておりましたら別の同僚が来てくれて「渡したいものがある。」と言うので駐車場までついて行きましたら「イチゴ美味しかった。」と、同僚からは草餅を彼の娘さんからはプリンを頂きました。何と嬉しい週明けでしょうか。
(胃が痛むので、昨日は友人を誘ってうどんを食べに行きました。)
(綺麗なお店には、可愛らしい「キンセンカ」がありました。店主さんも感じが良い美浦村のお店です。)
70才を越えて行くと言う事は、こんなにも大変なのか?と感じる日々でございます。
とにかく至るところが次々と不調になっております。
今日も胃の痛みが周期的に来るので医者に行く事にしました。販薬が効かないのです。
「医者に行くので」と点呼の了解を得て朝乗務後のバス清掃を半分にして、夕方出庫前に残りをやる事にしました。
大型バス1号車の外国人青年運転士に「半分やって先に上がるね。医者に行くから。」と話すと「辻川さん、私が外側をやって置くから中だけで大丈夫。」と言う。「え~っ、いいよ、いいよ。」と言ってから、そうか〜先週末に手助けしたお返しか〜と思い出して有り難くお願いした次第です。
(うどんを食べた帰りに、早咲きの河津桜を発見致しました。)
大型バスの運転も油断は禁物ながら、ストレスが無くなって来た事を感じます。
何やら胃の痛みも軽減してしまいました。一番の原因はストレスなのかも知れません。
それでもお医者さんでは、万一に備えて関連する原因を考えて検査してくれます。
ちなみに町医者さんとは言え、こちらでは新しい医院は筑波大出身の方ばかりです。
その上でですが、ストレスがあると呼吸が浅くなるんですね。
丹田で深く呼吸する「丹田呼吸法」をやっておりましたら、何やら楽になったのも事実でございます。丹田で呼吸して、痛いところに気を送ると楽になります。
みなさんもいかがでしょうか?
良い気には良い人と美味しいものが集まって参ります。
未選択
2026/03/02 10:24
0
前のページ
Home
次のページ
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
カテゴリー
未選択(1687)
最新記事
自分が本当にやりたい事を大切に
(04/07)
打ち捨てられたものへ。
(04/06)
揺るぎなき人たち。
(04/04)
雨が上がってレインボー
(04/03)
親が死んでも食休み。
(04/02)
RSS
RSS 0.91
RSS 1.0
RSS 2.0
リンク
管理画面
新しい記事を書く
P R
ページトップ