辻川慎一つくば便り

9月30日JCO臨界事故20周年に思うこと。

明日9月30日は、茨城県東海村JCO臨界事故の20周年だとニュースでやっていた。

作年は、現地調査や集会にも参加させていただきましたが、労働者の立場からこの事故を見て来ました。

結局事故の原因は、規則を守らなかった作業員にあるとされたままです。尼崎事故の高見運転士と同じです。家族は、ひっそりと悲しむしかありません。


事故の被曝によって二人の労働者が凄まじい死に方をしているのです。あえて改めて出したいと思います。



私は思うのです。いつの時代も、どんな時も、国を守る、会社を守る、組織を守るともっともらしいことを言って労働者・民衆が責任を取らされて来ました。根本問題にメスは入れないことで、他の人は安泰…。


被曝しても細胞を再生する研究が進められていると言います。結局、原発も核開発もやめない。被曝しても助かる研究をすれば大丈夫と言うことらしい。しかも、根本対策は「まだ無い」と言う。

それにしても、命と健康を危険にさらさないと生き残れない国って何なんだろう。

その国を批判してるつもりで、労働者を人として平然と切って、潰してしか生き残れないと言う組織も一体何なのか?

国家への根本批判になる訳が無いと思うのです。


そんなものが労働者・民衆に支持される訳もありません。したがって生命力が無く、生き残ることも無いでしょう。

労働者・民衆が座らない戦争反対も反原発もインチキた!と私は思います。

痛みや死は、個人のことではありません。自分の痛みは、他者に開かれているのです。自分の肉体と不可分に生きる人間の共同性は、痛みと死と不可分なのです。だからこそ、実はそこに共同の深い喜びもあるはずだ。

簡単に言えば、自分が痛いことは人も痛い。自分が嬉しいことは人も嬉しいのです。

労働者のせいにすれば済む。誰かのせいにすれば済む。その瞬間に人としての関係は閉ざされ、終わるのです。私は、そう思います。

なんて、温泉で仕事で疲れた体を温め、アルコールで内側から温まって来た私の一人ごとでした。



肉体の痛みは温めると和らぎます。心の痛みには、温かい言葉が一番ですね。


心から笑える様になりましたので、心が冷えて痛む人に温かい言葉をかけられる自分になりたいなって思う私でした。

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