辻川慎一つくば便り

5月には母の日がありますね。

コロナで自粛、自粛。
こんなに自粛が叫ばれたのは、やっぱり戦争の時以来らしい。
みんなが楽しみにしている娯楽が規制されたのもです。戦争の時代や、軍隊には何も楽しいことは無かった。だから余計に楽しみを見つけた。とは昨日も紹介した水木しげる先生です。妖気まで感じられた方です。私は、まだ妖気まで感じられませんが。



この世に生まれて、小さな時は母親が全てであり存在基盤です。そうでもない母親もいるのでしょうが、子供に取って生きるための、あるいは世界と触れ合って行く基盤は母親ですね。

私も、小学生低学年くらいまでは母がいなくなると言うことが不安で、怖かったことを覚えています。

ところが、段々大きくなり力が強くなって来ると母親の注意が、口うるさく感じて反発を感じて来る。もう子供じゃないんだ!と自立心が出て来る。

それも自然なことなのかも知れません。心配する振りをして、相手を意のままにしようなんて言う心理があったりするから余計にややこしいし、単純じゃない。

だから、こうあるべきなんだ!じゃなくて、相手への思いを感じて働きかけることがやっぱり大切なんだと思います。感じることって幸と不幸を分けている様に思います。

大人になることが感じることに鈍くなることだとすると、やっぱりそこから人としての死がはじまる様に思います。


(綺麗で、清々しいことは感じられます。)


さて、来月は5月。母の日も近づいています。単に儀礼的な贈りものをすることより、自分と世界の窓口だった母親を見直して、鈍くなっている感性を取り戻す機会かも知れません。

60を超える私に「マスク、手洗い、うがい」と言ってくれる人たちは、私と言う人間に対して純粋に愛おしく思ってくれている人たちだと感じます。

何か言い訳の様に、自分の立場を守るための人たちの言葉には愛やいたわりを感じませんね。死が近づきますぞ。


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