辻川慎一つくば便り

失くして得ること。

田植えの時期から約一月が経ちました。
おたまじゃくしも、稲もメキメキ成長しています。
これから梅雨時を経て、夏から実りの秋へと昔から変わらない自然の中の一年がくり返えされて行きます。



ネットを見ていましたら「このハゲー」で有名になってしまった豊田真由子さんと言う方が、別人の様になったと出ていました。人が権力を持つことの怖さと一緒に。


私自身がそうならない様に、動労水戸の委員長を10年を超える前に退任したのですが、政治党派の幹部になって行くに従いチヤホヤされる様になりいつの間にか横暴になっていた様に思います。

自分が嫌だと感じる人格に、自分自身もなっていたことに気が付かない。
相当な努力を尽くしていた分、余計に周りの人が見えなくなり「嫌なヤツ」になっていたと思います。

誰かが何かをやるのは当たり前になり、人を評価の対象として見る。人との関係で自分はあるのですから、実は自分自身が権威の「上昇」と共に希薄になって行くのです。

権威とか権力と言うのは、金銭支配の本質を隠すオブラートなのかも知れません。

資本主義と言うシステムは、実に人間を効率的に動かします。その潤滑油がお金と権威、そして権力支配です。

一時期、大会社などの組織で重役をやっていた人ほど無役になってから嫌われると言われました。人と人の関係が上下や序列になる。染み付いた発想で孤立して行く。

嫌だな、と思って来た分自分にもそれがあることに気付き自分が嫌になる。



何故嫌になるのかと言うと、自分にとって本当に大切な人が見えなくなり遠ざけてしまうからです。


中華料理店も経営して成功している方に、パスタが上手くできたから食べないかとごちそうになりました。

成功してお金に困らない人です。もちろん「美味しいですね。ごちそうさまでした。」と頂きました。私は、付き合いが大切だからとずっと料理は二の次で、美味い不味いなどにあまり関心がありませんでした。

しかし、正直なところ美味しいと感じ無かった。どうしてなんだろうか?

作る人に、食べてもらう人への愛情や思いやりが無いからではないか?

そんなに大層なことでなくても、誰かを大切に思えて、その誰かのためにできることをして見る。

その思いが通じた時に嬉しい。それだけのことかも知れません。

息子を失った私の反省は続きます。

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