辻川慎一つくば便り

疲れた体で考える

みなさんおはようございます。

ヘトヘトに疲れても、体内サイクルがあるのか昼間の熟睡はなかなかできません。電車運転士の頃を思い出し、はるかに過酷になった今の運転士たちを思います。


(疲れた体に!有機無農薬野菜や産地に気を配った食材の水炊きを、やはり無添加のポン酢でいただきました。)

浅い眠りの中で、「何でいい年して深夜便のトラック運転なんてことをやってるんだろう?」なんてうつらうつら考えました。

睡魔との闘いは、高崎から栃木の都賀インターに向かう高速道路が一番厳しい。下の道路なら頻繁にギアチェンジを行うので実は眠くなる暇が無い。大声を出そうが、歌を歌おうが、顔を叩こうが、眠気覚ましガムを噛もうが全てダメ。

自家用車のナビなら「そろそろ2時間です休憩しませんか?」と言うが、積み下ろしの時間を除けば約9時間ぶっ通し運転。しかも1人。めちゃくちゃな世界だと思う。それを、それこそ凄い数の労働者が担って社会が回っているなんてことを、誰も考えて無いと思う。

買い占めに走り、マスクや消毒剤、トイレットペーパーや保存用食品が無いと怒ったり、嘆いたりしてもそれを毎日毎晩運んでいる人がいることには思いが及ばない。

誰が悪いとかでなく、それが生活の全てを外注化され巨大資本に握られた「消費資本主義」がもたらしている現実なんだと思う。

アメリカもそうだが、災害が大きければ大きいほど中小零細は消えて独占資本の独占支配が強力に進むのです。



(北関東では「もんじ焼き」とも言うと読者から。長くやって来た店が閉店になったとのことです。)

(安くてびっくり!子どもたちの味方だったのですね。)

コロナウィルスの影響が世界的であることは、独占資本と独占資本がぶつかり合いながら世界の独占支配が進むと言うことではないでしょうか?

巨大独占資本の勝利と支配は、人が生きることや働くことそのものの全てが利潤と効率化追求の対象になって行くと言うことだと思います。

私たちは、自由だと思わされているけど巨大独占資本とその利益を体現する政治家が容認する範囲での自由であることを思い知る時も近い様に思います。



昔の漁民は、今以上に命がけだった。潮に流されたり、突然の嵐にあったり。あきらめた時は死だった。だか決してあきらめない人たちだった。周りが終わりだと思っても、医者があきらめても、決してあきらめなかった。

そう言う驚くべき人たちを何人か見た。

きっと私は、リスクの方が多く利益の少ない仕事をしながらあきらめない、「あきらめたら死ぬしかない」そう言う人間が生きる本質みたいなことを学び、自分に刻み込んでいるのかも知れません。

この現実には曖昧さが無いのです。

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