辻川慎一つくば便り

効率化の限界。寄合(よりあい)って知ってますか?

宮本常一と言う人の本に日本の村では、決め事をする時に「寄合」をした。寄合はみんなが合意するまで3日でも4日でも開かれ、延々と行われたと書いてありました。

茨城の田舎でも、近所の集まり事は今でも寄合と言われていますが、時間がかかるし非効率で面倒くさいと言うイメージがあります。

寄合の歴史は古く平安時代までさかのぼる様です。貴族支配の狭さを農村共同体の発展が越え、武士の支配が成立する過程で誕生しています。鎌倉幕府の最高会議も寄合と呼ばれたとか。


(つくば市「一の矢神社」。神社は、五穀豊穣や武運の祈りだけでなく、共同体の寄合の場にもなって来た様です。)

寄合では、全員が心を落ち着けて徹底的に話し合われたと言います。全員が満足する結論が出てくるまで話し合われる。大切なのは結論が出る過程で共同体の質が深まることであり、次の寄り合いではさらにレベルの高い話し合いになった。

そして寄合には世話人や聞き役がいた。

世話人や聞き役の役割で、大切なのは「ここらで一息入れしましょうか」と言うこと。単なる休憩の合図ではなく参加者が今までの話し合いを客観的かつ冷静に見直すためだったそうです。


寄り合いのリーダーには全員が認めた人がなった。つまり、個人ではなく公の立場に立つ人が選ばれた。

私心がないひとがリーダーとして認められ、みんなをまとめた。


リーダーは、たとえ自分が苦労をしてでも仲間のことを思い行動できる人です。今の時代でも、そう言う人に付いて行きたくなるのは同じだと思います。


(「一の矢神社」では、定期的に骨董市が立ちます。)


さて、一見非効率な寄合は経済成長と共にどんどん廃れてきました。生産性の向上は、人間の共同性の発展を土台にして来た。しかし、共同性は資本増殖の邪魔になった。そこに資本主義の限界があるのだと思う。

共同性の凄さは、多様な一人一人が尊重され、重視されその力を発揮するところにある。クリエイティブ(創造性)の源なんですね。だから本当の「効率性」はそこにある。

会社でも、労働組合でも「ホウレンソウ」が大事だと言われて来ました。本当でしょうか?

報告したら自分の責任から解放される。連絡を受けたらそれで終わり。相談しても結論は出ず。それは共同性が壊された結果の後おいでしかありません。

その中からは新しいものは生まれず、組織的成果の数値だけが踊って行く。


偽装がずいぶん流行りましたね。差し当たり株価や評価が上がれば良い世界の結果だと思います。


(全く効率的でない人生でした。)

組織も労働組合も嫌われて来た。しかし、共同性の中でこそ人は生きる。組織が悪いのではなく、根本の考え方がだめなんじゃないか?

生産や成果でなく共同性の発展を公(社会全体)の立場から考え、貫くリーダーたちが必要なのだと思う。人間の共同性と創造性の真の敵は効率化ではないだろうか。

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