辻川慎一つくば便り

「置いてきぼり」を考える。

台風の影響か、朝から雨で風が強いです。筑波山が見えないので、今日は撮りおきした筑波山です。


(ちょとアートな感じで撮って見ました。)

大型バスの運転士になって2ヶ月がたちました。多少なりとも心に余裕ができたのか本に集中できる様になりました。

戦争の本を読みました。
一労働者の私は、戦争を見る場合にも兵士の側から見てしまいます。南の島でアメリカ軍との決戦の中で、いっぺんにやられるから「一か所に集まるな!」と命じてもみんな高い木や目印になるところに集まったとの記述がありました。重症を負った兵士が、衛生兵が青酸カリを飲ませるのを拒絶したともありました。


私は、実は死ぬことそのものより、自分が置いてきぼりになることの方が怖かったんじゃないか?そんな気がしたのです。



私は5月に那須自動車学校の合宿に行き、大型2種免許を取りに行きました。

日頃軽自動車に乗っていて大型バスに乗ることの余りの違いに混乱しながら、ようやくコース検定を通り、いよいよ仮免許で路上へ!と言うところで「深視力検査」と言う難題にぶつかってしまいました。


大型免許を取る人はみんなやるのですが、これがなかなか通らない。合宿では一度落ちる度に次の検定まで、2日間を棒に振るのです。2週間で卒業のはずがどんどん延びました。

困難だからこそ一緒に落ちた人とは何だか「戦友」になる。次の検定では、「戦友」の合格を応援するのですが自分は落ちてしまう。すると自分だけ置いてきぼりになっている感じがしたのです。

目が見えないことは、自分の努力の範囲を超えてしまうのでとても辛かった。もうだめか?とも思いました。

3度目はメガネ屋に行って、メガネを作ってもらい何とか合格しました。「通常なら問題にならない軽い遠視で焦点があわない」とのことでした。合格した時は倒れそうになるほど緊張していました。



(深視力検査。前後それぞれ1cmの誤差しか許されません。)

ようやく合格して、路上に。そしたら教官が「毎年深視力検査で、大型免許を断念する人が30人以上いる。学校は丸儲けだよね。」と言うのです。


何だ自分だけじゃないの?先に言ってよ!って思った訳です。自分だけが通らない、自分だけが置いて行かれる。その焦りの方が、検査そのものより辛かったことに、その時気付きました。

考えて見れば、仲間はずれや「ハブ」されることで人は死を選びます。自分一人では無いことは、とても大切なんだと思います。

人は、仲間がいれば生きられる。だからみんなが集まる「高い目印」も大切なんですね。「高い目印」は、みんなが集まる目印になって、「仲間を置いていけ」でなく「仲間を守れ!」と指示すべきなのだ。

仲間を置き去りにすることをやむを得ないとする戦争(国)も、企業も、組織も人間の本質に反している。


そんなことを考えました。

コメント

プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開

カテゴリー

P R