辻川慎一つくば便り

賃金は等価交換ではない。

みなさんお疲れ様でした。

「メンテナンスフリー」の電車も壊れる様に、バスも故障する。壊れない機械はありません。

故障したバスの代替え車を朝から準備。30分早く出て5時半から、出庫ギリギリまで動きっぱなし。困ったのは、誰もトータルに分かる人がいないこと。「みんなの力を集めて」と言うと格好良いけど、誰も責任取らないこととセットだと実に困る。

まあ何とか子供たちを無事に送り届け、笑顔を見たら一安心して、どっと疲れが出ました。


(職場の近くから見た筑波山。)


ところで、早出して何とか間に合ったのですが、自分の判断なのでその賃金支払いはありません。

現象としては、無事だったことだけです。私が得たものは?子供たちの無事と笑顔。それから、職場の仲間の少しの信頼かもしれない。

そうすると賃金と労働は等価交換ではありませんね。私も金が欲しくて早出したのではありません。子供たちの笑顔が見たかった。それだけかもしれない。だから目的は達した訳です。

さて、労働の対価が等価でないことをJRの労働組合動労水戸の組合員は知っています。


(動労水戸国分さんの写真)

どんなに仕事が出来ても、動労水戸と言う労働組合に入っているだけで昇進も昇格もしない。最高裁で勝っても同じです。

そんな組合に入っていて何の得があるんでしょうか?「等価交換」と言う資本主義や会社の嘘を信じるより、仲間との信頼や笑顔を得て来たんだと思います。

JRを離れた私を飲み会に呼んでくれる時、彼らは私から金を取らない。
割り勘でも、等価でもありません。

貧乏労働者の方が気前が良い。気前が良いから貧乏だとも言える。金を目的とする人はケチが多い。

ところで自由・リバティの第一の意味は「気前が良い」だそうだ。

確かに自由民主党は気前が良い。但し人の金(税金)をばら撒いて来たので貧乏労働者とは違います。

そうすると、等価交換から言えば損をしても気前が良い貧乏労働者が真のリベラルであり、人として自由に生きていることになる。

だから、金が目的じゃなく人の信頼と人間としての自由が私たちの目的なんじゃないか?

疲れながら、そんなことを考えた次第です。



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