辻川慎一つくば便り

見えないから無いのではない。

昨日会社から連絡が来て、5月連休明けの運行に備えて待機中のバスの点検整備する今月唯一の出勤日が無くなったとの連絡がありました。それ以降については検討中であるとのこと。

先が見えない中で、社員が集まることのリスクの方を考えての判断かも知れません。

ウィルスの伝染には、空気の乾燥が適している様ですが梅雨の季節を待つしかないのか?それでも終息しないのか?
何をもって終息宣言をするのでしょうか?

韓国では、徹底した検査で感染者を調べ上げることで感染の拡大を阻んだと言われます。さて、オリンピックを前にした日本はどうだったのでしょうか?

「調べるから増えるんだ!」とは、福島の子供たちの甲状腺ガンの増加に対して、この国の政府や医学界の「偉い」方たちの主張であることを思い出します。根本的姿勢が違うと思います。


(今も街頭に立ち続ける人たちが「いる」。読者が送ってくれました。)


ウィルスが目に見える様になったのは、電子顕微鏡ができてからなんですね。光学顕微鏡ができるまでは細菌も見えませんでした。

目に見えないものでもあることを「発見」して来たのが科学や医学の歴史です。電気も放射能も、目には見えなくてもある。

でも人間は、どんどん明るくして、暗闇を無くし昼も夜も関係なく動ける様にしました。


(子供たちが隠れている?これは見えますが、例え見えなくても「いる」。公園で遊ぶ、JRの後輩の子供さんたちです。)

自分には見えている。自分には分かっている。そう考えている人が、実はとても孤独なんだと思います。

何故なら人の心も、見えないからです。見えないから無い訳もなく、見えるはずも無い。相手に関係なく分かった気になっているだけだから、心でつながることができない。


(亡くなった人が蝶になって訪ねて来る。あり得ないとも証明できません。)


人間は、猫や犬と心が通じます。野生の鳥や動物さえ。植物とでも。それを無いとは言えないし、無いと言って証明できるのは自分の心の狭さや貧困さでしかありません。

文明の力が万能ではないことを、人間の歴史は私たちに伝えています。豊かに生きることって、見えないことを感じるところにある様に思います。


(筑波連山の宝篋山極楽寺跡の近くにありました。昔のお墓でしょうか。どんな人生や思いが込められているのでしょうか?)


私も、息子が生きている間に見えなかったことが、死んで姿が見えなくなってようやく見えてきたことがあります。

彼の心です。
私に取って彼はいるのです。

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