辻川慎一つくば便り

職場代表者「選挙」を考える

コロナウィルスの拡散で人の動きが止まり、日本だけでなく世界へ経済危機が拡散しています。

東京オリンピックに黄色信号が灯り、オリンピック開催前から景気が落ち込むと言う前代未聞の状況に入りました。

「自分たちの正当化しか出来ない諸政党よりは、食わしてくれる自民党がまし。」と言う構造が、根幹で揺らいでいる様に感じます。

この時代をどう生きて、どう選択するか?同じ様に考えるJRの青年からメールが届きました。

「気持を固めて、職場代表選挙に立候補しましたが、投票がはじまると会社側の人間が監視して誰に入れるか見ている。こんなの民主主義じゃない。みんなに訴えたい。ブログにも出して欲しい。」

とのことです。


(動労水戸国分副委員長の写真。1鉄道を愛し続けて来た「撮り鉄」です。)

動労水戸からも木村委員長が大子で、国分副委員長が勝田運輸区で立候補していますが、わざわざ「会社の考え方」を出して「公正な選挙のために無理な勧誘があれば通報を」と掲示しています。

要するに選挙運動は許さず、会社側の候補以外への投票には無言の圧力を加えていると言うことです。

こうまでして会社が恐れているのは何でしょう?


(今回初立候補した国分副委員長。)


会社は、36協定(時間外労働に関する協定)を結ばないと自由に残業を命じることが出来なくなリます。すると要員を増やさなければならなくなる。なので、会社の立場に立つ人に代表をやらせたい。「代表」が言いなりなら、こんなに楽なことはありません。

しかし、問題は職場の労働者が疑問や不満を持っても何も言えなくなり、自分さえ良ければ状態になって行くことです。

隣りの仲間が苦しんでも、病気になっても、職場を去ってもそれはその人の問題だから関係ない。自分だって大変なんだ。

そして、自分が苦しい時には誰も振り向かない。会社は、使えなくなった人は簡単に切るし。

ん〜。頑張って、頑張って、結局寂しくてつまんない人生じゃないのか?


(仲間と楽しくカラオケする動労水戸木村委員長。)


私が運転士をしている学校でも、生徒会の選挙がありました。私のバスに乗っている子も立候補しました。

その子は大学進学はしないで「病棟保育師」を目指していると言う。自分も病気で苦しんだから、子供たちの力になれたらととても謙虚な子供です。選挙に勝つためでなく、みんなで助け合える様な学校にできたらと演説会の準備をしていました。日頃から、みんなに声をかけて、一人一人を良く見て、耳をすませて聴いています。

必ず当選するだろうなと思っていましたが、当選の報を聞いてとても嬉しかった。


(この方も選挙で選ばれた代表ですね。「カップヌードルは、1000円くらいだろう」)


主張の正しさってなんだろう?民主主義の選挙って、本当は公明正大に人と会い、触れ合えることが大事ってことじゃないのか?

人間の自由な交通やコミュニケーションを怖がり、抑圧するのが独裁の特徴だから気を付けよう。


全てが壊れ様としている今は、一番シンプルな原点に帰る時じゃないのかな。

学校も職場も日常の顔の見える選挙と言うところが一般の選挙と違うかも知れません。主張の正当性以上に、その人が自分に取ってどんな人かの日常が問われる。

人は日常に生きている。だから会社がどんなに圧力をかけても、壊せない関係ができると、それが堤防決壊の様に発展する可能性がある。それを会社は恐れているのだと思います。

内心ビビりながら、数百人の人たちの中で怯まず自分の主張をし抜いた時、実は居丈高に振る舞っていた相手が私を恐れていたことが分かりました。労働組合運動の中で私がつかんだ生きた教訓でした。

何故私が怯まなかったかと言えば、私は自分のためでなく、みんなのために、労働者のために闘っていたからです。孤立している様で、現場には必ず支持してくれる人がいました。

自分が属する組織や自分の正当化のためにやる選挙と言うのは、そもそも不純なのだと思います。

さて、代表の意味を調べると

・部分によって、それの属する全体を表し示すこと。
団体や多数の者に代わって、その意思を表すこと。また、その人。
全体を示す代わりとなるような、一つのもの、または一部分。

だそうです。

ちなみに労働基準法では、会社側の利益代表は、職場代表になれないことになっています。

コメント

1. 無題

電車運転手→電車運転士
病棟保育師→病棟保育士
※国家資格

3. 無題

訂正ありがとうございます。

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