辻川慎一つくば便り

超えられない経験の壁と人間の自由

おはようございます。

サーバーがパンクしてから一週間以上たち、昨日は回復二日目で「つくば便り」開設以来最高のアクセス数がありました。JRの仲間たちにも「楽しみに待っている」と言われて、心から嬉しく思います。

さて、仲間たちと「国鉄分割民営化」と「効率化」に反対する労働組合を作った「罪」で、JRから20代から50代まで、約25年間駅の売店に隔離されました。

それから52才で勝田車両センターの検修の仕事に就くことになり、まず困ったことはなんだったでしょう?

朝の作業打ち合わせで言っていることがさっぱり分からない。つまり、用語が分からないと言うことでした。周りの人が普通に会話していることさえ分かりませんでした。これには、困りました。

見かけはベテランながら、全くの初心者です。言葉が何を指し、何を意味するのか?とにかく恥も外聞も無く聞く毎日。何度も質問し、実作業で確認する。そしてその作業の意味、作業に必要な道具、基本工程を毎日メモり、さらに休憩時間にシュミレーションして頭に叩きこみ。さらにまた、実作業で体にも刻み込む。

そんな日々の繰り返しと蓄積でした。とにかく、できない言い訳よりもみんなと一緒に一人前の仕事がしたかった。鉄道から外され続けて来たので、仲間たちと仕事ができることが嬉しかった。


(勝田車両センター機動班の仲間たち)

初心者の私が8年間書きため、修正し続けたメモ帳を見つけて持っていてくれた仲間がいました。「凄いメモだ」と言って頂きました。

しかし、当然なのかもしれませんがどんなに頑張っても超えられない経験の壁があるのです。それを学べたことも貴重な経験でした。

52才の新人検修労働者から、今度は62才の新人バス運転士へ。超えられない経験の壁がある事を経験した者として、現在の仕事と先輩たちに謙虚に向き合えていると思うのです。


(バス運転士の先輩たちとカラオケ!)


ナチスの強制収容所から生還した体験を持つフランクルと言う人が「夜と霧」と言う著書の中で、自由の全てを奪い、命を奪う強制収容所の極限状況の中でも「精神の自由」=自分を見失わなかった英雄の様な人がいたと書いています。

極限の状況の中でも、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけ無しのパンを譲る人たちがいたと。そして、その様な精神の自由を持ち続けた人たちが、結局は絶望せずに生き抜くことができたとも語っています。

ナチスは、収容者であるユダヤ人から管理する人たちを選び差別し「優遇」しました。「カポー」と呼ばれたそうです。労働者から管理者を選抜するやり方は現在も同じです。

収容者の多くの人たちは、ナチスだけでなく「仲間」の仕打ちにも絶望して死んで行ったと語っています。



人間は、生まれも育ちも選べません。しかし、与えられた環境や条件の中でいかに生き、いかに振る舞うかと言う選択の自由はあるのだと思います。

私も、鉄道の仕事を外されながら仲間たちを励ます時、この収容所の経験からつかんだ貴重な教訓を重ねました。

人間としての選択の自由とは、条件の厳しさに支配されず私自身として今を生きることだ。そう生きたい。
それが、他の人と共に生きる自分自身の選択ではなかったかと思うのです。

自分自身の選択を投げ捨てた時に、私たちは絶望の「収容所」にいるのと同じになってしまうのではないか?

そして今がある。そう思うのです。

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