辻川慎一つくば便り

筑波山のかなり自由な歴史

つくばは、穏やかな秋晴れになりました。朝が早いのと体調が良くないためにゴチャゴチャになっている部屋を、一念発起して掃除。FMラジオで、ポール・サイモンの作品集が流れて、なかなか素敵な朝でした。


(今朝は、霞んでますがつくば市側からの筑波山です。)

「最近筑波山にハマってない?」と言われます。毎日筑波山を見ながら通勤し、バスも運転しますし結構ハマってるかもです。地元の人には当たり前なのかもしれませんが、新鮮な発見がたくさんあります。


私は、嘘とごまかしで青年たちを踏みつけて生き残って来た自民党安倍政も他の政党も好きではないし、それをごまかす天皇制も元号もおかしいと思っています。

その前提で。新元号「令和」は「万葉集」からチョイスしたと言われます。

ところでこの万葉集には、富士山と筑波山が歌われています。どっちが多いでしょうか?

877メートルしかない筑波山の4倍近くある富士山。美しさも圧倒的な感じがします。

しかし富士山の13首に対して筑波山は25首と倍近いんですね。

江戸時代でも江戸から見て西が富士山、東は筑波山だった様です。


(歌川広重の描いた筑波山。)

面白いのは、「歌垣」と言う東南アジアに広がる若い男女が集い歌を交わし自由に交わる風習があり、日本での中心地が筑波山であったことです。

「かがい」(すみませんが漢字が出ません)とも言われ、春と秋、つまり田植えと収穫の時期に行われて来たとあります。富士山に冷たくされた神様が、筑波山では暖かく迎えられたと言う神話もあるとか。

筑波山の周りでは、武士の時代の幕開けになる平将門の乱があり、さらに南北朝の争乱の主要な舞台になりました。

新選組の伊藤甲子太郎も筑波山麓の小藩志筑藩出身でした。

明治の自由民権運動の拠点も筑波連山の加波山でした。

こじつけなんでしょうか?古来人間の生活を軸にしながら、自由と変化を求めて来た土地柄を感じるのです。

もっと自由と変化を求めて来た人々は、筑波地域に限らないことかもしれません。


(人間の自由を求めて闘い抜いた星野文昭さんの筑波山。)


香港では青年たちの怒りが鎮まりません。一人一人の自由と権利を守るために国家が必要とされた。しかし同時に、人間の根本的自由と欲求の解放に取って国家が邪魔になる時代が来てはいないのか?

インターネットの世界的拡大で、世界中の一人一人が国家の壁を超えている新しい時代です。

チョー古い日本と国際研究都市のコラボ。つくばって面白いNOW!

コメント

プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開

カテゴリー

P R