辻川慎一つくば便り

神の住む山筑波山と利息の関係

おはようございます!

仕事のパートナーの方から、ちょっとしたものをよくいただきます。

先日は、家に成っているミカンをひとつ頂きました。ハサミで丁寧に収穫されていたことに心を感じました。

昨日は、インフルエンザの予防接種でつくば市に行ったと「ガトープーリア」と言うお店のお菓子を頂きました。



返礼を気にしない様に気を使い、少しずつおすそ分けを下さる。


その心を嬉しく頂きながら、何をどう返したものかと考えます。

ところで、返すのが大変なのは借金やローン、つまりお金です。現代社会ではお金を借りると利息が発生します。

利息と言うのは、不思議なことに人間社会の歴史では、古くから世界共通にあったとのことです。

日本だと「利稲」(りとう)と言われたそうです。

元々は神様からお借りした種籾(たねもみ)を植え、みんなで協力して稲作をして、増やしてお返しする。

それを翌年の田植えの時にまたお借りする。増やして返すから、利稲と言われた。これが利息の始まりなんですね。



(神住む山の筑波山。筑波山神社の祭礼は、4月1日と11月11日。お借りして、返すに当てはまります。)


みんなでお借りしたものを、みんなで協力して増やしてお返しする。だから「利稲」もお祭りも、人間の共同性と切り離せない大切なことだった。

それが、現代では共同で成り立つ生産は高度化しながら、利息そのもの=お金を個人で儲けることが正しいとされる社会になっている。

利息を生み出しているのは共同なのに、個人のものにされる。だから借金やローンのために働くのは苦しくなる。青年たちは、ローンも組まなくなっているけど当然に思えます。

本来、人にものを贈ることや何かをすることは、お金で返されることを目的としていません。

神様がいるとは思っていませんが、神様への感謝とは一緒に働き生きる他の人の存在そのものへの感謝ではないのかと思います。

そして神様を通じて、自分たちの存在が未来につながって行く。

ものに込めて、その人の存在に感謝する。自分の存在が、個人の限界を超えてつながって行く。

だから、贈るものを吟味する。自分の感謝の心を贈る。


報復で「バイ返し」みたいに言われたりしますが、お返しが金勘定や損得にされてきた裏返しの様に思います。


(「下妻道の駅」で20年働く清掃の女性労働者から「夕焼けが美しい時に富士山が見えるんです。」と教えて頂いた。確かに見えました。)

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