辻川慎一つくば便り

世界の単一化か多様な世界か?

原発事故の放射能、コロナウィルス、景気後退…世界が不安にあふれ、いたるところでパニックになっている。まるで戦争みたいだと言われている。

「戦争」で思い出すことは、戦争自体が巨大な消費市場で金儲けの場だったことです。世界的なパニックの中だからこそ、世界的な金儲けのチャンスだと考えている人たちがいるのです。


(つくば市金田。立派な古民家でパン屋さん、レストラン、ブティックが営まれています。)

コロナウィルスに対する最大の防御は、他の病気と同じ様に体力や免疫力を高めることしかないんじゃないかと言って来ました。

しかし、体力もまた財力に比例します。「コロナ倒産」「コロナ解雇」資金力や関係力と言う体力の無い者から倒れて行きます。

巨大資本が中小を踏み潰し、あるいは吸収してさらに巨大化して一人勝ちする。労働者は非正規雇用化して、力の無い国も食い荒らされる。グローバリゼーションの時代だと言って弱肉強食で、世界を単一化して来た。

その結果、圧倒的な国と人々が体力と免疫力を奪われている。コロナって、現代世界の現実を示してはいないのかな?


(こちらが、レストラン。)


人の力って、個人の財力なんだろうか?
モノが無い時代の生きる力は、助け合いだったり融通しあいだった。人の関係性とその多様性が力だった。

あるチャンネルが何かの原因で閉ざされれば、他のチャンネルがいくつもある。それが、ピンチの時の人間の力だ。

しかし、その多様なチャンネルを生産と効率化→株価上昇の敵として破壊して来たのが「新自由主義」の資本主義なのです。政党も労働組合も、多様性を投げ捨てて来た。

単一化の世界的破綻を、さらに超巨大な独占が支配する単一の世界にするのか?多様性を生命線として生きのこる社会にして行くのか?

そう言う根本的な分岐の時代なのではないかと思うのです。


(こちらはパン屋さん。カフェもあり、お客さんがいっぱいでした。雰囲気が素敵です。)


高度経済成長の時代は、努力に対して成果が約束された。人々は不安を忘れた。その時代が終わったのに、同じモチベーションで通用すると思う人の無力性は、大した事もない「個の力」を過信し時代の波に圧倒されて行くことにあるのではないか。

「世界は事実ではなく過程の集まりだ」とエンゲルスは言った。その通りなんだ。結果など約束されていないし、誰にも分からない。だから人生は、面白い。全知全能をかけて闘うんだけど、どうにもならないことがある。

そうして、個人の力の限界を知ることと、他者とのチャンネルを決定的に広げて行くことが
一体なんだと思う。


ブルジョワは、世界のチャンネル(関係性)を欲望と金勘定で徹底的に広げた。では、私たちは何を動力に塗り変えて行くのだろうか?

まあ、そんな偉そうな話の前に働く者のチャンネルの拡大。助け合い生き抜く共同体を作りあげないと、労働者である私自身が生きて行けない時代が現実に来ています。

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