辻川慎一つくば便り

特別の存在である必要はない。

信じられないかも知れませんが「労働者のため」「革命のため」「理想を実現するため」…で自分を律し続けていると自分の好きだったことが分からなくなる。

「あなたの好きは何?」って聞かれるのが結構辛い自分がいる。自分を出さないで、周りに合わせる。そんなことに慣れてしまうと、ここではこう言えば良いみたいな発想になる。

「俺は労働者が誇りを持って生き生きと生きられる社会にするために頑張って来たんだ。」と言うと「それで。あなたの好きは何?」と言う人がいる。

「あなたが生き生きと生きないで、周りの人が生き生きするの?」
「好きなことって、そんなに立派じゃなくても良いんじゃない。」

ん〜。確かに。立派で大層なことばかり考えて、自分の好きなんて2の次3の次で生きて来た。それが私に求められていると考えていた。

特別な人たちによる、特別な政治運動。考えて見ると怖いことだ。普通の労働者や庶民でなく、特別でなければならないなんてね。

特別な人たちは、人を平然と切り、人を殺す。本当は、その人が特別であるのは、相手が感じるこだ。自分たちで自分たちが特別なんだと勝手に思い込むことは、宗教であれなんであれ怖いことだと思います。


(好き発見!旬の筍が絶品でした。)


(練馬区の「山葵」。北海道産の板そばを美味しくいただけたのですが、何故か常陸秋そばに変わっていました。)

「あなたは何が好き?」と言う方と一緒に、あちこちの美味しいものを食べ歩いたり、作って頂いたりしました。

お陰様で、何を食べても特別感動もしなかったのが、不味いものが分かる様になり、美味しいものを美味しいと感じる様になりました。


(そばの生産量。北海道幌加内が日本一らしいですね。絶品だとJRの後輩が教えてくれました。)


不思議なことですが、食べ物の不味い美味しいが感じられる様になると、人の良し悪しまで敏感になります。

食べ物は、人に安全で美味しいものを提供すると言う作る人の心や努力をいただくことに他ならないからかも知れません。

日常の細やかな喜びが感じられてこそ、周りを幸せに出来るのであり、理想のために今生きることを犠牲にする政治ならば安倍首相だろうと、誰だろうと変わらないと思うのです。

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